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食傷時代

 ――あー、あー、テス、テス。本日は曇天どんてんなり。本日は曇天也。団子こねこね焼肉日和びより。んん、おほん。

 さて、聞こえるかね。

 わたしは伯爵はくしゃく。ジェダ・アルマイ・エドゲイ伯爵だ。まあ名前などどうでもよろしい。わたしのことはただ伯爵とだけ呼んでくれたまえ。君、もしくは諸君、と呼んだ方がよいかな。諸君らがいま稼働かどうさせ、わたしの声が流れ出ているこの箱はわたしの発明品である”やまびこだま九号”だ。山彦やまびこ木霊こだまを封じ込めて半永久的かつ膨大ぼうだいな録音が可能というスグレモノ。

 おっと、わたし自身の紹介がまだ足りなかったかな。

 はじめに言った通りわたしは伯爵。

 偉大なる発明家。

 そして、人間くんからは怪物などとも呼ばれる者。

 食人鬼。

 それが、わたし、だ。

 このたび長年の研究の末に素晴らしい発明品が完成した。おどろくなかれ。なんとそれはタイムマシンだ。慣例的に、おどろくなかれ、などと言ったものの、存分におどろいてくれているとわたしは嬉しい。どうかな諸君。いまこの音声を録音しているわたしには諸君らの驚愕きょうがくの表情が目に浮かぶようだよ。

 時間旅行の原理については諸君らも興味が尽きないところであると思う。この記録の本筋からは外れるが、すこしばかり説明しておこうか。と、言ってもむずかしいものではない。過去や未来を呼び出す方法は我々食人鬼、魑魅魍魎の間では有名であろう。

 そう――、合わせ鏡だ。

 いや、まてよ。この音声を聞いているのが同族とも限らないな。この、やまびこだま九号を偶然にも人間くんが手にするということもあるかもしれない。そうであった場合はピンとこない、か――。

 ふうむ。

 まあよい。考えてもせん無きことだ。とにかく話を続けよう。

 雲外鏡と紫鏡を合わせ鏡にする。それに画霊化装置を組み合わせたものがタイムマシンとなる。画霊化装置についての説明は割愛かつあいするが、気になる者はわたしの論文を読んでくれたまえ。食人鬼組合に行けば貸し出してもらえるはずだ。簡単に解説するなら、虚像を実像にする。そんな装置だ。

 形状としては三面鏡を想像してもらえるとわかりやすいことと思う。右と左に雲外鏡と紫鏡、正面に画霊化装置がはめ込まれており、コンパクトに折り畳みも可能だ。折り畳むと手頃なサイズとなり、オシャレなカバンに早変わり。取っ手もあるので持ち運びも楽々。

 手順を説明しよう。

 第一ステップ、合わせ鏡のなかに過去もしくは未来を呼び出す。

 第二ステップ、過去や未来を呼び出した状態の鏡に、己の姿、虚像を映す。

 第三ステップ、画霊化装置によって、その虚像を実像に変える。

 という簡単な三つのプロセスでタイムトラベルが完了する。

 跳躍ちょうやくする時間について細かく選べない、という問題は解決できなかったことを告白しておこう。どうにも雲外鏡や紫鏡の機嫌やその時々の霊的要因によって、鏡が映す未来、過去に揺らぎができるのだよ。なので、このタイムマシンは、途方もない未来や過去に飛んでしまうという危険性もはらんでいる。まあ、鏡に映る世界をよく確認して、そんなことが起きそうな場合には日を変えるなどして対応すればいいだけのことではあるがね。

 さて、タイムマシンについての説明は終わりだ。

 そして、ここで宣言させていただこう。

 未来過去両方へと飛べるわけなのだが、わたしは未来に向かうつもりなどはさらさらない。

 求めるのはただ過去のみだ――。

 わたしがタイムマシンを作るに至った経緯について話しておこうか。

 これを聞いているのがどの時代の者かはわからないが、わたしの生きる現代において人間というのはなんとも味も素っ気もない存在へと成り果ててしまった。

 なにもかも平和が悪い。

 平和は味を均一化させ、ブランドを失わせた。人間は国境を越え、人種を越え、愛し合い、つがいになって交わり合った。混ざった肉を分けることはもう不可能。失われた味や風味は星の数より多いだろう。国という概念も同じ末路を辿り、無数にあった国も、いまやたったひとつの地球という大国家になった。

 それが現代だ。

 食人鬼は無限の命を持つが、その誕生の時期については、選ぶことはできない。わたしが生まれたのはすでに人間の併合へいごうが進み、味わいが単一のものに移り変わったあとであった。物心ついた時には完全なる合一化が完了してしまっていたのだ。

 年寄りの食人鬼連中の美食自慢には耳が腐りそうになったよ。だが耳をふさぐこともできなかった。聞くたびにわたしの耳はえて、うらやましいと思う気持ちが心にとめどなく溢れ出した。

 だから、わたしはタイムマシンを作ったのだ。

 人間を味わうために。

 ふうむ――。

 先程、すこし可能性について触れたが、この記録を聞いているのがもし人間くんであったとしても、どうか傾聴けいちょうしてほしいものだな。

 わたしは、なにも道楽で君たちの肉を食らっているのではない。生きるためだ。無限の命を持つと言っても、それは生きた人間の肉と共に命をいただいているからに過ぎない。人を食わねば無限は容易に有限に変わる。それに無限の命と言っても寿命の話であって、体が傷つき、首が落とされたりなどすると死ぬのは君たちと同じだ。肉体が劣化しないというだけで、生物としての限界を超えた再生能力を持つわけでもない。こう考えると、我々の違いなど些細ささいなものだろう。

 人間の諸君も牛や豚などを食うであろう。植物から命を貰うこともあるのではないかな。我々は同じだ。食い、命をつなぐという意味でね。そして、より豊かな命を食らいたいと願う心は我々食人鬼も人間も変わらないであろう。だから、それを求めて過去へ旅立とうとするわたしの気持ちにも共感してもらえることと思う。

 さらにつけ加えるなら、森羅万象を食らう人間に比べて、我々食人鬼は人間しか食べない。つつましやかなものだ。暴食を批判しようというのではないよ。暴食は美徳だ。尊敬に値する。全は一、一は全。人間くんが全を食って一となすからこそ、食人鬼は一を食って全を得ることができるのだから。

 ――いま頭をよぎったことがあるので、せっかくだから話しておこうか。

 すこし話は変わるのだが、わたしは濃紺のビロードの外套などを好んで羽織る。それでいて研究一筋の青瓢箪あおびょうたんなものだから、吸血鬼ヴァンパイアのようで格好良い、などと言われてご婦人方からもてはやされたりするのだ。

 ――が、わたしは吸血鬼が嫌いである。

 大嫌いである。

 吸血鬼というのは生き血をすする盗人だ。博愛主義を気取って命は奪わぬという顔をしながら、命を薄め、肉を鈍色にびいろせさせる外道どもだ。それに比べて我々食人鬼はありのままに肥えた肉を余すところなく食らう。胃のに収めて心からとむらうのだ。そして、我々食人鬼が食うのはあくまで生きた人間だけ。命なき屍肉を食らう食屍鬼グールなどといういやしいものたちとも違う。人間くんの命はわたしの命の糧となり、永遠に輝き続ける。素晴らしいことだと思わないかね。

 人間くんには例え話をまじえたほうがわかりやすいかな。

 牛の血をワイングラスを傾けるがごとくにすすり、その命が薄まる様を眺めている者がいたとする。それを人間くんはどう思う。肉がけがれきる前にひと思いに食らってやるべきだとは思わないかね。けがれを至高の芸術品のように鑑賞するやからに怒りが湧かないかね。

 いや――、湧かないのかもしれないなあ。

 人間くんの論理はわたしには理解できないものも多い。

 とにかくだ。我々にとって人間が愛すべき隣人であるように、人間にとっても食人鬼は愛すべき隣人であるし、あって欲しいと願う。

 この話を聞いた者が聡明にも、食人鬼に食われる尊さを理解してくれていれば、わたしにとってこの上ない喜びだ。

 ――脱線し過ぎた。うん。この記録を聞いているのが人間くんでなかった場合、このような話は退屈であっただろう。すまなかった。猛省し、要点に移ろう。

 この音声はわたしの時間旅行の記録である。

 後の世、と言っても現代より過去になるかもしれないが、そこで生きる者たちに残すメッセージだ。

 わたしはこれから過去を巡り、そこで生きる人間たちの味を記録する。

 どのような生き方、どのような種類の人間が、どのような味であるのか。

 それを解き明かすことが、現代において失われた味の再生につながるはずだ。

 これは味の再生の糸口をつかむためのタイムトラベルなのだ。わたし個人が食を楽しみ独占しようなどという意図は一切ないことをここで強く断っておく。

 哀しいことだが老食人鬼たちは怠慢たいまんにも味は永久不変なりと勘違いして記録を残さなかった。そのツケがわたしのような若い食人鬼の世代に不幸をもたらすとも考えずにね。

 これは食人鬼による食人鬼のための記録だ。

 この、やまびこだま九号を食人鬼以外の何者かが手に入れたという場合は、お近くの食人鬼組合に速やかに引き渡して欲しい。それ相応の礼が贈呈ぞうていされることであろう。

 よし――。

 すっかり前置きが長くなってしまったね。

 いよいよタイムマシンを稼働させてみるとしようか。実はまだ試運転すらしていないのだ。成功するかどうか、その最上のスリルを味わいたいと思ってね。

 成功すればおなぐさみ。失敗したら大いに笑ってくれたまえ。

 さあ、行くぞ!

 さぁん!

 にぃい!

 いぃち!


 ―――――


 ―――


 ―

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