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墓参り


途中、立ち寄った花屋でいくつか見繕ってきた花を持って歩いて行くと、ほどなくして、目的の寺の大屋根が見えてきた。

迦月が歩くこの寺へ続く道は、昔からほとんどその姿を変えることなく佇む古い民家が立ち並んでいる。

その中でも、あの寺はとくに古い。もしかすると聖徳太子の建てた法隆寺の次に古い木造寺院かもしれない。



「そういえば、弘寛は元気にしてるかな」


そう呟いた迦月が前に目を向けると、瑠璃色の羽を持った蝶が迦月の数歩前を飛んでいた。

手を前に掲げると、その蝶は警戒することなく迦月の指に留まった。


「久しぶりだね、伽羅。わざわざ迎えに来てくれて有難う」


蝶が迦月の指を離れて、先程と同じように数歩前をふわりと飛ぶのを見ながら、迦月は寺の正門をくぐった。




蝶に案内されるままに、本殿の脇にある事務所のような建物に迦月が入ると、中は大量の本と何かの資料らしき紙がいたる所に散らばっている光景が目に飛び込んできた。

またか…と、迦月が窓際を見ると、案の定ヤツがソファの上で寝ているのを見つける。

毎度のことながら、よくこんな所で寝れるなと半ば感心と呆れが混じったため息をついて、迦月はその人物を起こそうと一歩踏み出したとき…。


『どいて、迦月ちゃん!』


「!?」


いきなり呼ばれて後ろを振り向くと、開けたままの戸の外側から袖なしで瑠璃色の着物のような服を着た少女が、自分の身長よりもはるかに長い棒を構えて、こちらに向かって走り込んで来たのが目の端に入った。


「のわっ!」


間一髪のところで避けた迦月が、足元の本につまづいて転んだのも気にすることなく、少女は跳び上がり、ソファで寝ている人物に向けて勢いよく棒を突き出す。



――ボスッ


『!?』


「ふっ。まだまだ甘いな、伽羅」


そう言って、迦月の右側へトンッと涼しげな顔で着地したのは、たった今少女にやられたとはずの人物――弘寛だ。


『くそっ、次こそは絶対に仕留めてやる!』


「そのセリフも聞き飽きたがな」


『弘寛ムカつく!』


腕を組みながら呆れたように言う弘寛に向かって、伽羅が腹立たしげに言った。


「事実だろうが」

『さっきの事といい…この場でのめしてやる!!』


「ほお?やれるもんならやってみろ、このどチビ」


「〜っ!あったまきた!!くたばれバカ弘寛!」


伽羅が棒を構え直し、弘寛に殴りかかる。弘寛も呪符を取り出し、応戦する構えを見せる。


「…急急徐律令」


『させるかっ!』



「ストーーップ!!」


いきなり掛けられた声に驚いた二人は、そのままの体勢で迦月に目を向ける。

立ち上がり、手で服についた埃を払うと、迦月は呆れた顔で二人を見据えた。


「まったく、人が久々に来たってのに…ケンカするなら後にしてくれ」


『あ、ごめん迦月ちゃん』


そう謝る伽羅とは逆に

「なんだ、いたのか」と頭をボリボリ掻きながら大欠伸をする弘寛にムカつきながらも、迦月は落ち着きを払って笑いかける。


「弘寛も伽羅も相変わらず元気だね」


「けっ!むしろこのチビが元気すぎて困ってるよ」


『よく言うよ!おやつに取っておいたあたしの苺大福食べたくせに!!』


い、苺大福?…それでいつもより伽羅の機嫌が悪かったのか。


「あ?あれお前のだったの?どこにも名前なかったがなぁ」


ニヤリと笑って、からかうように首を傾げる弘寛。

『大福に名前掻くヤツなんてどこにいるのよ!!』


睨みあう二人の間で火花が飛び交う。


「やるか?」


『やってやろうじゃない!』


再びお互いに距離をとり、伽羅は棒、弘寛は袖に隠した暗器を構え直す。


こりゃ、どっちも本気だな…。

呆れ果てた迦月は、今日何度目になるかわからないため息をついた。


『…っらぁ!』


「んなもん当たるかっての!」


またしても暴れ始めた二人を横目に、迦月は目を閉じてある言葉を紡いだ。


「《我を見守り、守護するものよ。我の呼びかけに応え、その姿をここに現わさん。彼の名は伐孤》!」


すると迦月の前に銀のつむじ風が起こり、周りの紙や本を飛ばしていく。

その勢いが薄れて消えてしまうと、その場所には銀髪で襟足が長く、薄紫の狩衣を着た一人の男が立っていた。


「いつもなら寝てる時間なのに、呼び出してごめんね伐孤」


『…用件はなんだ?』


すまなそうに言う迦月を眠たそうな目で見て、伐孤と呼ばれたその男は不機嫌そうに答えた。


「悪いんだけど、あそこの二人を止めてくれないかな?このままだと、本堂まで壊しそうな勢いだからさ」

伐孤は、先程よりも激しくなってきた二人の様子を見ると、欠伸をして迦月に向きなおった。


『ほっとけ。あれはすぐに終わる』


「そう?じゃあ、いいか。さて…」


『とこか行くのか?』


伐孤が聞くと、迦月は少し微笑んで言った。


「伐孤も来なよ。たまにはいいんじゃない?」


そう言うと、迦月は転んだときに落とした花束を拾い上げ、本気モード全開で激しい攻防を繰り広げる二人を残し、伐孤と外ヘ出た。






寺の脇にある墓地の一番奥に迦月と伐孤はいた。

二人の前には大小の墓石が五つ並んでいる。

迦月はその墓の前に新しい水を入れた瓶に花を添えて、静かに手を合わせた。

そこには彼等の身体も魂もなく、すでに生まれ変わっていることも知っている。それでも、こうして手を合わせるのは、己がまだ人であるということの証だと思えるからだった。

立ち上がり、墓石を見つめる迦月の背中に伐孤が声をかけた。


『迦月…』


「ここに来るの、久しぶりだね」


そう言って振り返った迦月は伐孤優しく笑いかけた。


「前に来たときは、まだここに藤乃さんがいたのにね。さすがに逝っちゃったか」伐孤を見た迦月は、彼が意味ありげに笑っているのが目に入った。


「?何かした…」


《ちょっと!!誰が何処に逝ったって!?》


「!?」


突然、頭上から怒鳴り声が聞こえて、迦月は驚いて上を見る。


見上げた瞬間に迦月の顔面を、何かが踏み付けた。


「ぶっ…!?ふ、藤乃さん!?」


ひらりと迦月と伐孤の前に飛び降りたのは、背が高く、勝ち気そうな顔に悪戯っぽく笑みを浮かべた、白い拳法着の女性。


《で?何処に逝くって、迦月?》


「いや…その、ごめんなさい」


迦月が謝ると、藤乃は《冗談だよ》と笑った。

《にしても、久しぶりよね。元気にしてた?》


「はい。このとおりピンピンしてますよ。伐孤もね」


《伐孤?》


わざとらしく言う藤乃に、面倒臭そうに目を向ける伐孤。


『……ふん』


《あら、伐孤いたの?気付かなかったわ》


『アンタも相変わらずバカそうでなによりだ』


《フフフフフフ…》


『フフフフフフ…』


笑顔で言い合う二人の周りに、ドス黒いオーラが漂いはじめる。

いつものことなのだが、雰囲気が危うくなってきたのを感じ取って、迦月が話題を反らす。


「そういえば、藤乃さんさっきどこ行ってたんですか?」


ん?と藤乃が迦月を見る。


《ちょっと散歩にね。明弥と宵瀬と一緒に行ってきたんだよ》


ね?と言った藤乃の視線の先には、二羽の烏が離れたところにある墓石の上にとまっていた。


「明弥と宵瀬?あそこの烏のこと?」


《あ、そっか。まだ紹介してなかったね。明弥、宵瀬こっちおいで》



すると、二羽は呼びかけに答えるように羽ばたき、藤乃の前に降りてきた。


《紹介するよ。こっちの右目が紅い方が明弥で、左目が碧いのが宵瀬》

なるほど、よく見ると二羽とも片目ずつ色が違う。しかし、何かに覆い隠されたような違和感を迦月は感じていた。

この二羽、呪をかけられている…?



《少し前に知り合ったんだけどね、けっこういい子らなのよ》


こいつらはただの烏じゃない…何かもっと違うものだ。

藤乃の表情や言い方からして、そのことに全く気付いてはいないらしい。


『迦月、これは…』


警戒を含んだ声で伐狐が迦月を呼んだ。

妖狐となる前は普通の狐だった伐狐も、二羽の烏の違和感には気付いていた。

しかし、迦月はそれを黙ったまま目で制した。



「藤乃さん、この二羽とはどこで知り合ったんですか?」


《一月くらい前に、散歩してたら古い祠を見つけてね。そこに、この二羽がいたから、話をしたんだ》


藤乃は生前から、動物の言葉を聞き取る能力があった。そのためか、死んだ今でも仲良くなった動物が気になって成仏しないのだという。



「祠?」


《そうなのよ。滅多に人が来ないような林の中にあったの。初めは、小さくて何なのか分からなかったけど、よく見てみたら祠だったってわけ》


それを聞いた迦月は、顎に手を当てて少し考える。


「…林の中の祠……祠かぁ…」

何かをブツブツと言っている迦月に《何かしたの?》と藤乃が首を傾げる。

伐狐はというと、これから迦月が言うであろうことを予想して、諦めたようにため息を漏らした。


「…ねぇ、藤乃さん。お願いがあるんだけど」


《ん?》


満面の笑みで言う迦月を見て、藤乃は嫌な予感がしたが、遅かった。


「その祠に連れてってくれない?」

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