【8】秋の乾いた風と、一応先輩風。
※本編と並行して、過去編となるスピンオフ
『夜明けを知らない日々の中で、金と酒と女を知る。』(過去編)を公開しました。
『夜が明ける日、ヴァージンロードで。』の主人公・朝霞巡が、夜の世界で働いていた頃の物語です。
本編と合わせて読むことで、巡の選択や想いが、より立体的に見えてくるかもしれません。
▶︎ 過去編『夜明けを知らない日々の中で、金と酒と女を知る。』はこちら
https://ncode.syosetu.com/n9467ko/
講義棟の脇を風が抜ける。
舞い上がった落ち葉が、誰の足元にも踏まれずに、ふわりと宙に踊った。
どこか冷たい匂いが鼻をかすめて、秋が深まっていることを、無言で伝えてくる。
午前の講義を終えて、喫煙所へ向かう。そこの灰皿前に、蓮田がいた。前打って連絡しておいた。
「よう、巡」
「おお、ハスダ。昼からタバコ吸ってたら真っ当に生きてる気がするな」
「……お前の“真っ当”は基準が低すぎるけどな」
笑いながら、俺の横に立つ。こいつは吸わない。俺が煙を吹くたび、目を細めながら文句を言う。でも隣にはいる。そういう奴だ。
「…結婚式場でバイト、慣れてきたか?」
「まあ、ぼちぼちな。
職種は真逆だけど、夜の仕事のスキルが活かせることも多い」
「そっか。まあそれならよかった。でもわかんないことも多いでしょ、仕組みとか流れとか。どうなの?」
「まあ、なんとかな。けどさ──」
俺は語った。皿の持ち方も、配膳のルールもわからず、冷や汗かきながら動いたこと。
式の結びで花嫁の父親が泣いてるのを見て、自分の父親を思い出して勝手に泣いたこと。
そして。
「……鷲宮さんって人がいてさ。超絶美人なんだけど、披露宴になると毒舌スパルタモードに切り替わるのよ」
「ふーん?」
「正直、苦手だなって。いや……俺、多分さ、夜の仕事してた時の目線が抜けてないんだと思う。女の子を“商品”っていうか、“役割の記号”みたいに見ちゃうクセがある」
「……」
「だからかも。向こうの方が年下に見えるのに、なんか見下されてる感じして。ムカつくってより、自分が嫌になる」
黙って聞いていた蓮田が、珍しく真面目な顔をする。
「それ、偏見だぞ」
「わかってる」
「なら、直していけるってことでもあるな」
この人間の正しさは、いつも静かに突いてくる。うるさくないのに痛い。
高校のときも、夜職に堕ちていた時も、蓮田はずっとそうだった。俺に向かって、「ちゃんとしろよ」とは言わない。でも、俺が“ちゃんとしたい”と思うように仕向けてくる。
「そういや、巡。ワインとシャンパンの作法って教わった?」
「いや、まだ。赤と白の違いとか、持ち方とかも全部雰囲気でやってた。夜とあそこでは乖離がある。」
俺がそう言うと、蓮田はペットボトルの底を指で撫でるようにしながら、ふっと笑った。
「……らしくて、いいじゃん。でも、ちゃんと知っといたほうがいいよ。結婚式って、意外と格式見られるからさ」
言葉の端に、かつての経験者らしい重みが乗る。
「そういうの、もしよかったらまた教えるよ。俺さ、だから──」
そこで一度、コーヒーを置いて、真っ直ぐ俺の目を見る。
「──よければ、またやろうかなって思っててさ。今の居酒屋のバイトと掛け持ちで。お前がいるなら、俺もやりやすいし」
不意に言われて、口をつぐむ。
「……マジかよ」
「マジ。ちょうど新しいバイト始めたいと思ってたし」
──ああ、なんか、ちょっと救われた気がした。
「じゃあ、俺が先輩風吹かせる番か」
「吹かせんなよ、ろくな風じゃねえだろ」
「言うねえ、こいつ」
ふたりで笑う。こんな昼下がりは久々だった。
夜が明けて、ようやく“まっとう”をやってるふりができるようになった俺に、初めての仲間が増えた。