鉄道伯爵の街
トンダーリンはマーキス伯爵が治めるダラン地方の領都だ。このトンダーリン、元々は寂れた集落だったのだが、琥珀の産出が始まってからというもの鉱山都市として整備され、今や数千の人々が暮らす領都へと発展したとお父様が読んでいた書物には書いてあった。大通りに面して木材剥き出しの建物が数多く建ち並び、実際の目にすると聞いていた話よりも街は遥かに壮観だった。
「あれも、すごいです……!」
少し歩けばまた驚く。大通りの行きつく先に、赤茶色の建材で形造られた宮殿のような建物が見えたのだ。あれは、確か王都でよく用いられている煉瓦という建材で、それが惜しげもなく使われた宮殿は街の建物とは全く異なるルブロン様式を用いて建てられていた。
「あれは、駅。魔導列車の停車場よ。そろそろ伯爵を乗せた列車が帰ってくる頃、ちょっくら行きましょうか」
「分かりました」
アルルと一緒に駅に向かう道中だが、そこに続く大通りは舗装されておらず、地表が剥き出しだった。それだけではなく、周囲の建物もよく見れば、あまり整備されていないという印象がある。
豪華に建てられた駅と少し見窄らしい街。一つの街中だというのにその取り合わせは全く調和せず、ある種の隔たりがあるように思えた。
駅に足を踏み入れると、外装がそうであったように内部もまた豪華だった。巨大な柱がアーチ状の天井をしっかりと支え、壁面に緻密に組まれた飾りガラスが私たちを出迎える。それは歴史ある城塞を思わせるような造りになっていて、思わず目を引かれてしまった。
そこへ、怪物がやってくる。
「これが……!」
「ええ、魔導列車よ」
けたたましい音を引き連れて、目の前にやって来た魔導列車。そこにあるのは私の身長の倍ほどあろうかという高さに、いくつもの車輪の付いた箱が延々と並んだ身体。乗り物だと認識していなければ、とてつもない怪物だと勘違いしてしまうようなスケール間に圧倒されてしまう。それに引き換え、一番先頭には辺りを照らすための魔灯火がつぶらな瞳のように取り付けられていて、少し可愛げがあった。
「今見えてる先頭車両。あそこにドリュアスの心臓がある」
「本当ですか?」
「間違いない」
私たちの他にも聴衆は大勢おり、魔導列車の登場で彼らは湧き立つ。そして、列車の先頭から一人の男が降りてくると、その響めきは最高潮に達した。
「伯爵様―!」
「今日も素敵です!!」
魔導列車から杖をつきながら降りてきた小太りの紳士。あの顔は間違いない。マーキス・モートン伯爵、その人だ。
モートン伯爵は向けられる声援に手を振って応えていた。彼のまるで自分がルブロン王かのような振る舞いに呆れてしまうが、熱狂の渦の中そう思っていたのは私とアルルだけだった。
「親愛なる領民諸君! 喜びたまえ! 魔導列車は実用化にまた一歩近づいた!!」
「うぉおお!!!」
「わぁああ!!」
拍手、歓声。人々の熱狂が駅を包む。
「このままいけば、魔導列車はもうすぐ稼働を開始する。試練続きであった我が愛しのダラン地方の夜明けは近い!!」
伯爵の演説にも熱がこもってゆき、周囲の盛り上がりは止まることを知らない。
「魔導列車は我々を救うだけではなく、これからのルブロン王国の発展を支える動力となる。この新時代の乗り物はまさに現代の全てを見通す翡翠石だ!
領民諸君らには、魔導列車の開発のため、ただでさえ苦しいところに追加で税の負担を課してしまっている。それは本当に申し訳ないと思っている。だが、しかし! 魔導列車が完成した暁には、その負担を超えるほどの恩恵がこのダランの地にもたらされることになる。
だから、領民たちよ。もう少しだけ、私に力を貸してくれないだろうか。私が愛するこの地に、愛すべき人々に、あの幸せだった時代の栄光を──いや、かつてないほどの栄華を贈ろうではないか!!」
「伯爵様―! ありがとうございます!」
「いいぞー!!!」
「ダランの荒野を、空を、民を、私は愛している!!!」
割れんばかりの大喝采。伯爵を賞賛する拍手は止むことをしらなかった。
一言でいうなら、狂気。この場を支配する異常な空気に困惑せずにはいられない。
「何ですかこれ……?」
「伯爵が治めるこのダランはね、昔は琥珀の産出で莫大な富を得てたんだけど、最近はその産出量もめっきり減って、経済がかなり傾いているの。そんな危機に、伯爵は魔導列車の開発計画を誘致してきた。もし、魔導列車が正式に運行することになれば、この地には莫大な鉄道利権が転がり込んでくることになるわけで、伯爵はそれを利用して領地を立て直そうと目論んでいる。だから、魔導列車計画の成功のために、あんな馬鹿げたパフォーマンスをして民衆たちの協力を取り付けさせる、そんなところね」
「なるほど……」
街の荒廃感と、綺麗に整備された駅。このトンダーリンの街に存在していた違和感の正体が分かったような気がした。
しかしながら、モートン伯爵という人はあまり理解できなかった。私のお父様も領主であったが、そうやって領民を支配するということはしなかったから。同じ領地を預かる身であっても、所変わればやり方も変わるということだろう。
人々が演説の余韻に浸る間、伯爵の後ろで何やら大勢の人が忙しなく魔導列車から荷物を下ろしていた。きびきび働く彼らの胸元には緑色に輝く紋章が記されており、王宮から遣わされた人間だと一目で分かった。
「モートン伯爵、測定機材は全て列車から下ろしました」
「うむ、ご苦労であった」
「あと、お言葉ですが。魔導列車はルブロン王の管理にあるということを、お忘れなきよう」
「言われなくとも、分かっている」
「では、今後もご協力をお願いしますよ」
伯爵は不機嫌そうに魔導列車に乗り込むと、その巨体はゆっくりと駅から出てゆく。
「このあと魔導列車はどこへ?」
「一日の試験走行を終えると、列車は廃坑になった琥珀鉱山を整備した車輌基地に格納され、厳重な警備下に置かれてしまうの」
「それじゃあ、早く乗り込まないと……!」
「焦らないの」
アルルは私の口に人差し指を押し当ててきた。唇で感じる滑らかな指の感触にドキりとしてしまう。
「わざわざそんな無謀な危険を犯さなくてもいいように、別の計画をちゃんと考えてある。ジョゼにはそれに沿ってやってもらうから」
そう言うと、アルルはくるりと踵を返す。
「相手がどんなか分かったところで、そろそろ戻りましょう。時間も押してるから、急いで準備しなくちゃね」
私たちは足早に駅を出た。そして、トンダーリンの街を後にして、ジャンヌが待つ魔導車に戻るのだった。




