夕方の通り道
高い襟にスカートを履き、高らかにブーツの音を響かせる。
はいからさんなんて呼ばれる女学生は、まさに時代の最先端。
通りから見渡せる女学校の正門には、授業を終えた彼女達が微笑みとともに通りへ出てくると、教師らしい銀髪の男性に向かいスカートを軽く摘んで挨拶をする。
銀の髪に青い瞳。
異人さんもだいぶ増えてきたなんて聞くけど、あたしはこの女学校の前でしかお目にかかったことは無い。
大正デモクラシー。なんてね。
まだまだ着物に袴のあたし達庶民には洋服も異人さんも、遠い憧れの存在だわ。
通りに待つ人力車に乗り込む良家のお嬢様方を横目に風呂敷包みのお使い物を抱え直すと、小走りにあたしのことを追い抜いていく人影から何かがほろりと転がり落ちた。
「あ。落ちましたよ」
声をかけ、腰を屈めたあたしは桜色をしたちりめんの匂い袋に手を伸ばした。
その瞬間。触れる指先にパチンとした痛みが走る。
「ありがとう」
明るく振り返った彼女はサッとしゃがみこむと、それを拾って視線を合わせたあたしに笑いかけてくれた。
「芳乃早くー」
「今行く」
かかる声に返事をした彼女は素早く立ち上がると、もう一度会釈をして去っていった。
指先を見つめてみたが静電気のような痛みはもうなく、傷の類も見られない。
今の……。
何とも言えない不安のような色をした雫が1滴、あたしの胸の中に波紋を広げた。
✱✱✱
「美朱さん」
通り抜ける商店街も終わりの方。あたしを呼ぶ声に顔を上げると警察官の詰所から若い警察官が小走りに近寄って来た。
「こんにちは。紺野さん」
髪をまとめる葡萄色のリボンが揺れる。
「この時分から鬼呼神社へお使いですか?
最近は女性を狙ったおかしな辻斬りが出ると言いますから、あまり遅くならないように気を付けてくださいね」
あたしの抱える風呂敷包みに目を向けて、敬礼をしてくれる。
「巷では、妖怪退治なんてことを仕事にしだす人間もいるようですし、全くもって現実的ではありません。
国のために尽くしてこそ婦女子を守れる男の仕事と思いませんか?」
胸を張るその動きに腰に差したサーベルが揺れた。
帯刀禁止令が出されてから大分経つというのに、お役人と一部の武士崩れはいまだにこの限りではない。
辻斬りだって、きっとその類のいざこざだと世間ではもっぱらの噂だし。
なんてことは警察官の紺野さんに向かっては口が裂けても言えないけどね。
商店街を通る度に声をかけてくる間柄とはいえ、相手は権力の権化。関わらないに越したことはない。
にっこりとほほ笑んでお礼を言うと、「先を急ぐから」と足を速めた。