【1】真昼のスポットライトにも、影は付き纏う。
人生には、大抵の場合、どうしてこうなったのか説明のつかない瞬間がある。
それはたとえば、夜職を辞めたその翌朝、いきなり結婚式場のバイトに行くことになったとき──みたいな。
俺の名前は朝霞 巡。
偏差値も生活水準もそこそこに下回る21歳、現役留年確定大学生3年生。
肩を壊して部活をやめ、ギャンブルに溺れて、夜の世界に片足どころか腰まで浸かったあげく、気づけば大学の単位すら取り損ねていた。
でもまあ、人生ってのは水ものだ。現時点で泥水でも、どこかで浄水施設のようなところを通るだろう。
たとえば、チャペルとか。
夜を抜け出した俺は、今、なぜか結婚式場の面接に来ていた。皮肉な話だ。
清らかな愛の象徴みたいな場所に、俺みたいな金と性欲と暴力の夜にいた奴がいるのだから。
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「お時間いただきありがとうございます。ではこちらで履歴書の確認を…あれ、ここ空欄になってますね?」
面接官の女性は、俺の履歴書の“職歴”欄に指を滑らせながらそう言った。
白いシャツに淡いベージュのカーディガン、少し茶髪がかったボブのお姉さん系。
なのに、妙に目が据わっている。──突っ込まれちゃうよね、やっぱ。
「あー…すみません。空けちゃったんですよね、前の職場がちょっと…説明しづらくて」
「…夜のお仕事、ですか?」
……先に言われた。
そのまま口角をほんのり持ち上げて、彼女はこう続けた。
「私もね、ラウンジのキャストやってたんですよ。2年くらい。銀座と、ちょっとだけ六本木も」
何それ、先制ジャブからのストレート。
まさかこの人、自分の経歴でカウンターブロー打ってくるタイプの面接官?
「そっか。じゃあ書けないよね。でもでも!夜の仕事の経験は、必ずこの業界で生きるよ!!ゲストを“見る目”とか、場を読む力とか。それに……夜からこっちに来る人、けっこういるから。あなただけじゃないよ」
救いの言葉が、優しさじゃなくて「事実」として出てくるあたり、妙にリアルだった。
たぶんこの人、何人もの“俺”を見てきたんだろう。
「白河と申します。Maison du Pragmaのバンケット統括をやっています。よろしくね」
やべぇ、見透かされてるのは怖いけど……かっけえ。
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「というわけで、今日すぐ入れますか?」
「え、今日?」
想定外の“即採用”だった。
そりゃ働く気で来てるけど、服装はスーツ。しかも昨晩のキャバ勤務から帰った直後の、香水と酒と煙草が混ざった“深夜テンションスーツ”だ。
一周回ってこいつでチャペル入るとか、なんか……めちゃくちゃ皮肉だな。
「うちは制服あるから大丈夫。とりあえず、今日1本だけ披露宴あるんだけど、人が足りてなくて」
「押忍……!あ、いや、違いますね、かしこまりました。」
うっかり返事が現場のノリで出た。
でも白河さんは笑ってた。「あ、夜の返しだねそれ」って言いながら。
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スタッフルームで渡された制服は黒のベストとネクタイ。そしてサロン。
ちゃんとしてるっぽく見えて、よく見るとサイズがちょっと合ってない。ま、アルバイトあるあるだ。
そんな俺の前に現れたのが──
「君が新人君?面接当日から披露宴とか、なかなか当たり引いたな」
スラッと背が高くて、やたら顔が整っている。どこかハーフっぽい彫りの深さがあって、声は低く、よく通る。
胸元のプレートに目をやる。名は国見 尚というらしい。今日俺を指導してくれる“トレーナー”だ。
「あ、朝霞君って言うんだ!僕は尚。初日だからわからないことだらけだろうけど、気負わず見学のつもりでいいよ。」
その言葉にちょっと安心したのも束の間、「ただしゲストの前でミスしたらアウトだから、集中してね。」と静かに続ける。まあそれはそうだよね、結婚式だもんね、人生で一度きりだもん。
でもでも思ったけども、結婚式場……顔面偏差値高い人材が多すぎない?
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