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怪盗アルル颯爽登場

「あなたが、アルル……!」

「あぁ、いかにも。お会いできて光栄です。ジュゼペ侯爵令嬢、ジョセフィーヌ・カリオストロ嬢」


 アルルは恭しく私の名を呼んだ。そんな怪盗の姿を私は改めてよく見る。


 顔は細やかに装飾を施された猫のようなマスカレードマスクに覆われており、その下にある正体を窺うことは全くできない。着ている装束は黒一辺倒なものの、生地自体に丁寧な加工がされている。さらに、マントはシルクの生地で仕立てられているではないか。

 私はおろか、お義母様でも特別なことがない限り身につけることはないグレードの格好だ。アルルが身につけているもの全て、相当腕の立つ職人が拵えた、相当にこだわりのある衣装だと見た。

 背はフミと同じくらいでやや高め。しかし、身体はスラリと細く、男性か女性かその判別をつけることはできない。


 アルルは強い存在感を放っているものの、同時に神秘的な雰囲気も兼ね備えていた。目の前に見えているけど、そこに実在しているのかどうかすら定かではない。触れようと手をかざせば、煙のように消えてしまいそうで。まるで、幻を見ているかのようなそんなように感じた。


 神出鬼没、捉えどころのない怪盗。まさに、前評判通りだと、その姿と対峙して思う。


 立ち尽くすアルルに息を呑む私。部屋の中は静寂に包まれていた。

 しかし、私はその静寂を破る。


「ねぇ、フミはどうしたの?」

「別に、どうもしてない。私はただ姿を借りていただけ。本物の彼女は滞在しているカリオストロ婦人の警護中さ」


 その言葉に安堵する。この状況、フミの身に何かあったのではないかと、心穏やかではいられなかったから。


「しかし。まさか、この姿を晒すことになろうとはね。本当はあのメイドに変装したまま、アンタとお宝と屋敷を出るつもりだったんだが」

「それも、私に見抜かれて頓挫してしまったんじゃない?」


 私はアルルにそう言ってやる。しかし、怪盗は私のことを鼻で笑った。


「アンタ、なんだか私に勝ったような気でいるらしい」

「それが何よ」

「最高だ。実に面白いよ」


 何だろう。すごく見下されているような、この感じ。アルルの物言いにものすごく、カチンときた。


「動かないで!」


 私は再び、アルルにナイフを突きつける。


「変装を見破られてるのは事実。それに今、私はあなたに刃物を向けている。この狭い部屋でね」

「なるほど。侯爵(いいとこ)のお嬢ちゃんなだけあって、頭も回れば口も回るらしい。だけど、そんなアンタに一つ忠告してやる。世の中じゃ、最初に自分が相手より優れてるって思ってる奴ほど、先に喰われるのさ」


 アルルは懐から何か(・・)を取り出した。それは魔導銃(マスケット)と呼ばれる衛士の武器に似ている。しかし、衛士が両手で抱える魔導銃(マスケット)と違って、片手に収まるほどに小さいものだった。


「それは──」

「動くな」


 アルルはその武器らしきものを私に突きつけ、動きを制した。


「珍しいか? ま、これは私のオリジナルだからな。だが、私が一度(ひとたび)引き金を引けば、弾丸がアンタを撃ち抜く」

「それも、(マスケット)だっていうの?」

「もっとも、私はコイツを『ヴァルサー』と呼ぶけどな。まぁ、自慢じゃないが小さくとも威力は十分。生身の人間なら余裕で殺せる。ナイフなんかじゃ相手にもならない代物さ」


 ナイフを置けと、アルルは私にそう命じた。アルルが手に持つ『ヴァルサー』について語ったこと、それが本当だという確証はない。

 複雑な機構の魔導具は得てして大きくなる。それは魔導銃(マスケット)も例外でなく、それが片手で収まる大きさになったなんて聞いたこともない。

 しかし、あの自信に満ちた口ぶりを見るに、それが嘘だとは思えない。ゆえに、私はアルルに従う他はなく、ナイフを床に置いてみせる。


「そうだ。賢いアンタはそれでいい。

 変装なんてのはこっちにしてみれば数ある手の一つしかない。でも、それを見破った程度でいい気になるから、簡単にひっくり返されるんだ」


 悔しい。でも、何も言えない。

 私は変装を見抜いて、アルルを出し抜いた気でいた。つい、自分のお願いを聞いてもらおうと躍起になってしまい、冷静に思えば恥ずかしくなるくらい浅はかな行動をしてしまった。そんな私の気持ちをアルルは一瞬のうちに見抜いて、そこを突いてきたのだ。


 なんて奴だ、怪盗アルル。決してただの泥棒なんかじゃない。


「さて、聡明なジョセフィーヌ嬢なら、言わずともこの先のことはお分かりだろう」


 アルルは大きな身振りを付けて、気取った感じで言ってみせた。しかし、こちらに据えられたヴァルサーの銃口も、マスカレードマスクの視線もぴたりと定まったまま。

 アルルはおどけてみせるがそれは表面だけ。脅されているという状況は変わらない。


 怪盗アルルの目的はカリオストロ家に伝わる秘宝。そして、そのありか。だから、アルルはカリオストロ家の娘である私のもとに来ているのだ。


「あなたは何が欲しいの……?」


 果たして、とびきりの黄金なのか、貴重な宝石なのか。それが何にせよ、私はカリオストロ家に伝わる秘宝なんて知らない。


 私はアルルの望みに応えられるだろうか。

 もし、応えられなければ──。


「私の狙いは」


 そんな不安をよそに、アルルは返した。


「プロビデンス・ジェイド」


 予想外の答えを。

 私はアルルが呟いた言葉に驚いた。


「あなたがどうして……それを?」

「その反応」


 アルルは私を見ると、顎に手をやった。


「驚いたもんだ。あるんだな、本当に」


 何だ、その反応は? 

 一瞬、アルルの言葉の意味が分からなかった。しかし、私はすぐに理解する。


「私で、試した……?」

「ご名答」


 アルルは楽しげに言った。


「ある人からの依頼でね。カリオストロ家の屋敷にある『プロビデンス・ジェイド』を盗んできてくれ、そういう話だった。

 だが、今回の獲物は、実在しないと言われてる伝説のお宝だ。そんなもんが一侯爵の家にあるとは信じられなくてな。依頼人の話が全くの嘘で、嵌められたって可能性もある。だから、試した。この家のことは跡取りである侯爵令嬢(アンタ)に聞くのが一番手っ取り早い」

「だから、宝がありそうな石蔵ではなく、真っ先にこの辺鄙な屋根裏に来たのね」

「ありもしないものを探し続けるなんて、馬鹿な真似はしたくはないからな。ブツがあるのかないのか、それだけはハッキリさせておきたかった」

「でも、そのときに私が嘘をついたら? 存在するのにそんなもの無いって言うかもしれない」

「そりゃ、あり得ないね」


 アルルは笑った。しかし、私にはそれがどうにも気に入らない。たった少し会っただけのくせに。アルルは私の何を知るというのだろうか。


「話してて分かったよ。コイツは、物事に真っ直ぐ向き合い、貴族としての精神を身につけ、自分のやることは上手くいくと思ってる自信家──典型的な貴族の箱入り娘だ。そんなアンタには咄嗟に嘘をつくなんて思考回路ないだろうからな」


 アルルの評に返す言葉を失う。当たっている。あまり認めたくはないけれど。

 私はアルルをみくびっていた。アルルはあの短い時間で私のことをあらかた見定めていたのだ。そして、嘘をつかないと確信していたからこそ、直球で聞いてきた。


 とすれば、アルルはわざと私に変装を見破らせたんじゃないだろうか。その反応を見てどんな人物か効率よく探るための、言うなれば餌。私はそれにまんまと引っかかり、釣られてしまったというわけだ。


 アルル、なんて怪盗だろう。


 ──でも、やっぱり。これほどの方なら。


 アルルは笑うのをやめ、


「じゃあ、教えてもらおうか。プロビデンス・ジェイドはどこにある?」


 真剣な声で私に迫る。

 既にアルルは獲物に狙いを定めた。ここから先、どう取り繕ったところで、プロビデンス・ジェイドは盗み出されてしまうだろう。

 あまり価値があるとは思えないこの首飾り。盗まれること自体は構わない。それでも、ただ持っていかれるというのはいただけない。


 プロビデンス・ジェイドは今、私が身につけている。まさに私の手中にあるというわけだ。

 この状況は好都合。アルルとの交渉の材料になりうる。私はアルルに頼み事をし、その対価としてアルルは宝を手に入れる。私のちょっとしたお願いを聞いてもらうだけで、労せず獲物が手に入るのだ。アルルにしても悪い話ではないだろう。


「プロビデンス・ジェイドはここにある」


 私は胸元にしまっていた首飾りを取り出す。月の光を受けて、翡翠石が幻想的に輝いた。


「それが、伝説のお宝か?」

「そうよ」


 アルルは黙り込んだ。何かを考え込むかのように、ただじっと首飾りの方を見つめていた。


「……まぁ、いいか。カリオストロの娘が言うんなら、それが獲物で間違いないだろう。さぁて、どう盗んでやろうか」

「待ってください」


 今まさに盗みの算段を立てているアルルに、私は声をかけた。


「これが欲しいなら、差し上げます」

「それは一体、何のつもりだ?」


 アルルは私の腹を探ってくる。


「これを差し上げるのと引き換えに、あなたには私の願いを聞いてほしいのです」

「願い?」

「私をここから、盗み出してください!」


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