わたしと勇者さまの凱旋!
魔王が倒された。その知らせは、すぐに世界中に広がった。
世界を我が物にし、征服しようとしていた魔王及びその配下である魔族たちは、それ以外の種族からは畏怖の対象だった。人間もその一つだ。
そんな恐ろしい種族の長である魔王を討伐したのは、人間が統治するグランセル王国の勇者カイルと一人の女剣士エリス。たった二人で成し遂げたのだ。それは勇者が旅に出発して5年後のことだった。
当時まだ少女だったエリスが勇者と出会ったのは、勇者が旅に出て1年後のことだ。国内領地の最西端に位置する町が魔族に襲われ壊滅状態だった。エリスはそこの生き残りだ。帰るべき場所や家族、友人を亡くしたエリスには当然行く当てもなかった。それもあり、命を助けられた恩を返すためにと勇者カイルと共に旅をすることを決めたのだ。
そんなことがあったからか、エリスは魔族に対して非常に強い憎悪を抱いており戦う力はすぐに培われた。彼女は勇者自身に認められるほど強くなった。魔王討伐は彼女がいたからこそ成し得たことだと、勇者は思っていた。
魔族に対しても一切臆することなく、その剣を振るう彼女はまさに鬼人の如く勇ましい姿だった。
だったのだが―――
「エリス、おいエリス!」
勇者カイルの声に、エリスはハッとした。難しい顔をしたまま、エリスはカイルのほうに顔を向けた。
「……なんですか勇者様」
「いや……もしかして緊張してる?」
カイルはおかしそうにエリスに笑いかける。
「……そんなわけありません」
しかし、その姿にいつもの勇ましさは微塵も感じられなかった。
グランセル王国の城下町に繋がる大扉が、カイルとエリスの前にそびえ立っていた。国の心臓部となる都市に入るメインの入口だ。左右を見渡すと内部への侵入を拒む壁がどこまでも続いている。二人はそれぞれ白馬にまたがり、その扉が開かれるのを待っていたのだ。
今日は勇者カイルとその仲間エリスの凱旋パレードが行われるのだ。英雄の姿を一目見ようと集まった人々の歓声が巨大な扉の向こう側から聞こえてくる。
「まぁ無理もないか。けど、そんな顔じゃみんなにガッカリされるぞ?英雄様」
「英雄はあなたです。わたしはただの仲間。魔王を倒したのもあなた。みんなあなたを見に来ているんですよ」
緊張をごまかすためエリスは軽口で返す。だが、その言葉にいつもの威勢はやはりなかった。
「そんなことはないさ。お前は俺といっしょに魔王を倒した英雄の一人だ。自信持てよ」
そんな会話をしている二人の周りに立つ、鎧に身を包んだ兵士たちは微動だにしない。エリスはそんな状況に居心地の悪さを感じつつ、これから始まるパレードに恐れをなしていたのだ。
大勢の人に囲まれた経験のないエリスにとって、これは初めての経験だし、自分が英雄として人々に見られることにあまりいい気はしていなかったのだ。英雄は勇者カイルであり、そんなカイルと同列に扱われるのに気が引けるのだった。
「そうだ!みんなを魔族だと思ったらいいんじゃないのか?そうしたら緊張しないかも」
名案だ!とでも言いたげにカイルがポンと手を打った。
「なにバカなこと言ってるんですか。……でも、そうですね。殺気立った魔族に囲まれるほうがまだ緊張しないかもしれません」
エリスの返答に、勇者がハハッと声を出す。
「やっぱり緊張してるんじゃないか。間違えても――斬るなよ?」
「斬りません!」
冗談交じりにビシッと指さすカイルにエリスは眉を吊り上げ睨みつけた。
冗談を言う勇者はなんとも余裕そうだ。カラカラと笑うカイルの姿に、エリスは少しだけ心が落ち着くような気がした。どんな状況でも焦らず、的確な判断を下す勇者はエリスにとっては心の支えであり、拠り所なのだ。
「勇者様、エリス様。間もなく始まります。皆さんお二人を心より歓迎しておりますよ」
駆け足で近づいてきた兵士がパレードの始まりを告げた。間髪を容れず、目の前の大扉から地鳴りのような音が耳を刺激する。徐々に開く扉から、鼓膜が裂けそうになるほどの歓声が徐々に大きくなっていった。
「エリス。これで俺たちの旅も終わりだな」
「そうですね。これまで大変でした。これからは穏やかに過ごしたいですね」
その声に、この五月蠅い歓声に嫌気が差していることを理解したカイルはもう一度カラカラと笑い、その姿勢を正した。
「さぁ、最後の大仕事だ」
大扉が時間をかけ、その大きな口を完全に開く。その先に見える群衆と、聞こえる音楽の中に、二人はゆっくりと進んでいった。
ーーー
ーー
ー
凱旋パレードは、それはそれはとても壮大なものだった。王国のど真ん中を突っ切るメイン通りは商人の馬車が10台は並べられるであろう程の広さを確保しているが、その溢れるような群衆によって半分は埋まっている。
先導する兵士の後ろにカイルとエリスは続いた。左右から大きな歓声が二人に浴びせられる。音楽隊が奏でる歓迎曲はもはや聞こえないほどに国民からの声は大きい。
カイルの少し後ろを進むエリスは、当たり前のように手を振り歓声に応える勇者の姿をただ眺めていた。
これが勇者としての振る舞いか。わたしにはできないなぁと、少しだけ感心する。カイルはいつもそうだった。なにが得意かとかなにが苦手とかは関係なく、周りの期待に応えようとする。もっとも、カイルに苦手なことなどなさそうではあるが、エリスはそんな勇者を心の底から尊敬していた。
旅の中で様々な町を訪れ、その度に困っていることがないか確認し、それを解決する。魔王討伐を使命にしているはずなのだが、関係のないことまでカイルは首を突っ込むのだ。困っている人がいたら助ける。これは勇者カイルが一切曲げることのない信念だった。
そんな彼をずっと見てきたエリスは人が良すぎると思うこともあったが、その反面、だからこそ最後まで勇者の傍に居続けようと思ったのだ。
「ゆうしゃさま!」
そんなことを思いながらカイルを眺めていたエリスの耳に、幼い少女の声が聞こえた。声のしたほうを見ると、かわいらしい女の子が勇者を見上げている。群衆の中から飛び出してきたらしい。
カイルが馬を止め、降りる。それを見て先導する兵士も拳を上に挙げ、全体に停止するような合図を送った。
腰を低くし、少女の目線に合わせる勇者に少女は興奮気味だった。
「あのね!ゆうしゃさま!せかいをすくってくれて、ありがとう!」
「ああ、どういたしまして。こんなに歓迎してくれて、ありがとな」
優しくそう伝える勇者に少女はとても満足そうだ。それと同時にすぐ後ろから母親らしき女性が駆け寄り、少女を抱きかかえた。
「ああもう!なにやってるの!すみません、すみません!」
慌てながら女性は謝り、すぐに群衆のほうに戻っていく。女性の肩越しに少女は勇者に叫んだ。
「ゆうしゃさま!わたし、おおきくなったらゆうしゃさまとけっこんする!りっぱな大人になるから、まってて!」
言い切ると同時に、少女とその母親は群衆の中に消えていった。かわいらしい告白である。カイルもニコニコとしながら手を振ってその二人を見送った。
勇者が馬に戻り、行進が再開される。と同時に、カイルの耳にエリスのドスの利いたつぶやきが微かに届く。
「―――結婚?」
カイルがエリスのほうを見た。
――エリスの眼が虚空を眺めていた。
「エリス?」
カイルの声は届いていないようだった。
「結婚?勇者様が?あの子と?えっ?」
「……おいエリス。本気にするな」
ハッとするエリス。フルフルと首を振りなぜかカイルを睨んだ。
「わ、わかってます!さすがは勇者様ですねッ!きっとこれからモテモテ人生になるに決まってます!よかったですねッ!」
フンッとそっぽを向くエリスにカイルはまた笑った。その赤くなった顔に勇者は気付かなかった。なにを隠そうエリスは勇者に好意を抱いているのだった。
凱旋パレードはそこまで長くはかからなかった。城下町に入る大扉から、国王のいる城までのメイン通りをまっすぐ進むだけだったからだ。
だがエリスの試練はここから始まるのだった。国王への謁見である。魔王討伐の知らせはもちろん国王の耳にも入っている。しかし、勇者の口から直接伝える必要があったのだ。これは儀式的なもので、それはカイルもエリスも理解していた。
国王の命で始まった旅だ。その終わりは、始まりの場所である国王の前であるべきなのだ。
控室に通されることもなく、そのまま謁見の間まで二人は案内された。荘厳な雰囲気のある城内には、国民の歓声は聞こえない。静かな空間が広がっていた。城下町ではすでに国民たちによる盛大な宴会が様々な場所で行われていることだろう。
エリスは国王の待つ謁見の間の扉の前でさらなる緊張に苛まれていた。故郷である西の領地は自然豊かな大地、もとい田舎だったのだ。こういった格式の高い場所は初めてで、張り詰めた空気感にぎこちない表情となる。
「勇者様、やっぱりわたしはここで待っててもいいでしょうか……」
床を見つめたままエリスはカイルに願い出た。
「そういうわけにもいかないだろう。エリスも勇者一行の仲間だし。一行って言っても二人だけなんだけどな!」
はっはっはと笑うカイルにエリスは頭を抱えたくなってしまった。
「……ですよねー」
半分諦め気味である。だがこれも勇者の仲間であるエリスの使命なのだ。英雄の一人であるエリスもカイルと共に国王へ報告する義務がある。そんなことを決めた奴をとっちめてやりたい気持ちになりつつ、エリスは気合を入れる。
扉が小さく開き、その中から初老の男が現れた。
「勇者様、陛下の準備が整いました。良いですか。くれぐれも失礼のなきように」
釘を刺すように目を光らせた男はそう勇者に告げると、横に身を引いた。
「さて、覚悟はいいかエリス?」
「え、えぇ……」
それを合図に、初老の男が扉を開いた。
カイルが堂々とした足取りで中へと足を進める。エリスは静かにその後ろに続く。
その空間はとても静かだった。なんとも言えない重苦しい空気が流れ、胸がつぶされそうな感覚を覚える。これが国王が持つ威厳なのか、エリスは逃げたい気持ちを抑えつつ、カイルの後を追って国王の前まで進んだ。
玉座には国王が座っていた。立派な髭を蓄え、鋭い眼光が勇者とエリスを見つめている。
謁見の間には、おそらく国王を支える側近たちや、近衛兵と思われる兵士たちが左右の壁に並んでいる。玉座は2つあり、国王はエリスから見て左側に座っているが、右側は空席だった。
勇者が足を止め、片膝をついた。慌ててエリスもそれに倣う。
「勇者カイル、魔王を討伐しただいま戻りました」
普段とは違う落ち着いた力強い声が謁見の間に響き渡る。その声色は勇者という使命を見事に終えた英雄としてふさわしいものだった。
しばらく沈黙が続いた。カイルの声はしっかりと国王の耳にも届いているはずだが、なかなか国王は口を開かなかった。不思議に思ったエリスは国王に視線を向ける。
ギロリとした目が、エリスの視線と交わり、一瞬で萎縮してしまいそうになる。だが、これまで何度も死線をくぐってきたエリスは、負けじと視線を外さなかった。
永遠にも思えるような沈黙が続き、ついに国王が口を開いた。
「良い目をしておる。勇者カイルよ、良き仲間を見つけたものだな」
その言葉に、エリスは「は?」と声が出そうになり、なんとか止める。まさか開口一番に自分のことに触れられるとは思っていなかったのだ。
「はっ。彼女はエリス。西の地が魔族に壊滅させられたことはご存じかと思いますが、そこの生き残りです」
カイルの言葉に、国王が深く息を吐いた。
「おお、話は聞いておる。西か……あそこは悲惨だった。私の力が及ばぬばかりにつらい思いをさせたな。すまなかった」
ぽかんと口を開けるエリス。この堅苦しい雰囲気にどんな厳しい人かと思っていたが、それはエリスの思い過ごしだったのかもしれない。
「い、いえ。とんでもございません……!」
なんとか言葉を絞り出すエリス。それ以上何を言えばいいかわからず、そのまま沈黙してしまった。だが、カイルがそのまま言葉を繋げてくれた。
「西のことは残念でしたが、それを糧にエリスは力をつけ、共に戦ってくれました。エリスがいなければ魔王討伐は果たせなかったでしょう」
その言葉に国王は満足げにうなずいた。
「そうか。エリスよ、よくぞ勇者を支え共に戦ってくれた。礼を言う。勇者カイルもよくやってくれた」
その労いの言葉に嘘偽りはなかった。世界を救った二人にかけられた賛辞に、カイルとエリスは頭を下げる。
「勇者カイルとその仲間エリスよ。お前たちはまさに世界を救った英雄だ。褒美は用意してあるが、疲れもあるだろう。まずはしっかりと休むが良い。また後日、旅の話を聞かせてくれ」
謁見はそれで終わりだった。エリスが想像していたものよりも遥かに簡易的に感じたが、こういうものなのだろうか、と思うと同時にエリスは心の荷が下りたような気持ちだった。
国王が言い終わり、先ほどの初老の男が「こちらへ」と退場を促す。二人はそれに従い謁見の間を後にした。
その後は特に決まりはないらしく、好きに過ごしてくれとのことだった。一応今日泊まる部屋は用意されているらしく、二人はその部屋でしばらく休むことにした。
ーーー
ーー
ー
「疲れたわ…ほんとに」
部屋に案内され、椅子に座るエリスは柔らかいテーブルクロスの上に突っ伏してぽつりと溢した。案内された部屋には格式の高そうなソファーやテーブルが置かれ、その上には新鮮なフルーツが盛られている。暖炉もあり、さすがは国王の住まう城だ。
「おつかれさん」
湯気の立つカップがエリスの前に置かれた。
「……ありがとうございます。勇者様はさすがですね。こういうの慣れてるんですか?」
「そういうわけじゃないけど、まぁ……旅に出る前も同じようなことやったし……。そういう意味だと俺は2回目だからエリスよりは慣れてるかもな」
自分のカップに口をつけながら、カイルも椅子に座る。言われてみれば、魔王討伐に旅に出る際も国王から直々に命が下ったのだから、それはそうだった。
「ふ~ん。そういうものなんですね。それで……これからどうするおつもりですか?旅も終わって戦う必要もなくなりましたし。余生と言うにはちょっと早すぎるような気も……」
「そうだな~。特に決めてないけど、慌ただしい旅だったから今度は冒険者にでもなって優雅に世界を見て回るのもいいかもしれないなぁ。エリスはどうするんだ?もう無理に俺についてくる必要もないんだぞ?」
「わたしは……」
エリスはこれといってやりたいことなどなかった。これまで魔王討伐、ただそれだけを目指して旅をしてきた。その後のことなんて考えたこともなかったのだ。それに、彼女自身はカイルの傍を離れるという選択肢は想像すらしていなかった。漠然と今後も勇者の隣にいて、彼を支えるのだとそう勝手に思っていたのだ。
だが、それを素直に言えるほど、エリスにまっすぐな気持ちを伝える度胸はなかった。冒険に出かけるのであれば一緒に行きたいと、そう言えばいいだけのことだが、なかなか言葉にできない。
う~んと悩んだ素振りをしていると、コンコンと、ドアを叩く音が聞こえてきた。
「ん……誰でしょう」
エリスは椅子から立ち上がり、ノックをした主を招き入れるようにドアを開けた。そこにいたのは、意外な人物だった。
「―――!へ、陛下……っ!」
そこに立っていたのは先ほどまで謁見の間で玉座に座っていた国王だったのだ。だがその表情がまるで違う。眉毛は斜めに下がり、柔和な雰囲気はまるで別人のようだ。
「やぁお二人さん、少しお邪魔しても良いかな?」
その口調も国王の威厳など微塵も感じられかった。まるで旧友を訪ねてきたかのような気軽さだ。
「も、もちろんですっ!こちらに……どうぞ」
まさかの来客にエリスは驚きつつもソファーに座るように促した。一体なにがあったのだろう。もしかしてさっきの謁見で不手際があったのだろうか、と不安になるエリスだったが、次のカイルの口調にあっけに取られた。
「師匠……、城内とはいえ一人でほっつき歩いていると元老院のおっさんたちにまた小言を言われるぞ」
「えッちょッ――!勇者様!?なにを言って――!?」
軽い口調で、椅子に座ったままカイルが国王に指摘をする。それはまるで昔馴染みの間柄のようで、エリスは心底驚いた。
「はっはっは、相変わらずだなカイルよ。良いのだ。この城は私の城。どこに居ようと勝手であろう」
カラカラと笑う国王のそれはカイルの笑い方とよく似ていた。
どういうことだとエリスはカイルと国王を交互に見る。謁見の間でのやり取りに比べてあまりにも温度差があった。カイルは確かに世界を救った勇者ではあるが、相手はこの国の王なのだ。そんな気軽な言葉を交わしてもいい相手ではないということは田舎者であるエリスにもわかる。
「おお、すまぬ。エリス殿には説明しておかねばな。私はルシアン・アルトリウス・グランセル。知っての通りこのグランセル王国の王であると同時に、勇者カイルの元師匠でもあるのだ。謁見の間では元老院たちの目もあるのでな。これが私たちの本来の間柄なのだ」
エリスにまっすぐに向き、礼儀正しく頭を下げる国王ルシアン。言い終わると同時にバチンとウィンクを飛ばしてきた。なんともチャーミングであるが、その見た目とのギャップにエリスは背中がちょっとだけゾクッとした。
「師匠は元騎士団長で、俺がまだ幼いころ魔族との戦争に巻き込まれて孤児になっていたところを戦場で拾われたんだよ。ま、俺から見れば命の恩人であり、親代わりみたいなモンだ。戦い方もこの人に教わったし。だから師匠って呼んでる」
ズズっとカップを傾けながらカイルの解説が入る。そのしぐさや態度から気心の知れた間柄だということは感じられた。
この国は世界屈指の武力国家だ。だからこそ魔族との戦争で先陣を切って戦っていた。この国では正式に王位継承権を保持する者は、王位を継承するまでは軍に入ることが伝統となっているらしい。今目の前にいる国王も、王となる前は兵士たちと共に戦っていたのだ。言われてみればなかなかに鍛えられた身体をしている。その王衣をもってしても隠しきれていない。
「それで、俺たちになにか用か?あんたもそんなに暇じゃないだろう」
カイルが国王に質問を投げかけた。
「おお!そうであった。勇者カイルよ。お前に、そのぉ……頼みたいことがある」
「頼みたいこと?」
そのまま話が進みそうだったので邪魔にならないように部屋にあった茶器のところへ行き、お茶の準備をする。ソファーに座った国王はなにやら深刻そうな表情をしていた。
「本来私から頼むことではないのだが、あやつがどうしても言うのでな。ようやく過酷な任務を終えたお前には今後は静かな生活を送ってもらいたいと思っていたのだが……」
なかなか言いづらそうにしている国王。その表情には悩みを感じられる。
「俺にできることならやるさ。どうせやることもないんだし」
「うむ……そうか。いや、だがなぁ……」
なんとも煮え切らない言葉に、カイルは不思議そうな顔をする。国王からの依頼であれば誰であっても断ることはできないだろう。そういうものだとエリスは思っていた。だが、その国王の言いぐさや表情を見るにかなり難しい内容なのだろうか。
うーむ……となかなか本題に入らない国王。カイルは急かすことなく国王の言葉を待っていた。
と、その時だった。部屋の入口がバンッ!と勢いよく開かれた。大きな音に三人の視線がその方向に向かう。
「お父様!なにを躊躇っているのですか!」
イライラとした声色が部屋に響きわたる。そこには一人の女性が立っていた。絹と金の糸で織られた豪勢な装い。遠くからでも目立ちそうな金髪ロングのその人の姿はまさに王族であると物語っていた。
あっけにとられている三人を尻目に、その娘はずんずんとカイルの前に躍り出た。
「お初お目にかかりますわ勇者様。わたくし、国王ルシアンの一人娘であるセシリア・セレーネ・グランセルと申します。どうぞお見知りおきを」
そう言い放った彼女の出で立ちは可憐で美しい彫刻のようであったが、その口調はとても強く自信に満ち溢れている。国王の娘ということはれっきとした王女だということだ。たしかにその鋭い目つきは謁見の間で見た国王のそれと瓜二つだった。
「セシリアよ!私が話をしてくるから待っているようにとあれほど……!」
「いいえ!部屋の外から聞き耳を立てておりましたがお父様は頼りになりません!もうわたくしから直接お伝えします!」
なるほど、どうやら国王の娘であるセシリアとその父親の力関係はこうなっているらしい。国王であっても実の娘にはなかなか強く出られないのかもしれない。こうやってみると国王もただの親である。
「初めましてセシリア様。俺はカイル。それで、どういった御用でしょう?」
腰に手を当てて胸をそらす勢いのセシリアにカイルは怖気づくことなく丁寧に聞く。それを見たセシリアはふ~ん、と品定めでもしているかのようにカイルを舐めるように見る。
「さすがは勇者様。話が早いですわ。それに王女の前だというのにその自信たっぷりな態度。とてもいいですわね。やっぱりわたくしの目に狂いはなかったようですわ」
満足げにセシリアが不敵な笑顔を作る。皮肉にも聞こえるその言葉とは裏腹に、たしかにセシリアは嬉しそうである。
「せ、セシリア!あまりそのような態度を取るでない……すまぬなカイルよ」
「お父様は黙っててください!」
「……はいぃ」
国王をたった一言で黙らせることができるのはきっとこの王女だけなのだろう。シュンとしてしまった国王がかわいそうになってしまうセシリアだった。客人が増えてしまったので追加でお茶を用意しながら聞き耳を立てた。
「この俺にできることであればなんなりとお申し付けください」
カイルは紳士的に胸の前で腕を回し一礼する。傲慢にも見えるセシリアとは真逆の対応である。これが大人としての態度だと教えているかのようだった。
セシリアはそんなカイルの意図に気付いていないのか、まっすぐと勇者に対して指を差した。そして力強くこう言い放った。
「―――あなた、わたくしと婚約なさい」
その言葉に全員の動きが止まった。しん―と静まり返った空間に困惑したカイルの声が響いた。
「……セシリア様。すみませんよく聞こえなかったのですが」
困ったようにこめかみを抑えながらカイルが聞く。なにかの聞き間違いかもしれない。そうに違いない。お茶の準備をしていたエリスも王女の発言にすっかり手が止まっている。
「ではもう一度言いますわ。あなた、わたくしと婚約しなさい」
聞き間違いではなかった。
エリスは壁のほうを向きながらワナワナと手が震えていた。この国の王女が勇者カイルへ婚約を迫ったのだ。エリスにとって、これは由々しき事態であると当時に自分にはどうしようもないということを瞬時に理解した。ただ、これが現実ではないことを祈るのだった。




