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夜が明ける日、ヴァージンロードで。  作者: 樅山紅葉
キャラクターEP【鷲宮雪】
10/10

氷の女王は、酔いで溶けてゆく。

「──あんたさ、その手つきでアシスタント務めるの、あと100年は早いよ。」


披露宴の開幕前、会場「ヴェネツィア・ヴェルディ」の空気は、静寂というより緊張だった。

新米アシスタントの男子学生が、銀皿を持つ手を震わせていたその時。鋭い声が飛ぶ。

発したのは、誰あろう、“氷の女王”こと鷲宮雪。

身長は中くらい、スラリとした細身、そして絶世の美貌。

けれど、彼女が「美人」と呼ばれるのは、あくまで披露宴が始まる前の話だ。

ひとたび現場が動き出せば、彼女の目元は鋭さを増し、口からは容赦のない毒が飛び出す。

「あの人マジ怖いっすよね……」なんて声が、裏の更衣室で日常的に囁かれているのも、無理はない。


でもその日。

営業後、式場裏のスタッフ打ち上げに、雪が珍しく出てきた。

「あ、わたし……今日、ちょっとだけ飲もっかな……」

グラスを片手に、ぽつんと座るその姿。

披露宴中には似つかないカルーアミルクを口に含むたび、目尻が少しずつ下がっていく。

「……ねえ、わたしってさ……やっぱ、怖いよね。」

急に話しかけられて、一番近くに座っていた俺は固まる。

「えっ、あっ……いや、そんな、まあ、ちょっとだけ、緊張感は……」

「うん。いいよ、正直で。」

被せ気味に答えられた後。一瞬の沈黙。

雪はテーブルの上のジョッキを見つめながら、かすかに笑った。

「怒りたくて怒ってるわけじゃないんだよ、わたし。

でも、披露宴って一瞬で決まるじゃん。空気も、流れも、ゲストの気分も。

だから言い方が強くなる。手を抜けない。……そういうの、伝わらないよね。」

「……ちゃんと、伝わってると思いますよ。」

そう言うと、鼻で笑いながら小さく首を振る。

「伝わってたらさ、裏で“氷の女王”なんて呼ばれないでしょ。

今日もさ、スープのタイミングで注意したら、あの子……泣きそうな顔してた。」

彼女の指先が、いつの間にか震えている。

そして、ぽつり、ぽつりと、声が滲みはじめた。

「……わたし、本当は、誰にも怖がられたくないのに。でも気づいたら、ああいう言い方になっちゃう。どうしてだろうね。性格、悪いのかな、わたし……」

「……そんなこと、ないです。」

言った瞬間、雪は一度だけこちらを見た。

その目には、仕事中には絶対に見せない、弱さがあった。

「……酔っ払ったな、わたし。なんか、ダメだ……あは……」

静かに泣きながら、笑った。

その顔があまりに柔らかくて、誰も言葉をかけられなかった。

唯一の例外が──俺だった。

こんな顔、誰も知らないままで終わるの、もったいないねえよ。


そして翌週の土曜、また披露宴の幕が上がる。

「なにぼーっとしてんの、アサ! 次、口直しのシャーベットでしょ? 走りなさいよ。」

まるであの夜の笑顔が幻だったかのように。

でも、たまにふとした拍子に見せる、ふにゃりとした笑み。

それを知ってしまった誰かは、もうきっと彼女から目が離せなくなる。

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