不幸な幸福、幸福な不幸
美術館についた二人の会話が主。
潤とさやかは美術館に辿りついた。近代的で大きな建物だが入り口はガラス張りでスタイリッシュな感じが漂う。さすが、美術館だ。
二人の目指すのは「光の展示会」でお題の通り、光の表し方に特徴がある印象派の展示会だった。印象派には日本、いや、世界で著名な画家が多く、よく聞く名で言うと、フェルメール、モネ、ルノワールなどがいる。
が、印象派の絵画のほとんどは風景がである。高尚な楽しみを、と勇んで乗り込んでいった二人は単調で平和な風景を前にして睡魔との闘いとなった。
なんとか場の空気をもちなおそうと潤は、前日に仕込んだ印象派の予備知識を必死に思い起こす
「印象派の画期的なところはね、緑色をつかうのではなく、青色の隣に黄色を塗り、それを離れてみると緑色に見えるという方法をつかったんだって。色を混ぜないことにより、単色の明るさがより生きて、だから光の表し方がすごいって言われるらしいよ」
「...ふーん。それってどういうことなの?」あくびをした後らしい、涙がたまった目をこすりながらさやかが訊ねる。
ちょっと思案して潤は
「なにも混ぜないんだから、コーヒーに砂糖もミルクも入れずにコーヒー本来の味を楽しむ感じじゃないのかな。子供にコーヒーのよさがわからないように、われわれのような庶民はこの風景の良さがわからないのかもね。」
「わたしはそもそもコーヒーには砂糖もミルクもどばどば入れたい派だから、この人たちとは相いれない」
「まあそう言わずに...」
ぶつぶつと不満をもらすさやかを潤がなだめつつ、そろそろと周りの人のペースよりやや速め、いや速めのペースで遠巻きに絵画を見ていく。
「え、何この絵?」
突然さやかが止まる。潤も眠気で朦朧としていた意識を取り戻し、みる。
「緑色の、橋?」
全体的に緑がかった絵だった。すべてがぼやけ、かろうじて中心に橋が描かれているのが分かる。ほかの絵画とは違い暗い感じの絵である。
「これも青と黄色を混ぜて、緑ってやつなの?そうは見えないけど」
さやかは周りの人おかまいなしに顔を近付ける。
「そうじゃないの?違ったとしても、人間、たまにはミルク砂糖入りのコーヒーも飲みなくなるもんだって」周りからの不審の目に耐えられず、さやかの袖を軽くひっぱりながら潤は答える。
「モネの『日本の橋』だって。変なのー日本の橋って朱色じゃん」説明文を読みながらさやかが笑う。
「あ、でもモネが白内障にかかりながら描いた絵なんだって...」
その後、居心地が悪くなり、その場を退散した。さらに美術館自体、退屈に耐えかねて、そうそうに出口に向かった潤とさやか。
「ありがとうございましたー」
バイトらしい、受付で座っていた女性からの言葉を背中に受け、さっさと美術館から出る。
「まったく、こんないい天気の日に美術館なんて来るもんじゃねー」
さやかが、空に向かって大きく伸びをする
「君は太陽が出ていようが、お構いなしのインドア派じゃなかったっけ」
「まったく、せっかくのデートに美術館なんて来るもんじゃねー」
するどい皮肉に、潤はうすら笑いを浮かべて黙るしかなかった。
二人は近くにあったカフェに入り、二人でコーヒーを頼む。
潤がブラックをすする中、さやかは三つ目のミルクカップをあけていた。
「なんでそんなに」
「いいじゃん別に」
「ああ、砂糖入れてないのか」
「砂糖は中毒性があるってどこかのお偉いさんが言ってた」
「毒をもって毒で制すっていうけど、コーヒーも中毒性があるからうまく砂糖の中毒性を相殺できるかもよ」
「コーヒーがカロリーを抑えるなんて聞いたこともない」
「ミルクがカロリーを抑えるなんて、牛に植物になれっていってるようなもんだよ」
さやかは黙ってミルクカップを潤に突き出す。そこには「カロリー0」と書かれていた。牛にはもしかしたら無限の可能性があるのかもしれない。
店内は上品なジャズが流れ、天井には扇風機のようなものが回っている。カフェで聞くジャズはなぜこうも上品に聞こえるのだろうか。それどころかコーヒーも。家で聞くジャズは、それはそれで気持ちがいいものだし、十分楽しいのだが、こうも上品なものではない。一種の応援歌のようなものに聞こえる。頑張って生きて。まだ明日がある。コーヒーはさしずめ精神の栄養剤のようなものだろうか。ああ、がんばれ、自分。潤がとりとめもないことを考えていると、
「今日のデートでわかったことが二つある」とさやかが切り出した。彼女はじっと冷めかかったコーヒーを見つめている。
「それで?」潤はいつにもなく真剣な顔をするさやかに少し驚き、不安になる。が、またその悩みげな顔もかわいらしいと一方では思う。
「砂糖のないコーヒーは甘くないし、飲むものでもない」彼女は断言する。
「...君はそもそもコーヒーの楽しみ方を間違ってると思うし、僕でもミルク三つはためらうよ」
「うむ」さやかは嫌そうな顔をしながらも、もう一口コーヒーをすすり、舌を出す。
「で、もうひとつは?」
「今日潤と出会ってからずっと思ってたんだけど」
「うん」
さやかはどことなく言いにくそうだ。だいたい、カップルの間で真剣な大事な話といえば、別れ話か結婚の話ではないだろうか、今、この場でまだ若い自分たちが結婚の話なんてありえない。まして一日退屈な思いをさせてしまったのだし...。潤の心はまた不安な気持ちでいっぱいになる。
「えっとね」びくっと潤は怯える。別れ話はだめ、お願いだから。
「もしかしたらだけどね」さやかは意を決した顔をしている。




