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エピローグ:怪盗は夜に企む

 魔導列車(トレイン)の先頭、ジャンヌが魔導で操る列車の心臓部。巨大なドリュアスの心臓だけが妖しく光を放つ、薄暗い車輌にアルルは足を踏み入れた。


「順調そう?」

「別に」


 ジャンヌの答えはそっけない。


「んもぅ、どうしたの。せっかく、また一つ先生のお宝を取り返せたっていうのに、どうしてそんな顔するの?」

「分かってるくせに、よく言うわ」

「ジョゼのこと?」


 アルルは尋ねる。しかし、ジャンヌはむすっと口を結んで、何も答えなかった。


「ほんと、ジャンヌは分かりやすいね」

「何が『ドリュアスの心臓を盗めたら』よ。盗めもしなかったのに引き入れちゃってさ」

「それは、私の心が動いたから」

「嘘」


 ジャンヌはきっぱりと言い切った。


「最初から何があろうとあの女を仲間にする気だったくせに、さもそれらしく言っちゃってからに。いくら何も成果がないからって、“そこにいてくれたから”なんて。苦しいにもほどがあるっつーの」


 ジャンヌはアルルの内心を正確に見抜いていた。彼女のその鋭い洞察力に、敵わないなとアルルは思った。


「ものはいいよう。言い方の一つで言葉は武器にも救いにもなる。あの子は私の言葉に喜んで首を縦に振ってくれたわ」

「そうさせるよう仕向けたくせに」

「さあ、何のこと?」

「わぁ、白々しー」

「とはいえ、あの子に助けられたのは本当のこと」

「それにしても」


 ジャンヌはアルルに詰め寄る。


「何であの女を仲間に引き入れようなんて思ったわけ? あの場面で引き金も引けないような奴よ? それにああいう持てる者(・・・・)ってアルルが一番嫌いなタイプじゃなかったっけ」

「私も最初はそう思ったよ。でも、ジャンヌもジョゼの肌を見たでしょ? あの傷だらけの素肌を」

「まあ」


 ジャンヌとアルルは、ジョセフィーヌが怪盗着に着替えるときに彼女の素肌を見ていた。そこには切り傷や、痣に、霜焼け等、数多の暴力の痕が残っていた。


「あれはきっと、婚約者(ラザール)につけられたもの。あの子だって産まれた場所は多少恵まれていただけで、私たちと同じような道を辿って来てるのよ」


 アルルはそんなジョセフィーヌを一目見て、彼女がラザールに振るわれたそこにある以上の乱暴(・・)に気づいていた。だからこそ、アルルはジョセフィーヌのことを同類だと言ったのだ。

 アルルの言葉に、ジャンヌは黙り込んだ。ジョセフィーヌのことを受け入れ難い彼女にしても、その見立てに異議はないようだった。


「それに、ジョゼは伯爵を撃てなかったからいいの」

「何で?」

「私たちとジョゼは住んでる世界が違う。貴族として生きてきた彼女は優しすぎて、私たちのような悪党にはなれないでしょう」

「だったら──」

「でも」


 アルルはジャンヌの台詞を遮って続ける。


「怪盗の世界に同じような奴は二人も要らない。盗みのために手を汚すのは私の仕事。正直に言って、ジョゼがあそこで引き金が引けるような人間なら、ここにはいらない」

「そんなこと言って、あそこで引き金を引いてても仲間にしてたくせに」

「そんなことないわ。だって、あの場で伯爵に向かって引き金を引けば、奴の配下に殺されてたでしょうから」

「まぁ、確かに」

「彼女が持つ優しさが、彼女自身を救ったのよ」

「でも、そんなんでやってけるの?」

「ジョゼの優しさでしか盗めないものだって、きっとある」


 ジャンヌはじっとりとした目つきでアルルを睨んだ。そんなわけないだろう、という声にならないジャンヌの訴えをアルルは感じていたものの、彼女はそうは思っていない。ジョセフィーヌにしか盗めないものがあると、本気で確信していた。


「っていうかさぁ」

「何?」

「そもそもとして、アルルは何でカリオストロの屋敷からあの女を連れ出したわけ? アタシたちが狙っていたのは全てを見通す(プロビデンス・)翡翠石(ジェイド)だったはずなのに」


 ジャンヌの疑問に、アルルは自慢げに答えてみせた。


「知ってるでしょ? 私の目にはお宝しか映らないって」

「知ってる。でも、それならどうして」

だから(・・・)連れてきたの」

「意味が分かんないんだけど」


 ジャンヌはアルルの回答に困惑する。そんな彼女を見て、アルルは『まぁそうだろうな』と思いつつ説明を始めた。


「あの屋敷にあったプロビデンス・ジェイドは偽物だった。でも、ジョゼはそんな偽物以上に価値があるとんでもないお宝かもしれないんだ」

「はぁ? いきなり何言い出すの?」

「正確には、“あの子”はというより“あの子の眼”がお宝かもしれないの」

「どういうこと?」

「あの翠の眼には宝石と引き合って発動する不思議な力がある」

能力(スキル)の話? だったら、そんなの誰にでも……」


 そこまで口に出して、ジャンヌは慌てて口をつぐんだ。


「ごめん」

「別にいいのよ。

 でも、ジョゼのはそういう次元じゃない。魔導車(オート)の中で、あの翠の眼が光っているのをジャンヌも見たでしょ?」

「ええ」


 ジャンヌは頷く。確かに彼女は、アルルとともに屋敷から逃げる最中、暗闇の車内で翠に光るジョセフィーヌの眼を見ていた。


「あのとき、あの眼はアタシの『アルケー』と共鳴してた」

「そう、あの眼は宝具や宝石と共鳴する。あなたの宝剣や、私の指輪なんかとね。そして、その眼が光ると彼女は能力(スキル)とは何か別軸の力を得ていたはず。違う?」

「まぁ、あの女。眼が光ってたとき、他人に流れる魔導(マナ)を見てたとしか思えないけど」

「そう。それにさっきだって、私の指輪と共鳴したジョゼはラザールの幻惑を見破ったわ。絶対、あの眼には何かある」

「何かって?」

「それは分からないけど」


 アルルはそう答える。しかし、彼女にには一つ思い当たる節があった。あまりに荒唐無稽な可能性が。


「もしかしたら、あの子が本物の全てを見通す(プロビデンス・)翡翠石(ジェイド)かもしれない」


 アルルは小声で呟く。激しい走行音の中、それを聞いたジャンヌは驚愕し、しばしの間言葉を失っていた。


「だとしたら、王国の建国譚に矛盾が出るじゃん。そんなことありえんの?」

「そう。だから、伝説の裏にはきっと何かある。この王国の根幹に関わる何かが」


 自信満々にアルルはそう言い切る。


「でも、アルルはそんな奴をアタシたちの目的に巻き込もうっての?」

「ええ。今日もお宝を一つ取り返せたけど、あの日バーネット先生が失ったものはまだまだある。先生の無念を晴らすために、ジョゼは大きな助けになってくれるはずよ」

「だとしても!」


 ジャンヌは声を荒げた。


「アタシ、あの女嫌いだから」

「どうして?」

「あの女がアルルの好きそうな顔してるから!」


 アルルはジャンヌの強情さにため息をつく。彼女はその心を溶かそうと、ジャンヌを抱きしめ、その耳元で囁いた。


「ねぇ、ジョゼと仲良くしてほしいな」

「無理」

「じゃあ、ベッドの上で頼むとしても?」

「んあっ……!」


 アルルの手がジャンヌの身体へ這わされた。しかし、ジャンヌはこれを振り解く。


「とにかく、いくらアルルの頼みでもあの女と仲良くなんてのは無理だから」


 アルルはジャンヌを説得することは叶わなかった。ジャンヌは吐き捨てるようにそう言うと、魔導列車(トレイン)の操作に戻ってしまう。

 そんな彼女を見かねて、アルルも機関部を後にした。


 列車は進む、各々の想いを載せて。そして、アルルたちは目的地に向けて止まることなく夜の荒野を走り続けた。

【予告状】

「ちーっす。アタシ、ジャンヌ。アルルが仲間に連れてきた、あの女。アタシ的にマジ勘弁なんだけど、って思ってたら、アルルから絶対に側を離れるなと怒られてさ。その上、馴染みの娼婦からは厄介な頼み事をされる始末よ……マジ最悪な状況で、挑むは都に蔓延る怪事件。でも、まぁ、なんとかなるっしょ。だって、アタシを誰だと思ってんの?」


次章『魔導使いと一晩十万ダラスの恋心』


「ちょっ、ちょっと! いくらなんでも、三人でヤるのは違くない!?」



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