1-6 「宛城夜」
建安二年。
歳改まり、幾許経ず、大殿、南伐の令を下す。
自ら大軍率い首府許昌を発つ。
馬首南へと向け軍勢十五万。
目指すは南陽。
暴悪奸雄の残滓、董卓の遺臣狩りである。
南伐の軍、淯水に達すと、宛城に依りし弘農鎮東将軍、張済が甥、張繡から降伏の申出があった。
宛が降ることは早々に決められていたのであろう。
城門既に開け放たれ、宴の用意も万端に、後は大殿を迎え入れるばかりだったのだ。
拍子抜けである。
掲げた鉄戟振り下ろす前に宴へと腕引かれ、戦名乗り発する前に口許に酒盃を突き出された様なものなのだから。
大殿の傍らに立ち、身辺を護るのがわたくしの務め。
戦害無き事を喜び、また、亡き張済の後妻、西施の再来と讃えられる美女、『鄒』を妾にしたことに大殿は有頂天となっている。
南伐は終わった。
しかし、兵の殆どが許昌へと帰った後も、大殿は宛に留まり、鄒の歓待を受け続けている。
深夜。
酒盛りを続ける殿の近侍達が発する粗野な声と、纏わり付く弛緩した空気を孕み、宛城の宴は続く。
城のどこかで啜り泣く女官達。
笑顔で饗応役を粉成す張繡が、大殿と鄒とを見る度に、内奥に隠しきれず漏れ出し、それでもまた覆い被さるように取り繕う激憤と痴情。
大殿と鄒が宛城内に設えられた寝所に向かう時、目を血走らせつつも笑顔で見送る張繡と、その斜め後ろに立って大殿を見詰める、張繡の軍師賈詡の怪しき視線。
一向に帰らない大殿を呼び戻すため、許昌より駆け付けた御曹子達。
微かに漏れ聞こえる嬌声は鄒の物か?
酒気が漂う城内。
南陽の夜に立ち込める夜霧のような怨嗟の呟きと溜め息。
そして張繡と賈詡は何処かへと消えた。
今夜何かが起きるだろう。
その時わたくしは不退転の鬼と成らねば。
大殿より賜りし、悪来の渾名にし負う為に。
わたくしは大殿の厳命を破り、寝所を目指す。
すいません。
暫くご無沙汰しているので、物語を書いてみたくなったのです。
難読文字にルビもありませんが、上記の文は直接関係ないので、読めなくても気にしないでください。
さて、
前段「わたくしには撃てません」でお話した『殺害強要』の夢で、血まみれの犬を射殺する命令を拒否して以降、わたくしは脅されて人を殺す夢をしばらく見なくなりました。
これが数年前で、その頃からわたくしは、夢というものに対する既存のコンセンサスに疑問を抱き始めておりました。
夢が何かの試験ではないかと考え、見る夢の傾向から、出題者はわたくしにいったい何を求めているのかを、探るようになったのです。
夢の教訓。
はじめは単純に、善い人たるべし、善人なるべしと求められているのかと思っていたのです。
今までの出題傾向からの予測です。
わたくしは毎夜夢に注意を払い、次の出題を待ちました。
殺害強要の夢の次に、わたくしがどのような夢を見るようになったのか?
結果を先に申せば、わたくしはその先の試験をクリアできず、現在に至ります。
チャンバラ大好き、ゲーム、漫画、アニメ大好きのわたくしには、到底達成不可能と思われる夢です。
常に同じ状況ではないのですが、まずその出題の一例を挙げてみます。
それは自分が三国志の世界に入り込み、悪来典韋となって曹操を守り、宛城脱出を図るというアクション大作の夢でした。
三国志をよくご存知ない方にはサッパリ意味不明でしょうから、簡単に背景を説明します。
西暦で申せば197年、曹操が南陽と云うところに侵攻した時、その辺りを拠点としていた張繡は、軍師賈詡と謀って一旦降伏し、曹操が張繡の義理の叔母にあたる未亡人の『鄒氏』に夢中になって夜に励んでいる所を奇襲しました。
重臣や息子や乗馬『絶影』が、次々曹操の盾となって死に、彼は命からがら南陽を逃げ出したのです。
これが曹操、赤壁以前最大の危機と云われる『宛城の戦い』です。
この戦いで曹操を護り闘死した豪傑『典韋』に、わたくしは夢の中でキャスティングされております。
横山光輝、蒼天航路、KOEI。
色々な三国志が有り、その数だけ色々な典韋がおりますが、わたくしが配役されたのは、PS2のアクションゲーム『真・三国無双』の典韋でした。
両手に手斧を持ち、チャージ攻撃時にはブーメランよろしく投げる奴です。
わたくしが無印の真・三国無双で、一番プレイしたキャラクターです。
夢の中の典韋も、如何にも投げてくださいと云う感じのトマホークを手にしていました。
と、云うか鏡がないから両手のトマホークしか確認できません。
そこから遡って、状況と合わせて推理した結果、自分は悪来典韋であるとわたくしは思ったのです。
曹操様を亡き者にしようと迫り来る張繡の、多分彼の故郷である涼州出身の、ちょっと北方夷狄の騎馬民族風貌の兵が、奇声をあげて斬りかかってくるのです。
わたくしは思わず相手に手斧を投げつけると、そこで夢は終わります。
つまり試験は失敗。
斧を投げた時点でアウトだったのです。
恐怖の余り、相手の確認をせずに無闇に暴力を振るってはならない。
他人に強要され自分の本意ではなくても、他者の命を奪うことは許されない。
まあ、その辺りまでは理解できます。
今までの夢から得た教訓です。
しかし、この先は厳しかった。
自分の身を守るためにも、暴力はダメ。
自分の大切なものを守るためにもダメ。
夢の中のわたくしは典韋になりきっています。
敵が大殿に近付く前に排除せねばと、どうしても攻撃してしまう。
以前の夢に出てきた犬は、結局わたくしから攻撃してしまったので、明確な害意は不明でした。
しかし今回の夢の、武器を手に襲い掛かる敵兵は、明らかに害意があるでしょう。
なるべく早く、なるべく近寄らせずにやっつけるのは、兵法の基本でしょうに。
でも、それはダメなのです。
何故?
そんなの判りません。
判んないからここで数年停滞しているのです。
「生殺与奪の権を他人に握らせるな!!」
そんな最近流行りの鬼滅語録が通用しないのです。
一切の暴力行為を他者に行う権能を、わたくしたちは有していないのです。
それが他の人を護るためであってもです。
マハトマ・ガンジーよろしく完全無抵抗で、我が身も大切なものも、敵刃の前に差し出さなくてはならないのでしょうか?
前出の三国志の他にも、とにかく武器を手に、誰かの手を引いて、多数の敵の囲みを突破する試みを敢行する夢を、わたくしはここ数年定期的に見続けています。
わたくしにはこの試練を、今の所突破できる自信がありません。
先ず自分が害される恐怖が、そして君主を危険に晒す恐怖が、わたくしに先制攻撃をさせるのです。
そして、手投げ武器を敵に向けて投げつけた時点で、夢は終わります。
ただ、
今までもそうでしたが、試験が何度も失敗すると、夢の方から何らかの歩み寄りがあります。
最近の夢での事です。
何だかグラマーな女性。
もしかしたら『鄒氏』なのかも知れません。
私は鄒氏の手を引いて地下下水道を走っていました。
敵兵の追跡を受けているのです。
背後に怯えた鄒氏は息も切れ切れに、しきりに振り返るので遅れがちです。
早く走るよう促すため、彼女を見ようとした視線の端に、行く手を遮る伏兵が映りました。
彼女を庇うため、咄嗟にわたくしは手斧を敵に投擲しました。
投げた手斧が過たず敵兵に深々と刺さる直前、何故か敵兵は、今まで護っていたはずの鄒氏と入れ替わってしまったのです。
血飛沫をあげ、スローモーションで沈んでゆく鄒氏が、何とも哀しげな視線をわたくしに送るのです。
そして、夢は終わりました。
大切なものを護るために投げた武器が、その、大切なものを殺すのです。
これはどういう意味なのでしょうか?
あの、
皆様重々承知と思いますが、わたくしがこれまでお話しした夢に対する考えは、あくまでも個人的感想です。
『これが真実だ』などと、口が裂けても言えません。
そもそもの立脚点が曖昧なわたくしの夢の記憶なのですから。
私自身だって、心から信じていません。
口にも出しません。
だから『引かないで!!』
あと、
夢も紹介したし、
そろそろファンタジー書きに戻りたいので、
これで仕舞いにしようと思っていたのですが、まだ言い足りないことがあるので、もう数回続けます。