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三途の川のほとりにて 改め

 気が付くと私はごつごつとした小石ばかりの河原で横たわっていた。

 硬い石が当たっている背中にさして痛みを感じない事を不思議に思いながら、ゆっくりと体を起こし、ぼうっとした頭で考える「ここはどこ?」。


 普段通りの服を着て特に乱れた様子もない、手足や体周りにも特に変化はない。

 そして不自然に握りしめられた自分のこぶしに気が付く。

 おそるおそる開いたこぶしには古銭を握りしめていた。


 「あ、寛永通宝…」と無意識に言葉が出る。

 なぜ今の状況を考えずに、古銭に意識が言ったのかはわからない。

 ただ『寛永通宝』という名前がすらりと出てくる所が自分らしいなと思った。

 意味もなく握った古銭を数えると六枚、いわゆる六文銭。

 この瞬間、私は自分が事故にあった事を思い出す。

 頭の中でイメージの連鎖がつらつらと始まり、そして繋がった。


 おそらく私は死んでいる、目の前の川は三途の川。

 今、自分の置かれた立場という物が判明した、私はこれから握った六文銭を使い三途の川を渡るのだ。


 ふうっとやるせないため息が口からこぼれる、しかし「ため息をつくと幸せが逃げるよ」という母親の言葉を思い出し、取り繕うように口角を上げ笑顔をつくった。

 (幸せが逃げる?もう死んでるのに?)


 自分の行動に対してなかばあきれながらも生前の習慣を懐かしむ。

 と、その時「…ぁさん…」澄んだ男性の声が聞こえる。

 振り向くとそこには笑顔の男性が立っていた。


 決して美青年といった風ではないが自分の好みにかなり近い顔立ちと表情をしている。

 すこし違和感の伴う着物をまとい、上背のやや高い細身の男性、年齢は私より上に見える(二十七~二十八歳くらいかな?)

 そうした佇まいを観察しながら彼の着ている着物に対し記憶をたどる。

 素材は絹、丈の長さと雰囲気から察するに彼の着ている服は『漢服』、中国の衣類だ。

 そう考えると目の前にいる男性が日本人ではなさそうにも見えてくる。


 そもそも彼は人間なのだろうか?私は『死』の寸前、『神様』にお願い事をしたはず。

 この奇妙な状況を考慮すると日本人や中国人といった人種よりも彼が『神様』である事の方がしっくりとくる。

 思わずかけようと思っていた言葉が一旦のどに詰まったが、勇気を振りしぼって私は聞いた。

 「あなたは『神様』?」


 彼は微笑んでいた顔をもっとくずして満面の笑顔で答える。

 「そう呼ぶ人もいます」

 そう答えた彼に対し、私の中にたくさんの感情が流れ込んできた。

 その感情は全てが好意的な感情だ。

 一瞬で精神的な距離がちぢみ、限りなく密接な感情に至る。

 今までこんな事は体験した事はない、『神様』という存在の片鱗を感じるには充分だった。


 ただ小さな違和感も感じた、目の前にいる『神様』との精神的な距離感はただ近いというだけではなくなんとなく家族の雰囲気に近い距離感を伴っている。


 「では『神様』私はこれからどうなるのでしょうか?」

 『神様』の醸し出す雰囲気と笑顔につられてずけずけとした質問が口からこぼれた。

 普段の私はここまで他人にぐいぐい迫るような物言いはしない、死んだ事で意識の変化があったのだろうか?

 ただ現在置かれた状況を考えるとこれ以外に聞くことはない、せめて取り乱さなかっただけでも自分を褒めたいと思う。


 そうすると『神様』は笑顔の中に少し困った表情を含ませながら答えた。

 「夏木華蓮さん、すでにあなたの肉体は修復不可能な状態まで破損しており現世に留まることは出来ません、残念ですがこのまま目の前の三途の川を渡っていただく事になります、ただ…」

 自分の予感と現実はおおよそ合致した、私は死んでいる。

 そう理解したが『神様』の話はまだ終わっていない、くずれそうな意思をかろうじて奮い立たせ聞く姿勢を維持した。


 「私に一つ提案があります、あなたを生き返らせる事はできませんがあなたの魂を別の肉体に転移させる事なら出来ます。」

 さらりと理解の及ばない言葉が耳に届く。


 「実はこことは別の時代で一人の人間の魂が亡くなってしまいました…その人は私にとって非常に重要な人物です、幸いその人の肉体は無事なのでこうやって魂だけの存在になったあなたに提案なのです」

 『神様』は持ち前の笑顔を崩すことなく残酷にも聞こえる提案を告げ切った。

 要は魂だけになった私と、魂の亡くなった他の重要人物もまとめて延命させようという事らしい。

 そして『神様』は言った、「私にとって重要な人物」と。

 ならばその人物になった後もこの『神様』は決しておろそかな事はしないだろう、そういう打算も働き私は『神様』の提案に即答した。

 「わかりました、こちらこそよろしくお願いします」そう答えると目の前の『神様』は本当に嬉しそうにほほ笑んだ。


 いつもにこにこしているこの態度は非常に好感が持てた。

 『神様』に親がいるのかはわからないが、こういう所をしっかり教えているのだから『神様』の親御さんはさぞ立派な方なのだろうなと思う。

 (スサノオやアマテラスさまに親御さんっていたかしら?)現状を放っておいて脳内の日本書紀の記憶をほじくり始めようとした矢先、『神様』からその行為を遮られる。

 「ありがとうございます、恵まれたこの現代社会から赴くには過酷な時代ですがくれぐれもよろしくお願いします」なかなかショッキングな単語が私のふわりとした思考に冷や水をかけた。


 「過酷…なのですか?」私は顔をこわばらせながら『神様』に問う。

 とっさに笑顔を作り切れなかった私とは対照的に、『神様』は悪びれもせず更に破顔の笑顔をこしらえた。

 「はい、ですからその過酷な状況を克服するための措置を取りましょう。あなたには今の記憶を持ったままその時代に向かってもらいます。なにしろ一旦そこに行ってしまったら私も干渉が出来ませんから…」

 「ただ嘆く事はありません、あなたは絶対にそこが気に入ります」

 「なぜならその場所、その時代、に行くためにあなたは生まれて育ったのです。あなたという歯車が欠けたままだと時代が動きません、必ずやあなたはそこにはまり込みます」

 『神様』の笑顔、更なる笑顔、わくわくさせるような雰囲気、なんだかこちらも高揚して流されそうになる。

 しかし私は知っている、言いにくい事を伝える時の最上手段がこれなのだ。

 所々に散らしてある危険な情報、それを感じさせないように絶やさない笑顔。

 私が両親に対して嫌な報告をする時の常套手段もこれなのだ。

 そう考えると自分に似ている目の前の『神様』が憎めなくなってきた。

 そもそも一度は死んだ身なのだ今更どうこう言っても仕方がない、覚悟を決めよう。

 「わかりました、ではそのように計らってください」

 過酷、そして『神様』が干渉出来ない場所等、不安な要素はいくつかあるが持ち前の笑顔で乗り切ろう、そう考えると少しだけ元気が出た。

 『神様』に負けない満面の笑顔をこしらえた私は、その笑顔を見せつけるように『神様』に向き合った。

 それが合図かのように『神様』が私の頭上にゆっくり手のひらをかざす。

 「ではあなたの魂を送ります、よろしくお願いします」

 ぼうっと光る『神様』の手のひら、同じような光量で光りはじめた私の体。

 光りながら煙のように消えていく私の体。

 そして私は眠るように意識を失っていった…

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