幸福な不幸、不幸な幸福 林
ところかわって林さんの話
おれはおやじみたいな正義のヒーローになる!。
...なんだよ、みんな子供のころはヒーローになりたい奴ばっかじゃん。林はコンビニで少年漫画を読んでいた。深夜のコンビニには林以外の客はいなかった。店員は、この長身な男と顔を合わせるのは初めてではないため、打ち解けてはいないが、軽く下を向いて、携帯をいじっても大丈夫だと安心するくらいの気軽さを覚えていた。
林はいったん、漫画を読む手を止め、窓の外で走っている車を見ながらつらつらと考える。大衆に人気なマンガってのはどうしてこうもでかい夢を掲げる奴が多いのか。まあ、たしかに「おれはサラリーマンになる!!」とか言って大量の書類と戦うよりは、よっぽどちゃんとした悪党のいるヒーローのほうが絵になるわな。
けれど、こんなでっかい夢ばっか子供に見させたら、おれみたいな人間だらけになってしまうんじゃないか。どうなる日本ってか。日本っていうか日本人。
...ああータバコ吸いてー。
しばらく口にタバコを吸っている感覚をイメージし、ついでに手も動員してスパスパとやってみる。だが効果がない。ああ、運がない。なんで俺が禁煙なんぞせねばならぬのか。
ポケットからミント味の錠菓をとりだし、カラカラっと振る。五つほど出し、林はそれをじっと見つめ、ほいっと口に頬り込む。口の中に清涼感が広がる。ちりちりとした舌の痛みとともに。
いったい今日で何個目だよ。この変なの。これも一種の人工化学物質じゃねえか。ジンコウカガクブッシツ。確か、覚せい剤とマリファナとの違いは人工化学物質かどうかだったな。これも禁止される日が君じゃねえのか。
林はかおをしかめる。禁煙がこれほどつらいものだとは知らなかった。また、大量の錠菓がこれほど舌を刺激するとは知らなかった。ミント味の口の中にさらにミント味が広がる感覚はひたすらお米だけ続けている感覚に近いものがあるのかもしれない。だが、タバコの欲求を抑えるための方法はこれしか彼は知らなかった。
彼が舌の上でころころと錠菓を転がしていると、別のまた客が入ってきた。二人とも背が低めでサングラスをかけ、どこにでも売っていそうな鼠色のパーカーを頭まですっぽりと羽織っている。
彼らはいっさいの物音をたてず、もはやコンビニに同化していた。いや、別に彼らだけではない。誰だってコンビニの風景に溶け込むことはできる。もしかしたら、日本にこれだけのコンビニがあるのは日本人に忍者のDNAが残っていて、もっとも自分という存在を周りと溶け込ませることのできるコンビニに愛着がわいているのかもしれない。
彼らが問題なのはコンビニに入るなり、レジへ向かい、ぽつりと「仲間に加えるなら?」と店員に聞いたことだった。
店員は怠慢な動作で携帯から視線を逸らし、いぶかしげに二人の様子をうかがう。が、次の瞬間、白目を剥いて倒れる。あっという間だった。彼らのうち一人の手にはスタンガンがあった。
次に彼らは林へと向きを変える。
「仲間だったらドラミちゃんがいいかな」
林の答えに二人はうなずくとカウンターを飛び越え、レジに向かう。
さきほどのスタンガンを持った男とは別の男がポケットから鍵を取り出し、レジを開ける。万札だけを抜き取るとそこに「店長へ」と書かれた封筒をおき、静かに閉める。
...一分もかからない動作だった。
彼らは何事もなかったかのようにコンビニから出て、闇へと姿をくらました。