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無忘探偵の偽物暴ーニセモノアバキー  作者: 厳原玄彦
2話 いれかわりチケット
10/32


 2


 まじやべえって、まじやべえ。

 落ち着きなさい、落ち着きなさいってば!

 だってこれ、やべえもん! ふざけやがって、まじやばすぎる。

 …………うえ、ええん……ひぐっ。


 混沌としていた。

 僕が来た時にはすでに、こうなっていた。福友井ふくともい店長は「落ち着け」と、自らに言うべき言葉を投げかけている。相変わらず弩頭どとうくんは「やばい」と「まじ」を多用している――今回は少し、気色が違うようだが。

 美笑みえみちゃんと言えば、泣いている。

 名前の通り、この子には笑っていてほしいものだ。

 福友井店長は、おろおろしながらも、こういうのが慣れているのか、深呼吸をし始めた。どうやら僕の姿を見て、正気をある程度、取り戻したようだ。


「ふうぅー」福友井店長は、大げさに手を使って息を吐いた。「や、やあ……神梨君。どうしてここに?」


 意味不明なことを言うな。

 ……まだ落ち着いてないな、こりゃあ。


「僕はバイトで来たんですよ」

「バイト? 君、今日だっけ? 今日は水曜日だよ」

「え?」


 あ――

 え? 嘘。

 まじ?

 やばい?

 まじやばい?

 僕まじやばい?


「へえ――まあ、ボランティアですよ、ボリンティアボルンティアボレンティアボロンティア」


 とりあえず誤魔化してみた。

 どうして僕が動揺しているんだ、全く。唯一、この場で落ち着いている人間だと思っていたのに。

 木曜日じゃないのか? 今日は――携帯見ても、水曜日じゃん。


「ああ、成程。助かるよ、それは」


 正直帰りたい。

 僕はそこまでボランティア精神ある人間じゃない。

 お金の入らないバイトなど、一体何の価値があるのだろうか。いっそのこと、僕は今すぐにでも買い物をして、「すいませーん! レジ誰もいないんですけどー!」と叫びたい気分だ。

 コンビニは二十四時間営業なんだぞ。こんなところで、従業員集合するほどの事件があったとでも言うのか?

 ――あったとでも、言うのだろう。

 現実に、そうなのだから。


「やっっっべー」弩頭くんが下を向きながら、呟いている。「これはまじでやべえ」


 それしかないのか。

 とはいえ、関わってしまったものは、仕方がない。ならば、いち早くこの問題を解決することに努めるべきだろう。

 それしかないのだ。


「それで、福友井店長……これ何があったんですか?」

「え、ああ、そうだな、そうだ。これを話さないとな……」

「ああ――いや、待ってください店長。自分で話を持ち出しておいてって感じですが、とりあえず、レジに人を置くべきじゃあないですか?」

「勿論そうだ。そうしよう、そうするべきだ……じゃあ、そうだな。僕が行こう。僕が一人で何とかするから、ここ、頼んだよ、神梨君」

「分かりました。それが一番――」


 いいでしょう。

 と、僕は言い切ったのは言い切ったのだが、福友井店長がすでにここにいないのを見て、全て理解してしまった。

 やられた。

 あの店長、全て僕に擦り付けやがった。

 最善にして、最悪の策。

 レジに進んでいったんじゃない。

 レジに退いて逃げていったんだ。

 泣いている女の子に、ぶつぶつ呟く不良気味の男の子。

 悲劇のヒロインは美笑ちゃんに見えて、実は僕なのではないだろうか。いや、福友井店長にしてみれば、遅れてやってきたヒーローってところか。

「と、とにかく、美笑ちゃん――何があったか、教えてくれない?」

 高校生の彼女は、年齢的に見れば後輩なのだけれど、バイトに入った時期が全く同じなので、まあ同期のような感じで接している。

 まじやばい星人(弩頭くん)は、多分お話にならないので、泣いていようが、美笑ちゃんに聞くしかあるまい。


「うぐ……ええっぐ、えぐっ、あのね、お金がね……」

「お、お金が?」


 盗られたのか? そうだとしたら、警察沙汰だが。


「チケットに全部替わってるの……うぐっ……ひっく……」

「ち――チケット?」

「全部じゃねえ! 一部だよ!」


 突然、怒鳴り声を上げたのは誰かと思えば、弩頭くんだった。〈まじ〉と〈やばい〉以外も喋れたんだ。びっくりしたよ。


「とりあえずよー、ま、事情っちゃあ私情になるんだがな。言っちまえば、えみたんが俺の後輩と付き合ってたころ、行くはずだったライブのチケットが、こうやってコンビニにある金の代わりに入れ替えられちまってるってわけだ」

「全く分からない」


 ちなみに、〈えみたん〉とは、美笑ちゃんのこと。

 弩頭くんは、年齢的にも、バイト歴的にも僕の後輩なわけだけれど、敬語は基本使ってこない。使う気がないのだろうけれど、まあ、僕としてもそちらの方が、気楽に仕事ができるので、不自由には思っていない。

 頭ごなしに怒るのとか、僕無理だからなあ。

 ちなみに、さすがの弩頭くんでも、福友井店長には敬語だった。一応、常識はギリギリあるみたいだ。


「よーはよー……よーはYO! へいYO!」

「…………」


 思いつきでラップされても。

 困る。


「だ、だからよお、つまりえみたんに対する嫌がらせってこった。まじやべえだろ」

「ああ、そうかもね」


 とりあえず同調しておく。

 弩頭くんの扱いにも、慣れたものだ。

 ともあれ、弩頭くんの適当な説明でも、大体の事情は掴めた。

 つまり今日、美笑ちゃんはレジを見て、お金が足りないようだったので、それを取りに行ったら、それはなんと、自分が彼氏と行くはずだったチケットだった――というオチ。

 色恋沙汰――であれば、まだ良かっただろう。

 本当に、本当にそう思う。

 例えば、美笑ちゃんの財布の中身がそれに入れ替わっているとかであれば、問題はあれども、ここまでの問題はなかったはずだ。

 それがコンビニのお金だというのだから、それはもう、色恋沙汰では済まなくなる。

 立派な犯罪。

 警察に通報するのが、一番いいだろう。


「それが違うんだって、先輩。金は、ちゃんとあったんだよ」

「は?」

「だから、金は、俺のロッカーに入ってたんだよ。ぴったし。まあ、チケットと入れ替えられてたのは、全部千円札だったもんで、俺がロッカー開けた瞬間、ぱらぱらーっとな。まじびびった。やべえと思ったよ。そんでそこに、店長登場。これはもう、終わったなと思ったぜ。ま、でも、俺の巧みな話術で、説明できたわけよ! いえーい!」


 ちょっとめんどくさいので、後半はほとんど聞いていなかったけれど、成程――そう言う仕組みか。つまり警察を呼べば、冤罪だろうが、ひとまず弩頭くんは連れて行かれてしまう。それはいくら、弩頭くんと言えども、同じバイト仲間としては気が引ける。

 そもそも、福友井店長としても、警察なんて呼びたくはないだろう。できることならば、穏便に済ましたい。

 誰だってそう思う。

 そして僕は思う。

 警察沙汰がダメなら――

 探偵沙汰であればいい。

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