【4】まともなやつと、まともになりたいやつの話。
大学のキャンパスというのは、どうしてこうも眠気を誘うのか。
講義が終わり、いつもの喫煙所に向かって歩いていると、すでにタイルの縁に寄りかかる男の姿があった。
「……あ、巡じゃん」
蓮田 零。高校の同級生にして、俺の数少ない“まともな”友人。
サッカーチームで一緒に汗を流してたのは、たぶん小学校三年生の頃だ。
「……おう。今日もちゃんと講義出たか?」
「まあ、そっちはそっちで……。てか、お前のほうが珍しいだろ。夜職辞めたん?」
ズバリ言ってくるあたり、さすがだ。こいつとは高校から地元も近かったし、夜職やってた頃もたまに飯を奢ってもらったり、借りた金を倍にして返す(と言ってスロットで倍にしようとして返せなかった)こともあった。
「昨日がラストだった。……まあ、いろいろあってな」
「ふーん……。タバコ、まだ吸ってんのかよ」
「あたりまえやろ」
俺が火をつけた途端、顔をしかめて少し離れる蓮田。
何年経ってもこれだけは変わらねえ。
「なんか、久々に顔見た気がするわ。夕方だし、ちょっと飯行かね?」
「……まあ、悪くない」
どうせ家に帰っても、安酒とアニメしかない。飯くらい、ちゃんと食っておいてやる。
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結局、駅前のこぢんまりした居酒屋に入る。
木製のカウンター、昭和っぽいポスター、ちょっと気の抜けたBGM。肩の力を抜くにはちょうどいい。
「で、結局辞めたあと何してんの?」
蓮田がそう言って、冷たいウーロン茶を口にした。こいつ、相変わらず飲まねえな。
「……あー、結婚式場。ブライダルスタッフだってよ。昨日、面接してそのまま働いた」
「は? 展開早すぎん?」
「うるせえ。俺だってびっくりしてんだよ」
つまみを箸でいじりながら、昨日のことをひと通り話す。スーツで面接に行ったこと、白河っていう社員が美人で優しかったこと、初日で披露宴に入って皿を落としそうになったこと。あと、泣いたこと。
「……ほんと、変わったなあ」
「何が?」
「いや、昔のお前ならさ、人の幸せのために働こうなんて考えなかったじゃん。てか、そもそも働くってこと自体を放棄してた気がする」
「……うるせえ。そういう時期もあったんだよ」
火の消えかけたタバコに、再び火をつける。
けれど、昔みたいに胸がざわついたりはしない。ただ少し、心があったかくなった。
「なあ、蓮田。……お前ってさ、高校のとき、地元の式場でバイトしてたろ?」
「……あー、覚えてたんだ。うん、先生とかにはバレないようにこっそりやってたけど」
「俺、たぶんあれに影響されたんだと思う」
「は?」
「いや、お前がどうこうってより、“ああいう仕事”ってのがずっと引っかかっててさ。たぶん、あのときからずっと、どっかで憧れてたんだな」
「……へえ」
蓮田が少しだけ、表情を崩す。
そのあと、ウーロン茶を口に含み、軽く笑った。
「じゃあ、あれだ。お前が次、迷ったらまた言えよ。俺、なんだかんだで昔からお前のそういうとこ、見捨てらんねえからさ」
「は……。ははっ、何だよそれ。でもまあ、慣れてきたらお前も一緒に働いてもらうかもな。」
「嫌だよ、もうブライダルでは働きたくねえ。」
軽口を叩きながら、瓶ビールは空になる。
なんだか、地元に戻ったみたいな気持ちになった。
たぶん、こいつの存在が、俺の人生の「浄水装置」だったのかもしれない。