断罪の後始末
証言者C 客の言い分
5月の雨の日
私は家から歩いて10分のところにある薬局へ買い物にやってきました
白いマスクと白い帽子、髪は肩につくくらいの長さをゴムでひとまとめにしていました
心が元気なときはマスクも帽子もしません
けれどこの日は日常のストレスに疲れ、マスクと帽子で心を守るように、他人の視線や態度を気にすることなくサッサと買い物して帰るという気持ちでした
お気に入りのエコバッグは、万引きと間違われないようにしっかりジッパーで閉じ、店内へ入って行きました
カゴの中にいくつか商品を入れ、最後に重い洗剤をしゃがんで選んでいるときでした
すぐ真横に誰かが立つ気配がしました
洗剤を二つカゴに入れ、その場を離れるときにチラと見ると、白いマスクをしたおばさんがこちらを睨んでいました
気持ち悪い
そう思いながらレジへ
レジ待ちは多くなく、私の後ろには一人だけでした
レジの店員が「入れましょうか」と言いました
この店には、別に袋入れ台がありましたし、この店でこんな言葉をかけられたことはありません
けれど、客待ちも多くなく、空いているときは入れてくれるのかなと思い、じゃあ、と買い物袋をレジ台に置き、入れてもらいました
ただ
その店員が、私の後ろの方の誰かとアイコンタクトをとっているような雰囲気は感じていました
その場では、なんでもないことのようにやり過ごした私でしたが、帰り道で、どうにも落ち着かないもやもやとした気持ちがおさまりませんでした
このもやもやとした気持ちをハッキリさせるためには、もう一度、近いうちにあの薬局に買い物に行かなければならないと思いました
6月の晴れた日
この日の薬局はガランとしていました
客は私だけでしたから
ヘアクリームや歯ブラシ、そして洗剤を二つ入れたカゴを持ってレジへ
今日はあの気持ち悪いおばさんがいなくて気持ち良く買い物できてよかった
そう思っていたのですが、レジの店員の一言で私の心と体は凍りつきました
「袋詰めは専用台があちらにあるのであちらで入れてください」
ガラガラの店内
レジ台にのせたエコバッグ
私の後ろには誰もいません
「は?」
私は訳がわからなくて口を開いていました
「この前は入れてくれたのに今回はだめってどういうこと?」
本当は言葉に出して聞かなくても、この時点で私はその理由をハッキリと体感していました
あの日の出来事がまるでついさっきのことのように、今の自分と重なって感じていたからです
5月のあの日、私は万引きを疑われ、万引き犯を見る目で見られていたのです
万引きハンターの気持ち悪いおばさんから、レジの店員から
そしてきっとあの場にいた他の客からも、エコバッグを確認されている私を見て、あの人万引きしたのかしらという目で見られていたことでしょう
私は万引きなんてしていません
万引きしていないという証明はどうすれば出来るのでしょうか
悔しくて仕方がありません
('ロ'('ロ'('ロ'('ロ' )
証言者B やめたレジの店員の言い分
5月のシフトだるいわー
最近、万引きが多くて店長の機嫌悪いから愚痴多いし、小言も多いし、だるいわー
と思ってたら店長、万引きハンターの中年のおばさんを連れてきた
なんか目つきの悪い、偉そうな人だなー
大丈夫かなー、お客さんともめなければいいけどなーって思ってたんだよね
やっぱりって感じでやたらとお客さんに張り付いてきみ悪がられてるし、エコバッグの確認はさせられるし、いいのかこれって思うけど、直接お客さんに声かけるわけでもないから、お客さんも微妙な顔で帰っていくのよね
なんかここのバイト微妙かもー
今月いっぱいでやめちゃお
証言者A 新しいレジの店員の言い分
6月から始めた薬局のアルバイト
お客さんが少なくてマジ楽勝
レジピッピしたら、袋詰め台でお客さんが自分で袋に入れる面倒臭い作業やってくれるし
と思ってたら、うざい客来た
レジ台に当然のようにエコバッグ置いてきた
は?なにやってもらって当たり前みたいにエコバッグ乗せてきてるわけ?
うっざ
こいつ断ったらどんな顔するのかな
大人しそうな感じだからいけるかな
「袋詰めは専用台があちらにあるのであちらで入れてください」
「は?」
あれ
なんか切れだしたよこのおばさん
やっば
はいはいー「入れます入れます」さっさと終わらせて帰ってもらお
('ロ'('ロ'('ロ'('ロ' )
証言者D 万引きハンターの言い分
大学卒業と大手企業の就職が決まっていた私だったけれど、妊娠判明から就職を諦め結婚、出産も3回経験した
子育てが落ちつき、就職を諦めきれなかった私は再就職に奔走したが叶わず
無職スキルしかなかった私が出来るのはスーパーの店員くらいだった
ところがいざ始めてみると、万引きの多いこと
私が汗水流して働いているそばで、楽して得してる万引き犯が許せなくて追いかけてとっ捕まえてやったのが評価された
店長から紹介された万引きハンターの仕事に私は飛びついた
悪い奴ら捕まえて褒められるなんて、こんな気持ちいい仕事があったなんて
万引き犯全員、私がとっ捕まえてやる
ところがスーパーの店長から急にもうここには来なくていいと言われた
意味がわからない
お客さんから苦情が多いですって
万引き犯を捕まえても、ただ捕まえるだけではだめなんだと気付いた
私の仕事の正当性と必要悪、店長を納得させる材料があれば、私はずっとこの仕事をしていける
スーパーを離れ、万引きハンターの仕事の受注先は数日でコロコロ変わることになった
大型書店や薬局が多かった
怪しい万引き犯に目星をつけ、奴らが通った場所を監視カメラで確認、商品の在庫管理で万引きの証明をすると、店長の目が変わる
よろしくお願いしますと強く願われる
私はこの仕事にやり甲斐を感じている
この私がこんな仕事をしてるのに
自分だけ楽して得しようなんて思うやつは絶対に許さない
('ロ'('ロ'('ロ'('ロ' )
証言者E 薬局の店長の言い分
万引きをする人間がすぐわかると豪語する万引きハンターを雇うことに決めた
もうずっと長い間、子供や老人、または暇つぶしのような人間の万引き犯に苦しめられてきた
どうにか万引き犯が来なくなるように出来ないだろうかと悩んでいた
そんなときに現れた彼女は、監視カメラの映像と万引き犯の行動を照らし合わせ、確認すると確かに在庫が合わない、この店にはこんなにも犯罪者が出入りしていると教えてくれた
自分に任せてもらえれば万引き犯を一掃すると断言までした
仕事を頼まないという選択肢は思い浮かばなかった
万引き犯はいなくなった
万引きハンターの彼女も自信満々に次の仕事場があるのでと言っていなくなった
晴れた日の店内はガランとした静けさだった
お客さんも来なくなっていた
客足は戻るだろうか
それとも
また万引き犯も戻るのだろうか
だとしても、私はもう万引きハンターの彼女を雇うことはない
お客さんからの苦情の中に気になるものがあったからだ
「普通に買い物に来ただけなのに、犯罪者を見る目で見られるのは気持ちのいいものではない」
「万引きに苦しむ店には同情する、けれど何もしていない、ただ買い物しに来てる人を万引き犯扱いするのはどうかと思う。次は我が身かと思うと怖くてもうここには来れない」
('ロ'('ロ'('ロ'('ロ' )
ゲスト証言者 スーパーの店長のつぶやき
いやあ、この仕事をしてるとね、人を見る目が鍛えられるよね
万引きハンターになった彼女?
ああ、前々からきな臭い子だったよ
自分より得をする人間が気に入らないのか、いや自分の価値を崩す人間に腹が立つんだろうね、そういう人を前にすると顔が変わるんだよね
顔つきが変わるというか、あれは睨んでいるんだろうね、それがすごい目なんだよね、怖いよね
彼女が初めて万引き犯を捕まえた時に言ってたんだけど
「私がこんなところで働いてるっていうのに私より楽して得しようなんて絶対に許すもんか」
これってさ、万引き犯あるあるなんだよね
万引きする人間ってさ、自分は万引きして自分だけ得しようとしてる分際で、自分以外の人間が自分より得するのは我慢ならないらしいんだよね
それに気付いた時にさ僕、監視カメラを見直してみたんだよね
万引きハンターの彼女がお客さんを追い回してる映像を
彼女は、この映像をより鮮明に見られる事は知らないんだけど、ちょこちょこっとパソコンで調整すれば、商品名とかハッキリ見えるくらい、人間の手元をアップでクッキリスッキリ見ることも出来るんだよね
そうして確認したんだけどね
さすがだよね彼女
決定的瞬間は映っていなかったよね
でもね
お客さんが通った時にはあった商品が、その後ろをついて回ってた彼女が通ったあとには無くなっているのがハッキリと確認出来たんだよね
あの時、彼女の持ち物を確認して真実を知ることも出来たっちゃ出来たんだけれどね
やらなかったよね僕
だって彼女
怖くない?
僕は怖い
逆恨みして逆上
想像出来ちゃったもん
追い詰めたらいけない人っているよね
そう思ったんだよね
今はどうしてるか知らないけれど
知りたいとも思わないね
知りたいと思う僕だったら、今もまだスーパーの店長でいられたかどうか
断罪の後始末
「しろや!」と握り拳を高々と振り上げて叫びたかったので一気に書き上げました
疑わしいってだけで睨まないでほしい怖いよ
しゃがんで商品選んだら睨まれるなら、下の方に商品置かないでくれ