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依頼

『…お前たちの主を助ける?』

二人は頭を上げ、明弥が答えた。

『はい、お願い出来ないでしょうか…?』

懇願するように明弥が言った。

「その主って?」

『大天狗様です…』

宵瀬が返した答えに、迦月は古い記憶を引っ張り出すように目をつむり、腕を組む。

「大天狗…天笠岳(アマガサダケ)の?」

『そうです』

『私たちは大天狗様に仕えている烏天狗です』


天笠岳はここから一番近くにある山で、古くから霊峰として崇められてきた。そして、そこを住みかとしているのが、この二人の主である大天狗だ。


『あの大天狗か』

「なんか懐かしいね」

迦月と伐狐が苦笑しつつ言うのを見て、三人の頭に?マークが浮かぶ。

それに迦月が気付き

「あぁ、そうか」と笑った。

「私と伐狐は、天笠の大天狗に会ったことがあるんだよ」


《そうなの?あんた達って顔が広いわねぇ》

驚くこともなく藤乃が感心しながら言った。

その隣では、明弥と宵瀬が『えっ!?』と小さく驚きの声を上げた。


「そんなに驚かないでよ。まぁ、その頃はまだ二人はいなかったからね」

そう言って迦月は二人に笑いかけた。

『我らがいなかった頃?』

『私たちは大天狗様の宮に仕えてから、およそ三百年は経っているのですよ?』

『それに、結界を抜けて宮に来た人間は一度もいませんでしたし…』

冗談なのでは?といぶかし気に聞く二人に、迦月は何も言わずに苦笑する。

《まぁ、そう思うのも無理ないね。外見以上に年くってるし》

藤乃がくつくつと笑いながら言った。

再び?マークが浮かぶ明弥と宵瀬。

『伐狐さんは妖狐なのでそれも分かりますが…、迦月さんは人間ですよね?』

「一応は人間だよ。かなり異端だけど」

苦笑したままで迦月が答えると、さらに二人の頭に?マークが増えた。

その様子を藤乃がくつくつと笑い、伐狐は眠いのか欠伸を噛み殺しながら伺っている。


『こんなことを聞くのは失礼なのですが…』

明弥が少しオドオドと問い掛ける。

「ん?」と軽く首を傾げて、迦月は続きを促す。


『迦月さんは…今、いくつなんです?』

『!?ちょっ、明弥!それはさすがに失礼よ!!』

すかさず宵瀬が明弥を咎める。

『いゃ、その…直接聞いたほうが早いかと思って…』

『そういう問題じゃないでしょう!』

「べつに私は気にしてないよ」

『ですが…』

宵瀬の顔には『女性に年齢を聞くなど無礼です』とはっきり表れている。

それを見て、宵瀬は優しいなと迦月は笑った。

「いいんだよ私は。1000年生きてれば、そういう感覚も無くなるから」


『……』

『……は?』

聞き違いか?今、有り得ない年数を耳にした気がする…

そう頭を巡らしている二人は、呆気にとられた表情で固まっている。


《おーい、二人とも戻ってこーい》

両手をメガホン代わりにして藤乃が呼びかけると、明弥と宵瀬は何度か瞬きをして、意識を現実に戻す。

『あ…すみません。聞き違いをしたようです』

『迦月さんが1000年生きていると聞こえてしまって…』

ハハハッと恥ずかしそうに苦笑して謝る二人に、迦月は笑い返した。

「謝らなくても事実だから。まぁ、正確には1354年生きてるんだけどね」

『!?』

『1354年!?』

目を見開き驚く二人を、迦月はくつくつと笑いながら見ていた。


『あ、貴女は…いったい何者なのですか?』

困惑の表情を隠しきれない明弥は、身を乗り出して迦月に問う。


『お前ら、迦月が何者なのか知らずに頼んだのか?』

眠気のせいか怠そうに様子を見ていた伐狐が、咎めを含んだ口調で言う。

『他の人よりも強い霊力を感じたので…。それに、藤乃さんには良くしてもらっていたので、これ以上迷惑は掛けられないと思いまして……』

すまなそうに視線を下げる明弥を見て、迦月はかわいそうに思えてきた。

「まぁ、いいじゃないか。伐狐もつっかかるのは止めなよ」

《そうよ伐狐!いじめないでよ》

藤乃は言いながら伐狐を睨めつける。

『…フン』

いかにも面倒というように鼻であしらう。頬杖を立て、伐狐はそのまま目を閉じると、数秒後には静かな寝息が聞こえてきた。「寝てるところを呼び出したからなぁ」

悪いことをしたなと寝ている伐狐をみて苦笑する。

そして、迦月は明弥と宵瀬に向き直って本題に入った。


「で、天笠の大天狗がどうしたんだ?」


『それが…』

二人は、事の顛末を話始めた。




「ふぅん。あの玄左衛門(ゲンザエモン)がそんなことに…」

迦月が主の名を口にすると、二人はぴくりと反応し顔を上げた。

『私たちにはどうしようも出来ないのです…。やはり、引き受けてはもらえませんか?』宵瀬が悲しげな目で迦月に訴え掛ける。



事の顛末はこうだ。



一月ほど前、宮を護る結界を破り、何者かが侵入した。

侵入者は四人。いずれも、天狗を模した黒い面を着けていたという。


宮に仕えていた烏天狗たちは侵入者の排除へと向かったが、侵入者たちは二手に分かれ、片方はその場に残って時間を稼ぎ、その間にもう片方は宮の奥へと進入して行った。


宮の奥には大天狗の寝所となる部屋がある。

中には主の大天狗と明弥と宵瀬を含んだ側近の烏天狗が十数名、侵入者に備え待機していた。


突然、部屋の中を風が吹き荒れ、思わず腕で頭を覆う。

気付くと侵入者と思わしき二人組が入口の前に立っていた。

突然のことに驚きながらも、側近たちはそれぞれ武器を手に侵入者を排除せんと飛びかかる。

しかし、その一瞬の後には烏天狗たちは床に倒れていた。


侵入者の一人が、大天狗に向けて手のひらを突き出し、何かを唱え出す。

残った明弥たちは大天狗を護るように立ちはだかる。


だが、侵入者は明弥たちに構う事なく、永唱によって作り出した力の塊を大天狗目掛けて飛ばす。

それを鳩尾にくらった大天狗はそのまま後ろに倒れ、苦しそうに呻きだした。


治癒術に秀でている宵瀬が術を発動させるが、治るどころか大天狗はさらに苦しそうに呻く。


その様子を見ていた侵入者たちが『この地はこいつで終わりだな』と意味の分からない話をしている。


明弥たちは侵入者に向かって術を使おうとするが、それよりも早く侵入者たちが術を発動させた。

部屋の中いっぱいに眩しい程の光が放たれ、側近の者全員がその場で気を失った。


そして、目が覚めたとき部屋にいた側近たちは、呪によって烏の姿にされていた。

倒れていた大天狗は、先程まで苦しそうにしていたのが嘘のように静かに眠っている。


外で侵入者と対峙し戻ってきた仲間によると、奥に侵入した二人は、残りの二人と合流し、結界から出て姿をくらましたらしい。


一方、大天狗の方は何度呼んでも起きる気配がない。かと言って、脈も正常で死んでいるわけではない。

何をしても起きない主に、側近頭の烏天狗は頭を抱えた。


そこで側近頭は、明弥と宵瀬を入れた数名の烏天狗に、誰か助っ人を呼んでくるように言い遣わしたのだ。


そして二人は、大天狗の羽根を奉っている祠で藤乃と出会い、今にいたっている。




「そうだねぇ…まぁ、いいかな。ヒマだし」

少しの間、腕を組んで考えていた迦月だが、その答えはあっさりとしていた。

『えっ!?よろしいのですか?』

断られるだろうと思っていた二人は、あっさりとした返事に驚く。

「いいよ。この頃何もなくて、ちょっと退屈してたんだ」

悪戯っぽく笑う迦月に、この人で大丈夫だろうか…と心の中で思う二人。


そんな二人のことはお構いなしに、迦月は立ち上がって伐狐を起こしにかかる。

「伐狐、悪いんだけど起きてくれないか?玄のとこに行きたいんだ」

『…ぅ…今からか…?』

まだ寝させろと伐狐は目で訴え掛けるも、迦月はそれを見て見ぬふりをしてにっこりと笑顔を向けた。

「うん。着いたら寝ていいから」

『……わかった』

伐狐は渋々ながら承諾する。

『お二方、有難うございます!』

「宵瀬、お礼はまだ早いよ」

伐狐が欠伸をしている横で、迦月が二人に笑いかけた。

『善は急げです。皆さん、宮へ行きましょう』

『そうね。では、迦月さんは私がお連れいたしますので、こちらへ』

宵瀬はこちらへ…と明弥との間に場所を空ける。

「私は伐狐がいるから大丈夫。じゃあ伐狐、よろしく」

『お前も妖使いが荒いな…』

そう愚痴を言いながらも、伐狐がくるりと宙返りをする。


『これが、伐狐さんの真の姿…』

とんっと軽く地面に着地したのは、眠そうな顔をした狩衣の男ではなく、虎ほどの大きさで七本の尾を持ち、銀に輝く毛並みが美しい狐であった。


宵瀬たちは、その姿に思わず見とれてしまった。

《へぇ、いつもの伐狐からは想像出来ないほど綺麗ね》

からかいを含んだ口調で言いながら、藤乃はまじまじと伐狐を見つめる。

『余計なお世話だ。行くぞ迦月』

「はいはい」

気にするふうもなく言い放ち、迦月を乗せるために姿勢を低くする。

「よっと」

迦月は慣れた動作で伐狐の背に飛び乗った。

「それじゃ明弥、宵瀬。行こうか」

二人は頷き、飛び立つために翼を広げる。


《ちょっと待った!!あんた達、誰か忘れてるんじゃない!?》


皆が注目するなか、藤乃は両手を腰にあてて、不満そうに四人を見る。

「誰かって…藤乃さんも行くの?」

《当たり前じゃない!あたしが行かなくてどうするのよ》

ふん反り返って自信満々に答える藤乃を、迦月はやっぱりかと溜め息混じりに苦笑した。


『何があるか分からないのですよ!?藤乃さんはここに…』

《大丈夫よぉ!死んだ人間には何もないって》

藤乃に残るよう説得を試みるも、明弥が言い終えないうちに藤乃がそれを遮り、連れていけと笑いながら言った。


伐狐が一度、迦月を地面に降ろす。

『そいつに説得は無意味だぞ。融通が利かないからな』

伐狐が諦めろと、少しわざとらしく明弥に視線を向ける。

《何よそれ?あたしが偏屈ババアだとでも言いたいの!?》

『あぁ?どこか違がったか?』

まさに、売り言葉に買い言葉!とでも言うように口喧嘩が始まった。


脇ではこの口喧嘩をどう止めたらいいのかと、明弥たちがおろおろとしている。


「……はぁ〜」

目の前の状況に、迦月が深い溜め息を落とす。

…この場合、やっぱり私が止めるしかないか。……なんか、イライラしてくるな…。

目をつむって腕を組む迦月の背後に、だんだんと怒りのオーラが漂い始める。


そのただならぬ空気を感じ取ったのだろう。明弥と宵瀬が同時にびくりと動きを止め、おそるおそる迦月の方を伺う。

しかし、それに気付かず騒ぎ続ける伐狐と藤乃。

《なによ!この寝ぼすけ狐!!》

『寝るののどこが悪い!お前こそさっさと成仏しろ!!』

どちらも一向に引こうとしない。むしろ激しくなる一方だ。


「伐狐…藤乃さん……」


静かな声に二人の口喧嘩がぴたりと止んだ。

周囲の温度が5℃は下がったと思わせるような空気を、ぴりぴりと全身で感じ取る伐狐と藤乃。

凍りついたようにうまく動かない首を、ギギギ…という効果音が似合う動作で、なんとかその声の人物へ向ける。


二人が見たのは、こちらへ向けて満面の笑みを浮かべる迦月。

しかし、その目は全く笑っていない。

「二人とも、以前にも言いませんでしたか?会う度に喧嘩するのはやめなさい、と…」

迦月の笑みで、さらに空気が冷たく凍りつく。


まずい…怒ってる……。


迦月を本気で怒らせると、ただでは済まない。

それをすでに経験している二人の頬を、つぅっといやな汗が流れる。


「お忘れですか?ふぅん…」

そう…と、尚も笑顔を向ける迦月。


まずい!最終警告だ!!

ここで謝らないと、殺されかねない!

二人は直感的にそう感じ取ると、次の瞬間にガバッと頭を下げた。

《ごめん!》

『頼む迦月!許してくれ!!』

必死で許しを請うが、迦月からの返事はない。


おそるおそる頭を上げる藤乃と伐狐。

見ると迦月が後ろを向いて、肩を小刻みに奮わせている。

『か、迦月さん…?』

宵瀬も、急に向きを変えて震え出した迦月に、どうしたのですか?と心配そうしている。


『迦げ…――ん?』

伐狐が声を掛けようとすると、迦月の震えがだんだんと大きくなっているのに気がついた。

……迦月のやつ、笑ってるのか!?

『おい、迦月』

「プッ…あはははっ!!」

とうとう堪えきれなくなって、迦月が腹を抱えて笑い出した。


《……へ?》

『あ、あの…迦月さん?』

腹を抱えて笑う迦月を見て、呆ける藤乃と天狗たち。


『おい…』

「あはは…だって、二人とも、必死で……プッ、あははは!」

笑いすぎて、息も切れ切れに喋る迦月に、こめかみに青筋を一つ立てた伐狐が低い声で聞く。

『……面白かったか?迦月』

「そ、そりゃあ、もう…ククッ」

どうやら、笑いすぎて止まらなくなったらしい。


《…ってことは、迦月。あんた、あたし達をからかってたわね!?》

ようやく事の真相に気付いた藤乃が、ペキパキッと指を鳴らして問い詰める。

「…ゼィ…ハァ、だって、藤乃さんがあんなに、必死だったから…つい、ね?」

やっと治まった笑いに胸を撫で下ろしながら、まぁ落ち着いて…と苦笑する。


そんな様子を見ていた伐狐が、小さく溜め息をつく。

『もういい。とっとと行くぞ』

迦月との付き合いが途方もなく長いため、これ以上何を言っても無駄だと、とうの昔に諦めているのだ。


《ちょっ…伐狐!いいの!?》

伐狐の意外な言葉に驚きの声を上げる藤乃。

それを一瞥し、

『半殺しになりたいなら、続けていればいいさ』

と答えて、伐狐は目を伏せた。

《うっ…あ、あはは…》

迦月によって半殺しにされている自分の姿が一瞬脳裏を過ぎり、引きつった笑いを浮かべる藤乃。


その横で、明弥と宵瀬がうまく状況を飲み込めずに、ぽかんとした表情のまま立っていた。

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