【6】無邪気な先輩高校生と、偽る後輩大学生。
日曜日の朝、まだ眠気がまぶたの奥に残っているなかで、俺は式場に向かっていた。
昨日のミスが、脳内で何度もリプレイされる。皿を二度出しした瞬間の鷲宮さんの目。ピタッと止まった空気。やばい。思い出すだけで胃が痛い。
「……ま、気にしても仕方ないか」
そう言い聞かせながらも、足取りはどうしても重くなる。
案内された今日の現場は、昨日とは違う披露宴会場――「ナポリ・クラーレ」。名前のとおり、ナポリの晴れ空をイメージした開放感のあるフロアで、木の温かみと白を基調にした西海岸風の内装が印象的だ。窓から差し込む朝の光が、どこか今日のスタートを肯定してくれているような気がした。
「おはようございまーす!」
元気いっぱいな声とともに、今日の“トレーナー”が現れた。
「あ、えっと……朝霞さんですよね? 私、今日つかせてもらう幸手です、よろしくお願いしまーす!」
明るくて、どこか小動物みたいにきびきびした子だった。制服が少しだけブカブカで、その中に収まりきらない元気がはみ出している。
「おはようございます、朝霞です。よろしくお願いします。」
そう返しながら、ふと気づく。
(……若い?)
というか、よく見ると明らかに高校の制服っぽい鞄をロッカーに入れてる。
「えっと、学生さん……ですか?」
「はい! 高校3年です。あっ、でも今年で3年目なんで、式場のことはそこそこわかるつもりですよ!」
笑顔で胸を張る彼女に、思わず「え?」と素の声が出そうになった。
俺より年下なのに先輩。しかも高校生。
……状況、理解するのに30秒かかった。
「だいじょぶですよー、難しいこととかは私がフォローしますから。アサさん、今日で3回目ですよね?」
「はい、ええ。……って、アサ?」
「うん、朝霞さんって言いにくいからアサさんで! ダメですか?」
ちょっと崩れた敬語。でも礼儀は保たれてて、嫌な感じはまったくない。むしろ、妙に心地いい。
「……いいですよ。じゃあ、幸手さんって呼びます」
「唯香でいいですよ。みんなそう呼ぶし。あ、でもアサさんって、夜の仕事してたんですよね?」
唐突に飛び出したワードに、俺は一瞬言葉を失った。
「え、なんで……」
「あ、すみません! そういう噂が流れてるっていうだけで、ほんとかどうかは知らないんですけど……なんとなく、わかる気がして」
「……バレてるのか」
まあ、黒染めしきれてない髪と、いまだに消えてない夜の匂いと、抜けきらない所作。プロじゃなくても分かるか。
「大丈夫ですよ。私、夜の世界とか別に偏見ないんで」
あっけらかんとした笑顔。多分これが、この子の強さなんだと思う。
「じゃ、準備しましょー。今日の料理、順番は覚えてます?」
「えっと……前菜、スープ、魚、口直し、肉、デザート……でいいんですよね?」
「正解! あとパンが2種類あります! 一個目はスープの前、甘めのやつで、そのままでもいけるやつ。二個目はお魚とお肉に合わせてソースと一緒に食べるパン。出すタイミング間違えるとバチクソ怒られるんで、気をつけましょ!」
「バチクソ……了解で
高校生に指導されるこの構図に戸惑いながらも、唯香の明るさに少しだけ救われている自分がいた。
披露宴は始まった。
昨日のような大ミスはなく、唯香のフォローもあって、どうにか無事に料理を出し切る。
ただ──
客が帰ったあとの静かな披露宴会場に、皿の音だけが響いていた。
照明は落ち、ワインの残り香と花の匂いだけが、まだこの空間に残っている。
夜の仕事とやってることは、似てる。
気を使って、盛り上げて、金をもらう。
あっちは虚飾。こっちは、記憶。
──ああ、そうか。
俺、今さら“まとも”をやってるフリしてんだな。
それでも、
もう少しだけ、このフリを続けてみるのも悪くないかもしれない。
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