闘争 2
「美朱ちゃんっ」
鋭い紫檀さんの声と地面を蹴る草履の音。左の手のひらに弾けるような衝撃を感じて、持ち上がる腕はあたしの胸の前で両の手を合わせた。
手の中で熱い霊力の渦が巻く。
開く両手の間から朱色の雷が散った。
速さは居合。
確信を持って握る刀の柄は、あたし自身の左手から刀身を引きずり出す。
大きく後方に飛んだ妖魔を追って、振う刃に月の明かりが煌めきを返した。
触れる空気に、それまでは感じなかった浄化の匂いがして、瘴気の気配が散っていく。
「神刀紅桜。お相手致す」
隣に並ぶ紫檀さんの温かな気配を感じながら、構える刃は月下にその存在を知らしめるように神秘的な光を放つ。
神刀紅桜。
鬼呼神社直系の巫女『刀隠れ』にのみ受け継がれる、御業。
「見つけた」
端正な男の顔が紅い唇の口角を上げた。
その冷たい笑みは見るものの心を刺す。
見つけた?
あたしの事?
それとも……紅桜?
ゾッとする感覚に、しっとりと手に馴染み、身体の一部のように軽い愛刀を引き寄せた。
「破邪っ」
指に挟む破魔札が闇夜にパリッと濃い紫の雷を放つ。
紫檀さんの手から放たれた破魔札は意志を持ち空を切ると、洋装の妖魔を抑えにかかった。
振り上げた銀のステッキが、月の輝きに残像を残す。
氷が割れるような、パキンと澄んだ音をたてて破魔札はあっけなく散ってしまった。
そんなっ。紫檀さんの霊力でも、抑えられないなんて。
あたしの動揺を気にする気配もなく、引き寄せた木刀に紫檀さんの大きな手が触れる。
口の中で何事かを呟く声に合わせて、触れた先から濃い紫の雷が木刀に吸収されていく。
紫檀さんの霊力を吸った木刀に、あたしも紅桜を構えた。
呼吸を合わせて左右に跳んだあたし達を妖魔の視線が追ってくる。
合わせた視線に、紫檀さんの動きの先があたしの脳裏に軌跡を踏んだ。
月が照らす通りに雲の影が手を伸ばす。
草履が音を立てて地面を蹴り上げると、上段から袈裟斬りに振り下ろした紅桜が、淡い桜色の残像を残して妖魔へと一直線に降りていく。
反対側からは腰を落とした紫檀さんの木刀が、一文字に腹を薙いだ。
お互いが、振り切った刀身の手応えの無さに目を疑った。
「いない」
つぶやくあたしの視界から、洋装の妖魔はその姿を消していた。