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月影

 空を行く雲の影が去ると、再び月の明かりが通りを照らす。


 辺りに警戒の気配を散らしながら木刀を構える紫檀さんと背中を合わせた。


「紫檀さん……。

 辺りの景色が、変わってる」

 自分の見ているものが信じられずに、あたしの口から言葉がこぼれ落ちる。

 さっきまでは確かに平屋建ての建ち並ぶ通りに立っていたはずなのに、ここは崩れかけた廃屋の並ぶ裏通り。


 闇夜に照らされた不気味なたたずまいは、のしかかるような圧迫感があるものの、辺りの空気は不思議と澄んで感じた。


瘴気しょうきが消えた」

 そう言ってかまえを崩した紫檀さんが木刀を腰に戻すのを見て、あたしも紅桜を下ろす。


 確かに、辺りには妖魔やもの存在ある気配はない。

 瞳を閉じて大きく呼吸をすると、伸ばした腕の先にある紅桜のつかを手放した。


 地面に向かって落ちる紅桜は、その身を土にけがす前に淡い桜色の輝きの中に消えていく。


「逃げられた。ということかな。

 一旦いったんここから離れよう」

 辺りを見回す紫檀さんの切れ長の瞳が、道の端の崩れた門扉もんぴに引っかかるように倒れ伏す紺野さんの上で止まった。


「さて、彼をどうするか。

 美朱みあかちゃんを知っていたようだけど、置いて帰ったら返って面倒かな」

「うん……」

 顔は見られているし、夢で押し通すには無理がありそう。


 彼に近づいたあたしの耳は、小さなうめき声を聞いた気がして顔を上げた。

 今のは絶対に紺野さんの声じゃなかった。

 むしろもっと若い女性の声。


 この距離で声が聞こえるってことは。


 暗い門扉を覗き込む視界の向こうに、大きくふくらんだ布地が見えた。

 輪郭りんかくをたどるように視線をわす。


「紫檀さん。女の人が倒れてる」

 振り返ったあたしの声に、足を延ばしてくれた彼が腐りかけた門扉を押し開けて草の茂った中に入って行く。

「身体は冷えているけど、息はあるみたいだ。

 こっちはさすがに放っては置けないな」

 彼女のそばに座り込んだ紫檀さんは、スカートをはく彼女の身体を抱え上げると門の外に連れ出してくれた。


 地べたに横たえるわけにもいかずに、立膝たてひざをした紫檀さんが抱える彼女の顔を覗き込む。

「洋服を着ているなんて、どこぞのお嬢様かな。

 とりあえず医者に運ぶしかないか」

 みゃくをとる長い指先よりもあたしが気になったのは、彼女の着ているこの洋服。


「この洋服。商店街の手前にある女学校の制服だよ」

 今日も神社に来る前に下校する生徒たちの姿を見ているし、間違いない。


「そこから身元が探せるか。でもこの時間じゃさすがに学校に人はいないだろうな。

 変な騒ぎになっているかも知れないしな」

 軽くため息の出る紫檀さんの考えていることはなんとなくわかる。

 夜遅くに気を失った良家の子女を運ぶ一般人なんて、犯罪者扱いされかねない。


「心配などは不要だ。

 貴様やはり女性をかどわか(誘拐ゆうかい)していたな。

 この場で身柄確保する」

 紫檀さんの首筋にサーベルの鈍い光が月夜に返る。

 紺野さんの勝ち誇った声が静かに響いた。

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