先輩
校長室で校長の机にどっかりと足を乗せた一つ年上だという女史と幼馴染の会話を黙って聞いていた。それによると、藍の能力が開花したのはつい最近の事で、藍は自らを「シャープペンの芯」の能力者だと言った。また、女史は、僕らのような「チカラ」────文具を自在に操ることのできる能力────を持つ者は、他にも大勢いると言った。そして、その能力者達の間で組織が幾つかあり、その中でも二大勢力と言われる組織が存在し、更にはその二つが度々衝突しているという事が分かった。女史の話はまだまだ続いている。
「その二つの組織は名前をー」
「あの!」
僕は、気持ち良さそうに語っている女史を遮るのは躊躇われたが、どうしても聴きたい事があった。
女史は明らかに残念そうな顔をして
「なに?」と聞き返す。
「そろそろ・・・貴女の名前を聞いても・・・?」
申し訳なさと恥ずかしさから、弱々しい声になってしまった。だが女史には聞き取れていたようで、
「私はこの学校の生徒よ。」
と答えた。
「・・・。」
先が在るものと思い、少しの間待ってみたが、女史は目を閉じて何故か満足気に校長の椅子の上で胸を反らしている。
「その先は・・・?」
促してみる。すると女史はいきなり立ち上がるなり
「はぁ!?・・・あのねぇ、今の時代そう簡単には個人情報は教えらンないのよ?知らないの!?」
と叫んだ。
僕からすればこっちが「はぁ!?」である。
「あの、名前くらい・・・。」
すると今度は校長の机に脚を勢いよく乗せたかと思うと
「『名前くらい』!?舐めんじゃないわよ!」
そういいながら校長の机の上で脚をダン!とならして
「人の名前を軽んじる人間に名前を教える義理はないわ!!」
と言い切った。
ぽかんとする僕と、突然の出来事になにをすれば良いのか分からずに混乱している藍。そしてやはり何故か満足気に胸を反らす女史。それから訪れる沈黙。おどおどと動いている藍を他所に、二人は動かない。15秒くらい経って僕が(帰りたい・・・)と思い始めた時に、女史が沈黙を破った。
「とはいえ貴方達とは付き合いが長くなりそうだから『名前くらい』教えてあげてもいいわよ?」
一部を強調したあたり、まだ完全に僕を許したわけではないらしい。
「はいはい、すいませんでした。ではお聞かせ願えますか?」
わざと丁寧に言ったつもりであったが
「『はい』は一回!!」
と言われ心底面倒だと感じながらも
「はい。」
と言った。
「全く・・・今年の新入生はなってないわね。」
口ぶりからすると今まで何人もの新入生を見てきたようであるが、普通に考えて去年の今頃はこの女史も新入生だった筈だ。
女史は「はぁ」と溜息をついてから
「まぁいいわ。教えてあげる。ただし偽名を。」
何故偽名なのかは甚だ疑問であったが突っ込むと面倒そうだからやめておく。
「私の名前は、」
そこで一度切る。この女史の癖のようなものだろうか。
「『定子』よ!」
「・・・。」
一瞬の沈黙の後、「定子」は説明を加える。
「私は定規の能力者じゃない?だから『定子』よ!」
そこで三度、女史は満足気に胸を反らす。だが、僕は腹の奥が震えるほどのとてつもなく大きな笑いをこらえるので必死だった。この女史の前では笑うまい。そう心に決めた時だった。
「くふっっっ!!!!」
藍が盛大に吹き出した。
(藍!!)
僕は真っ青になる。「定子」の説教が始まってしまう。
そう思って「定子」の方を向くとそこには・・・何故か満足気に胸を反らしている「定子」が居た。
「素晴らしいネーミングセンスに藍ちゃんも卒倒ね!!」
・・・どうやら「定子」の感覚は僕らとはずれているらしかった。こうなると笑いをこらえる必要もない。
僕は藍以上に盛大に吹き出した。