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転生後 改め

 霞がかかったような意識と共に、いつの頃からか私は目を覚ましていた。

 目が覚めてからすでに結構な時間が過ぎていたが何とも定まらない意識に揺られながら見慣れた天井をぼうっと見つめ続けている。

 畳の敷かれた部屋の中、着物を着た女性が心配そうに私を見つめている。

 (…見慣れた天井?ここはどこ?)

 はっきりしだした意識と共にこわばる表情、そして突然かっと目を見開いた私に気が付いたキクが心配した様子で声をかけてくる。

 「おひいさん、おひいさん、大丈夫ですか?痛いところはございませんか?」

 彼女はキク、幼い頃から私の世話を務める侍女だ、大丈夫、きちんと覚えてる。

 そう私はキクと夕餉のアサリを拾いに行って…あれ?どうやって帰ってきたんだっけ?

 「?…」

 頭の整理のおぼつかない私の様子を見てキクは堰が切れたように話をしだす、騒々しくて集中できない。


 「おひいさんが突然…」「私は飛び上がって驚きましたよ」「大声で呼んでも誰も…」

 いつになったら言葉が尽きるのかと思われるほどにとどまらないキク。

 十分ほども大騒ぎしただろうか?涙で目を潤ませたキクは鼻をすすらせながら安堵のため息をついた。


 どうも私はかなり乱暴なタイミングでこの世界に送られたようだ。

 この体の持ち主は『マツ』、武家の娘で一旦死んでいる。

 その死因はおそらく出産。

 浜辺に貝拾いに出かけ、そこで産気づいて出産に至る、その結果母体は死亡…


 そして私『夏木華蓮』が魂の無くなったこの体に入れ替わるように送り込まれたという事だ。

 ただ目の前いる女性『キク』がそこにいなければ出産直後の私はどうする事もできず再び死んだ可能性もある…


 生き返ったばかりだというのに冷や汗が出るような流れだ、まさか浜辺で出産するとは夢にも思わなかった。

 ようやく意識がはっきりした私は最も重要な事を思い出し横たわった体をむくりと起こした。

 「赤ちゃんは?子は?」おそるおそる私は尋ねる。

 自分の体験ではないが、この体に残った記憶は経験として私の意識を支配する。

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになり、しゃっくりをしながらも顔をほころばせキクは枕もとを指さした。


 そこには小さく真っ白なおくるみに包まれた、愛らしい赤ん坊がすうすうと寝息を立てていた。


 「おひいさんにそっくりな男の子です、私の声より大きな声で泣いて人を呼んでくれました」

 私は死にかけた自分が助かった事もさながら、我が子が無事だった事に胸をなでおろす。

 するとキクがまたその様子を思い出したようで、身振り手振りも加えながら矢継ぎ早に話し始めた。


 キクに言わせると生まれたばかりの我が子が奮闘し私の危機を救ったらしい。

 そしてその泣き叫ぶ様子はからの英雄『鍾馗しょうきさま』と瓜二つだったそうだ。

 さすがの鍾馗さまも生まれたばかりの赤ん坊に瓜二つと言われた事はないだろう。

 そもそも動けない赤ん坊がまるで戦場をかけまわり大活躍したかのような話が可笑しくもあった。


 キクが一人で作り上げた我が家の喧騒。それを聞きつけてこの家のあるじが帰ってきた。

 「マツさん無事ですか?」がらりと戸を開け土間から寝室まで飛ばんばかりの勢いだ。

 草鞋を脱ぐのももどかしそうに間口でもたもたしながらも目は私だけをとらえ様子を探ってる。

 「お帰りなさい旦那様」私は布団から出て出迎えようとしたが主はそれを手配せで制止する。

 「あーそのままそのまま」彼はそう言いながらようやく草鞋の紐をとき行儀悪く脱ぎ捨て寝室ににじり上がる。


 彼が私の旦那、皆からは『芝龍しりゅうさん』と呼ばれている生粋の唐人とうじんだ。

 (この時代の日本人は明の時代でも宋の時代でも関係なく中華の大陸の人間を唐人と呼んでいた)

 年齢は現在二十歳、すでに青々しい印象はなくがっしりした体躯と精悍な顔立ちをしている。『マツ』の記憶をたどると、この辺り一帯の商人がまとまっても太刀打ちできないほどの豪商で、現在明の国と私たちの住む倭の国を往来して莫大な利益をあげている。

 若いのに並外れた商才と腕っぷしがあるという事でこの辺りではすこぶる評判が良い。

 何より努力家で、外国人とは思えないほどに倭の文化に精通し、言葉も澱みがない。

 そんな彼に地元の武家頭である『マツ』の実家も興味をもち、そこから二人の縁が始まった。


 その好人物だが現在、彼の関心ごとのほとんどが『マツ』そして生まれて来る子供に対してだった。

 「大丈夫ですか?マツさん、本当に肝が冷えましたよ」

 この時代にそぐわず彼は自分の妻を「さん」付けで呼ぶ。

 これは世間体にとらわれない愛情表現ではあるのだが『マツ』はどうにも恥ずかしさが先走ってあまり好きではなかったようだ。

 ただ私が『マツ』の記憶をたどると、それはただの照れくささでありそれとは別にしっかりとした信頼感もあった。

 彼は私の手を取りながら切なそうな表情を作る。

 私を責めたくないので言葉は出さないが、彼のやつれた様子からかなり心配をかけた事が見て取れた。

 「心配かけてごめんなさい」まだ混乱している私にはこの言葉を告げるので精いっぱい。

 せめてもの償いにとっておきの笑顔をつくって可愛らしい赤ちゃんを指さした。

 「聞きました聞きました!彼はさっそく大活躍したそうですね」

 彼もまたキクと同じようにうっすらとした涙目で「うん、うん」と頷く。

 中断していた話が再開した事によりキクの熱弁は更に力が入った。

 「そうなんですよ芝龍さん!私はこの子こそ鍾馗さまのお使いに違いないと確信しましたよ」

 「私は確かに聞きました!」キクは自分の耳に手を立てて音を聞く身振りをこしらえる。 「天をつんざくようなあの鳴き声!きっと鍾馗さまもあんな声で号令をかけたに違いありません!」言いながら指をたて、そのまま腕を勢いよくピンと伸ばした。

 もうキクの独壇場、広めの土間が合戦場に見えてくる。

 身内びいきの感情がこもっている分、その辺の講談師でも勝てないほどの語りっぷり。

 謙信公や信玄公さながらの英雄譚になりかねない。

 その騒々しさにあてられ赤子も泣き出す始末。

 赤子の扱いに慣れない旦那様はその鳴き声におろおろと狼狽するばかり。

 「コケーッ」外ではにわとりまで鳴き始めた。

 収拾のつかなくなった状態に私はどっと疲れが出たがこの雰囲気は嫌いではない。

 何より明るさがある。

 私はこれからこの人たちとこうやって過ごしていくのだな、と痛感し生きながらえさせてくれた『神様』に感謝した。

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