幸福な不幸、不幸な幸福
美術館その後、潤の巻き返しが始まる
「私は、砂糖と、ミルクを、どばどば入れる派~!!」
店を出るなり、さやかは叫ぶ。先ほどまでは青空だった空も、だんだんと赤みを帯びてきた。
「なによ、また潤はうすら笑い?ああ、幸薄い男」
潤はいまさらうすら笑いをやめることもできず、へらへらと笑う。
「悪いが、その一言はいただけないな。たしか招き猫は常にうすら笑いしてた気がするぞ」
「だって招き猫は腕に金貨千両抱えてるじゃない。そりゃあ、千両も抱えてたらうすら笑いしたくなるわよ。潤は何を持ってるのよ」
潤は黙って、うすら笑っている。「なんだかさっきからご機嫌斜めだな」
そりゃそうよ。潤の間抜け。さやかは心の中で悪態をつく。さやかが潤を運命の相手と思うのなら、潤も当然そう思ってると思ってたのに。この世界には、どこかのおとぎ話のようなラブストーリーは存在しないのかしら。ヒロインが歌いだせば、ヒーローも歌いだすような阿吽のカップルは。
二人は駅へと向かう。今日は潤が夜にコンビニのバイトのシフトを入れていたため、早めに解散すること
になっていた。
「女性の気分と空模様」潤が歌うように言う。
「今日は一日晴れてるわよ」
「まあ、そうつんけんすんなよ。まったくさっきまで上機嫌だったのに」潤はまたため息をつく。さやかはそっぽを向いたままだ。二人と行き交う人はまばらだった。まだ、帰省ラッシュの始まる時間までは余裕がある。
二人がちょっとした公園に通りかかった時、潤がぽつりと言う。
「...ごめんな。」
「何のこと?」
「おれはね、おれは運命なんてないと思ってるし、そんなものに頼らなくても十分さやかのことが好きだよ」
...あ、わたしの怒ってる理由、気がついてたんだ。
ふと、顔をあげたとき、ふいに抱きしめられる。
「え、ちょっと...」突然の出来事にさやかは頭の中が真っ白になる。顔は真っ赤になった。
しばらく二人はそのままの姿勢でいた。ずっとこのままでいたい、と思うさやかだったが、「あ、おれそろそろ向かわねえと」と時計を見る潤に遠慮してすっと離れた。
そのまま二人は黙って手をつなぎ、駅に向かう。電車に乗り、降りる駅が差し迫ったところでようやく潤は告げた。
「じゃあ」
「次は~、次は~。おおりの方は~」あのアナウンスが流れる。
ふいに、窓の外を眺める潤の袖をさやかが引っ張る。
「何?」こまったようなうすら笑いを顔に浮かべて、彼はさやかと向かい合う。
「どうしたら、信じてもらえる?...どうしたら、私たちの中が、」
さやかはそこまで言って下を向く。それから小さな声で、「運命だと信じてもらえる?」と言う。
「どうしたらって...そりゃあ、えーーーと...別に運命じゃなくていいんじゃない、別に」
「だからどうやったら」さやかはぶんぶんと潤の袖を振り回す。
そこで潤は昔の名案が浮かんだようなしぐさをする。つまり、さやかがつかんでいるほうの腕とは逆の腕の人差し指を上にぴんと立てた。
「じゃあ、おれに格ゲーで勝てたら信じるわ」
「そんなの無理じゃ~ん」さやかが泣き言を言う。でも自然と笑みがこぼれた。脱力笑いというべきか。
「さやかも少しは絶望というものを感じなさい。じゃ」
ちょうどドアが開き、潤はホームへ降りた。
電車が動き出し、さやかは潤の背中が見えなくなるまでドアのそばで外を眺めつつ、思う。私が潤に絶対勝てないと思う絶対的一位、格げー。そのゲームに彼は彼の人生何年分を費やしたかわからない。一度おもしろそうだったので、潤に対戦を持ちかけたが、かれはさやかという初心者を容赦なく、完膚なきまでぶちのめした。それ以来、手をつける気にもならなかったがそのことを彼は思い出したのだろう。
...無理じゃん。これが絶望という気持ちかも...
さやかはそう心の中で言いつつも、また一方で燃え上がる自分の闘志の存在に気付いていた。