【7】男子3日経てば刮目せよ、とはならないのが実情である。
今回ちょっと長めです!
日曜の夕暮れ。披露宴を終えた式場の裏口を出ると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。
夜になるにはまだ早いが、昼の喧騒はとうに過ぎて、通りに人の姿は少ない。
疲労と充足感の入り混じった空気を引き連れて、俺たちは最寄りの駅までの一本道を歩いていた。
「……あー、やっと終わったぁ」
先に口を開いたのは幸手だった。制服のネクタイをゆるめて、肩を軽く回す。
高校生にしては大人びてるくせに、こういうときだけやたら子どもっぽい。
そのアンバランスさが、妙にこの職場に馴染んでいるのが不思議だった。
「今日もおつかれ。三人とも無事に終えられてよかったよ」
隣で歩く国見が、少し笑って言う。
彼は仕事の覚えも早く、スタッフの間でもわりと頼りにされてる。
ただ、幸手とは特別仲が良いというほどでもなく、互いに敬意を払う程度の距離感だ。
けれどその距離がちょうどいいのか、二人のやり取りには奇妙な安定感がある。
「アサは今日で三回目、だっけ?」
「はい。そろそろ“はじめてだから”って言い訳できなくなってきた気がします」
俺がそう返すと、幸手がくくっと笑う。
「んー敬語じゃなくていいですよ!朝霞さん若干老け顔ですし、正直やりずらいです!!」
そうだね、と国見も続く。
「さいですか…じゃあお言葉に甘えるわ」
うんうんと笑う幸手ちゃん。高校生だけど姉貴みたいで逆にやりづらくなってきたな…
ー「でも正直、アサって仕事のときと普段のテンション、全然ちがくない?」
「そりゃそうだろ、披露宴中に“やっべ、腹減った”とか言ってたらクビだわ」
「いやそうじゃなくて……なんか、こう……」
言いかけて、彼女はふと口をつぐんだ。代わりに、足元のアスファルトを見つめる。
この空気に割って入るように、国見が言葉を継いだ。
「巡くん、仕事覚えるの早いし、気配りもちゃんとできてると思う。
ただ、式の流れとか、まだ曖昧なところもあるでしょ?」
俺は頷いた。
正直、頭ではわかってても、身体が追いついていない。
「じゃあせっかくだし、ここまでの三回分の披露宴、振り返ってみようか。アサ自身のためにも」
国見が軽く笑う。
その声に導かれるように、俺は3回分の“結婚式”を、改めて思い返し始めた。
「じゃあアサくん!披露宴の進行の流れを言ってみよっか!!」
幸手が唐突にそう聞いてくる。
日曜の夕方、落ち着いた空気の中での急な小テスト。心臓に悪い。
「んー……入ってすぐ、新郎新婦入場、乾杯、食事、ケーキ、手紙、退場、バンザイ」
「バンザイはしない!」
即ツッコミを入れてくれる幸手は、まだ制服姿の高校生。年下のくせに、俺より仕事はできる。くやしい。
「正しくは──まず、ゲストが入場してきて、各卓に“卓挨拶”するの。アレルギーの確認と、乾杯酒のアルコールかノンアルかの希望を聞く」
「はいはい、そのあと“ファーストドリンク”ね。『前菜の後にご提供するお飲み物いかが致しますか?』ってやつ。正直、このあたりで既にテンパってた」
「新郎新婦が入場してきて、司会がプロフィール紹介。で、そのタイミングでさっき集めた乾杯酒を注ぐ」
国見が静かに補足してくれる。落ち着いた声に、妙に説得力がある。
この人、半年しかやってないバイトのくせに、オーラがあるのはずるい。
「乾杯でグラスがカチンと鳴って、ようやく食事スタート。で、ファーストドリンクを順に出して──」
お、ここは分かるぞ。
「ここでパン!」
「はい、パン1個目。甘いやつ、スープの前に。卓の皿にトングで置くやつだね」
正解と指でOKマークを作ってくれるイケメン、様になるなあ。なんて思っていると横から元気に割り込んでくるやつがいる。
「そのあと、ケーキ入刀とファーストバイト!ここ、写真撮る人めっちゃ多いから、ドリンク通すとき気をつけないと!!」
そうだね、と言いながら国見は続ける。
「続いて新婦中座、新郎中座。ドレスとタキシードで再入場。お色直しね」
ほえー、お色直しね。これやる意味あるのかなとか思っちゃってるけど、まああるんだろうね。
「で、友人スピーチとか余興とか入って──披露宴によってはデザートビュッフェ。これ地獄。仕込みのスタッフは泣いてる」
「結びは、新婦の手紙と親御さんからの挨拶。
……あそこだけは、毎回刺さるよな」
俺がふと漏らすと、2人とも口を閉じた。
あの時間だけは、どの披露宴でも空気が変わる。
ふざけた空気も、わざとらしい祝福も、全部止まって、
ただ誰かの“本音”が流れる。
それが、俺の中にあるどす黒い過去と、ほんの少しだけ接点を持ってしまうのだ。
「なんか……俺、やってることは夜と似てると思ってたけど」
「うん、でも違うよね」
国見が穏やかに遮る。
「夜の世界は“虚飾”。こっちは“記憶”。
誰かの一日を完璧に演出して、未来に残すための仕事だよ」
それを聞いて、少しだけ心が動いた。
“まとも”なんて、俺には縁のない言葉だったけど──
「……もうちょいだけ、まともぶってみるのも、悪くないかもな」
──駅のホームが見えてきたころ、ふと国見が口を開いた。
「そういえばさ、昨日の午後の式──雪さん、いたよね?」
「……ああ、鷲宮さんですか。めちゃくちゃ怖かったっす」
つい敬語になる。あの人の前では、条件反射で背筋が伸びる。
「俺も最初の頃、かなり叩かれたなあ。
でも、アサくんのことちゃんと見てると思うよ。あの人」
「どのへんが……?」
「ミスの質。たとえばシャンパンこぼしたとか、トレイ落としたとか、そういうのには案外何も言わない。
でも、“意識の低さ”が出てると、怒る」
「……ああ」
なんとなく心当たりがある。
俺が二度出しした時の、“目”の鋭さ。
あれは単なる注意じゃなかった。根っこを見透かされた気がした。
「雪さん、たぶんすごくストイックなんだと思う。
それに、昇格の話も断ってるんだよ。社員から聞いたけど」
「なんで……?」
「多分、自分のやり方でやりたいから、じゃないかな。上に立つと、いろいろ守るものも増えるし」
なんでもないように語る国見の目が、どこか遠い。
けれどそこに“好意”の色はなかった。ただ、尊敬に近い空気。
「あの人に追いつくの、大変だろうな」
「でも、追いつく価値はあるよ。俺はそう思ってる」
この人が言うと、変に納得してしまう。
国見ってやつは、見た目が少しハーフっぽいせいか、何を言ってもそれっぽく聞こえるのがズルい。
そして──
次に会ったとき、俺がどんな顔で鷲宮さんに向き合えるのか。
舐めんなよ、夜で生き抜いてきた人間の底力見せつけたるわ。
でも不思議と、ほんの少しだけ、楽しみになっている自分がいた。
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