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幸福な不幸、不幸な幸福  作者: どうしようも納言
9/14

幸福な不幸、不幸な幸福 林、

 

 数日後、林は美術館へ向かった。美術館の前はほんの少しだが行列ができていて、それが林をげんなりさせる。

 元来、林は別に美術館が好きというわけではなかった。今日来たのも、ただ、情報やのおじさんが言っていたからにすぎない。

 レンタルDVD十五本分のお金をため息とともに支払い、列に並ぶ。金を払うのも列に並ぶのもただ、

情報やのおじさんがいっていたことを順守、だ。

 それほど待たずして、光の展覧所に辿りつく。相変わらずの人の多さには辟易するが、絵を鑑賞していれば、忘れられるだろうと希望のこもった推測をする。

 情報やのおじさんからの言葉の力のおかげもあったかもしれないが、林には壁に掛けられている絵画がとても好ましいものに思えた。絵から絵へと移る時前の人につっかえながら歩かなければならないのには少々いらついたが、絵を見るとそんな気持ちもやわらいだ。

 印象派の絵は明るい。光をなんとか絵画の中で表現しようとしているのか、全体的にぼやけている。そのぼやけが、林が思い浮かべる幸せなイメージとマッチし、林はうっとりとして絵画に見入る。

 現実の世界を忘れ、素晴らしい絵画を次々と見ていくと、緑色の橋の絵に行き当たった。

 これは...日本の橋?

 説明文を軽く読み流しながら、絵画を凝視する。

 ...おじさんが観ることを勧めてたのはもしかしたらこの絵かもな。

 全体的に緑色のその絵は、もし説明がなかったら日本の橋とは気付かないようなものだった。だが、言われてみると、確かに日本の橋、と気づくような絵だった。

 一般人が見る橋と、モネが見る橋...

林はそこではっとひらめく。

 もしかしたらおじさんは、おれの仕事、つまり一般的に見れば、悪人のやる所業であるコンビニ強盗も、おじさんから見たら、この絵のようにまったく違った、それこそ芸術的な何かのようにコンビニ強盗のことが思える

っというようなことを言いたかったのかもしれない。

モネは芸術を極め、日本の橋をこのような芸術的なものへと昇華した、おじさんもおれの仕事をそのように観てくれていると思っていいのだろうか

 林は自分の考えが憶測だと分かっていたが、胸がはずむのを止められなかった。

きっとおじさんはそう言いたかったんだ、そうだ。

 天から啓示を受けたような気分になった林はうっとりとその絵を見つめていた。すると、となりから女性が絵画の真正面にたち、鑑定家のように顔を近づけ、じろじろと見ていた。 心地よい気分が多少そがれたが、まだ自分が気付いたことの素晴らしさの余韻に浸っていた。

女性は近くにいた、彼氏らしいひょろりとした男性に告げる。

「これも青と黄色を混ぜて、緑ってやつなの?そうは見えないけど」

場所を美術館と心得ないほどの声量だった。図書館で幼児がときどきあげる声のような。普段の彼であれば、少なくとも眉をひそめるところだったが、偉大なる発見の前に寛大なる気持ちで免罪した。

 その後彼らは何やらぼそぼそと喋っているのをしり目に見て、林はその場を離れた。後ろから『ミルク砂糖コーヒー』と聞こえたが、絵の感想ではないな、と判断し、さきほどの寛大な気持ちを忘れないように、足早に出口へと向かった。

 なるほど、天才には朱色は緑にさえ見える。悪行もボランティアくらいに見えるかもしれない。

林は悟ったつもりだったが、あと数秒日本の橋の絵画の前にいたら、近くにいた女性がモネが白内障にかかりつつ描いた絵だと真実を言ってくれていたことに気付いただろう...

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