【3】影の裏に、光の輪郭。
人生の転機ってのは、どいつもこいつも、決まって朝にやってくる。
夜明けが怖くない奴なんて、そうそういない。
けどそれでも、また太陽は昇るんだよな。俺みたいなやつの上にも。
***
「朝霞くん、今日一日、本当にお疲れ様でした。」
国見は優しい声色で、俺に深く一礼をした。
その姿はなんつーか、ちゃんと“敬意”ってやつを感じる動作だった。
「いえ、こちらこそ……今日はありがとうございました。」
素直にそう言えてる時点で、俺はもう夜の“客の顔色だけ読む”テンプレートとは、違う方向に立ってる気がした。
なあに感慨深くなってんだ、たった数時間の新人バイトだろ俺。
「アサくん、今日のこと、少しフィードバックしてもいい?」
おお、きた。
“アサ”って呼ばれてから、まだ全然馴染んでねえけど、なんか嬉しかったりもする。
「もちろんっす」
「正直、すごく頑張ってたよ。披露宴の進行って、最初は全然わからないと思うけど、動き方は丁寧だったし、料理の順番も頭に入れてたし。……ただ、ちょっと緊張してる感じはあったかな?」
「まあ、そりゃ……」
「うん、でもそれでいい。最初から完璧なんて、誰も求めてないからさ。
大事なのは、“どれだけ主役の二人の空気を壊さずに寄り添えるか”だと思ってる」
“主役の二人の空気を壊さずに”──
ああ、夜の店でも、それに似た空気感ってあったな。
ただし、あっちはもっと露骨で、金の匂いがしたけど。
「ねえアサくん。僕、昔から思ってたんだけど、
ブライダルって、自己犠牲の美学みたいなところがあるんだよね」
「自己犠牲、っすか」
「うん。全員が黒子で、舞台を支える側。照明も、音響も、料理も。
誰も目立たない。でも、目立たない人たちがいないと成立しない。それがブライダル。……夜の世界とは、真逆だろ?」
「……いや、似てると思いますよ。
俺、夜の仕事やってたんです。……歌舞伎町で」
ふと口をついて出た言葉。
あれ、言わなくても良いこと言っちゃったな?
「そっか……だからか。最初から、空気読むの上手かったんだなって思ってた」
国見は特に驚いた顔もしなければ、否定するでもなく、ただ少し笑った。
「でも、似てる部分もあるけど、やっぱり違う。
あっちは“個”で魅せる仕事だけど、こっちは“全体”で届ける幸福がある。
アサくん、今日はそれをちょっと感じたんじゃない?」
「……はい、ちょっと泣きそうになりました。
花嫁さんのお父さんが、手を震わせながらバージンロード歩いてるの見て、俺の親父が頭よぎって」
「それが、ブライダルの“魔法”だよ」
そう言うと、キメ顔で指を鳴らす。クソ、カッコつけててちゃんとカッコいいじゃねえか。
***
制服を脱いでロッカーに押し込んだ帰り際、白河さんが事務所から顔を出す。
「朝霞くん、今日はありがとね!次のシフト、どうする?」
「あ、えっと……来週って、もう決まってますか?」
「まだ枠あるよ。……やる気、ある?」
「あります。……案外、俺、向いてるかもしれません」
思いがけず出た本音に、白河さんがふわっと笑った。
「じゃあ、また来週もお願いしまーす!」