夢の恋
「好きなんだ。俺と付き合って」
生まれて初めて告白された。それも、憧れにも似た恋心を抱いていた先輩に。
学校でも一、二を争うほど顔の造作が整っており、試験でも常に上位に名を連ね、運動でも経験者以上にキレのある動きをするとか。
容姿端麗、文武両道のその先輩がなぜ平凡を絵にしたような私なんかに告白を?なんて思った私は悪くないはず。
「・・・えーっと。返事は?」
「あ、はい!こちらこそ光栄です!」
変な返事、と先輩が苦笑しながら私に手を出してきた。
「これからよろしくね」
「・・・はい!」
めいいっぱいの、それこそこれ以上の喜びは表現できないんじゃないかってほど、私は喜んだ。
それからの私の毎日は鮮やかに彩られ、休日のデートを楽しんだ。
でも、学校の中では決して私との関係を公表しなかった。
学校の連中がうるさいからさ。学校の中では一緒に行動できないんだ。
ごめんね、と申し訳なさそうに言う先輩に私は別に良いですよ、と笑いながら首を振る。
だって、あなたは私に恋をしていないもの。私と付き合うのも、罰ゲームだからでしょう?
そんなこと言ったら、先輩どんな顔するのかなぁ?何て考える私はちょっとひねくれてるのかもしれない。
だって、先輩に告白されて、OKした翌日にしたことは先輩を中心としたグループの噂集め。
そうして集めた結果、浮かび上がった答えが『罰ゲーム』だった。
先輩を含めた数人の男女のグループが始めた遊び。そのグループの中には、私が所属している美術部の副部長がいた。
その先輩は私のことを嫌っている。何でかは知らないけど。
『うちの部にあんたに憧れてる子がいるから、ちょっと遊んであげれば?』
そこから始まった、罰ゲームという名の疑似恋愛。
私は何も知らないふりをして先輩に笑いかける。無邪気に、健気に、穏やかに。
―――だって、これは夢にまで見た叶わない恋だったんだから。
‡ ‡ ‡ ‡ ‡
初めて見た印象は平凡だな、の一言に尽きた。
身長、体格、容姿、成績、運動能力。そのどれを取っても平均から突出したものはない。
罰ゲームから始まった疑似恋愛に、この少女は嬉しそうに笑い、はしゃぎ回っている。
所詮、暇つぶしにもならない遊びでしかないというのに、その姿はひどく滑稽に見えた。
バカな後輩。
それがこのとき、俺が少女に抱いた印象だった。
それが覆ったのは、夏休み最後の日。
いつものように、当たり障りのない会話をしながら歩いていた。
付き合ってから一度も我儘を言わない彼女。
都合のいい女、としか思えないその姿に内心、馬鹿笑いをしながら、この日珍しく彼女のほうから”海を見に行きたいな”という希望が出て、気まぐれにそれを了承した。
波打ち際で裸足になって遊んでいる彼女を眺めながら、茹だるような暑さに辟易する。
日が暮れ始めた頃、彼女の様子が少しおかしいことに気付いて尋ねた。
なんでもない、と返す彼女の雰囲気がこれまでのデートでは見たこともないもので、俺はひどく戸惑った。
電車に揺られて帰るときも行きとは違い、彼女はとても静かだった。じっと、窓の外を眺めて俺を全く見ない。
それは今までにないことで、それまで抱いていた印象が一気に塗り替えられていく。
最寄りの駅を出て家まで送るよ、と口を開こうとしたとき、彼女のほうが先に言葉を発していた。
「あのね、先輩」
年下とは思えないほど穏やかに微笑む彼女から出てきたのは、別れの言葉だった。
「『罰ゲーム』はもう終わり。だから、さよならしよう?」
バカな後輩、と決めつけていた少女から出てきた言葉は、絶対にばれていないと思っていたもの。それを少女はいとも簡単に口にした。
「何で・・・知ってたのか」
「うん。告白された次の日には、もう知ってたよ」
清々しい笑みを返されて、俺は何も言えなくなる。
「私って、そんなに夢見る少女なんて柄じゃないんだよね。だって、告白された次の日にしたことが噂集めなんて、笑えてくるもん」
「噂集め?」
「そう。先輩たちが何をして、どういった経緯で私に告白なんて真似をしてきたのか。その噂集め」
トランプゲームで勝敗を競ってたんでしょ?と彼女の口から紡ぎだされる事実。それは、罰ゲームのことを知ってる奴らしか知らないはず。
なのに、この少女はどうやってかそれを知った。
「人の口はとても軽いもの。見える範囲に誰もいないって勝手に決めつけて、面白おかしく喋ってたのを聞いてたんだ。副部長と話してるとこ」
確かにこの少女が所属している美術部の同級生とは、告白をした翌日に話をしていた。
けれど、近くに誰もいないことを廊下を覗きながら何度も確認していたのに。
「・・・どこで聞いてたんだ」
ようやく出てきた声は掠れて、うまく言葉になっていなかった。
「先輩たちが話していた場所、近くに空き教室があるでしょ?あそこ、壁が薄いから中まで話し声が聞こえるの」
先輩もいい加減この関係に疲れたでしょ?といつものような無邪気な笑みに、この少女がすべてを知っていながら『罰ゲーム』に付き合っていたことを理解させられた。
「———さよなら」
そう言って背中を向けて歩き出す少女に意味もなく手を伸ばす。
けれど、その手は何も掴むことができない。それもそのはずだ。
「馬鹿なのか、俺のほうだ・・・!」
今さら知ってしまった後悔。
もうやり直しも聞かない、たった一度のチャンスもない。それは自業自得と言われるもの。
追いかけることが許されるのならば、その背後から抱き締めて彼女が許してくれるまで離さないでいるのに。
それすらも、許されない。少女の心を弄んだ罪。
もし叶うのなら、この恋をもっと早くに夢見ていたかった——。
END.
『確かに恋だった』様より
それは恋だった10題 ”夢にまで見た恋だった”