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将来の夢  作者: 山内海
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1-5 「わたくしには撃てません」


 わたくしが幼い頃、夢の試験は簡単なものでした。


 例えば、混雑する何かの博覧会会場で、人混みに押し流され料金を払わずに入場してしまった時、係員を探して無線入場を告白し、料金を払った夢。


 例えば、迷子の手を引いて交番まで送った夢。


 例えば、血まみれの子猫を抱いて病院を探す夢。


 夢は、わたくしが何かを成し遂げた時点で祝賀会の様になり、何処から現れたのか、皆がわたくしを取り囲み、誉めそやしたものです。


 しかし、夢の試験をクリアする度に、わたくしの階梯は上がり、そのうち、わたくしには達成が難しい課題が出てくるようになりました。


 シチュエーションこそ違えど、同じような問題に夢の中で何度も直面し、失敗が確定した時点で、その夢の記憶は途切れました。


 それが覚醒時ならば、自己分析をして対策できるのですが、夢の中にはそういった心構えを持ち込むことが出来ません。

 つまり、現実世界で心構えをしなくても、自然に行動できるようにしなければならないのです。

 それには日々、考えるより先に、正しい行動ができるよう、反復するしかないのですが、夢が課題だとは気付かない頃は、そんな訓練も出来ませんでした。


 特にわたくしが苦手なのは、自身で正しい行動を決断すること。

 そして、その決断を実行することでした。


 わたくしは他人の言うこと、特に教師や上司等、目上の人の言葉を鵜呑みにしてしまうらしい。

 冷静に考えれば非道な命令も、目上の人の言葉に従って、実行してしまうのです。


 目上の人の言葉に、疑問を持ったり逆らったりする事が出来なかったのです。

 そのような猜疑心を持ってはいけないとさえ思いました。


 なので、わたくしは、そのような課題の夢で停滞し、何度も似たような夢を見続けました。


 例えば戦争の夢。

 上官の命令で、民間人に発砲する夢を、わたくしは何度見たことか。

 自分の立場や状況に縛られ、考えなしに引き金を引き、無抵抗の人を殺してしまいました。

 

 毎回、戦争の夢とは限らないが、偉い、強い、怖い人に暴力を強要される夢を、わたくしは何度も、何度も、何度も見ました。

 そして、何度も何度も脅しに屈して、わたくしは引き金を引いてしまったのです。


 そんな状況が多分数年間続いたと思います。




 そんな戦争の夢とは別に、多分平行して、わたくしは時々『血まみれの犬』の夢を見ました。


 恐らくあれは、初代『バイオハザード』のゾンビ犬だと思う。

 ゾンビ犬に初めてゲームで対面した時は、トラウマレベルに怖かったです。

 コントローラーを手に正座のまま飛び上がりました。

 その強烈な印象故に、血まみれの犬は、わたくしの夢へのレギュラー出演権を勝ち取ったのでしょう。


 血まみれの犬はわたくしの夢に頻繁に出演するようになりました。

 犬に恐怖し、悲鳴を上げて逃げ惑う夢を、わたくしは何度も見ました。

 血まみれベロンベロンの犬が、チャッカチャッカ寄ってくるのです。

 

 そんな夢を見た日の寝覚めは最悪です。


 この頃はまだ夢を『課題』であるとは認識していませんでしたが、繰り返される悪夢が、何かの障害を象徴し、その傷害を、何とか自力で克服する必要をわたくしは感じました。


 たぶん『犬』は恐怖心の象徴です。

 わたくしはそれに打ち勝たなくてはならないのです。


 普段温厚なわたくしでも、そんなに何回も逃げ続けていたら、反骨心がムクムクと頭をもたげてくるのでしょう。

 いつの頃からか、夢の中のわたくしの手に、血塗られた釘バットが握られていたのです。


 さあ、わたくし!

 怯えてばかりいないで反撃するのです!

 それはいつの日のことでしょう。

 わたくしは、手にした釘バットを犬に振り下ろしました。

 ついにわたくしは恐怖心に打ち勝ったのです。

 わたくし大勝利です!

  

 それ以降わたくしは、犬から逃げる夢ではなく犬を釘バットで追い立てる夢を見るようになりました。

 最初に迫り来る犬に即座に反撃し、釘バットで叩き殺す夢も何度も見ました。

 追われる者から追い立てる者に、わたくしの立場は変わりましたが、犬は夢に出続けました。


 今にして思えば、頻繁にこの夢を見ると云うことは、どこかに課題があり、それをわたくしがクリア出来ていないと云う事なのですが、当時のわたくしには、それが理解できなかったのです。




 ちなみにわたくしは、ワンコとニャンコが大好きです。

 飼い主にとっては甚だ迷惑な話だったと思いますが、小中学生の頃は、下校時に通る外飼いの犬達に、給食で余った牛乳を配って回っていました。


 何度も出てくる怖かった犬。

 今は獲物である血まみれの犬。

 怖くても、血まみれでも、獲物でも、ワンコはワンコ。

 繰り返しますが、現実世界のわたくしはワンコ大好きなのです。

 ある時、夢の中のわたくしは、いつものように反撃を始める前に、よくよく犬の顔を観察してみることにしたようです。

 自分の意識でそうした、と云うよりも、ついワンコ好きの習慣で、犬を観察してしまったのでしょう。


 犬は血まみれで唸っている。

 しかし、

 よくよく観察してみると、この犬はわたくしを噛み殺そうと舌なめずりをして、殺意が漏れ出して唸っているのではなく、実は痛がっていたり怖がって唸っているのではないかと思ったのです。

 何度も繰り返される失敗の後、恐怖心と、恐怖心から発する過剰な防衛本能故の殺意を克服し、冷静に、まず状況を見定める事を覚えたのかもしれません。

 血まみれで震え、私に寄ってくるワンコちゃん。

 急にわたくしは、犬への憐憫の情が湧きました。

 そしてわたくしは、打ち殺そうと握りしめていた釘バットから手を離し、犬に近寄って犬を抱きしめたのです。



 それから夢がどうなったのか、残念ながら忘れてしまいましたが、血まみれ犬の夢をわたくしは、これから暫く見なくなりました。


 




 犬の夢は見なくなりましたが、命令を強要される夢は、その後も見続け、犬の事はすっかり忘れてしまいました。



 しかし、わたくしは、後に、この血まみれの犬と夢の中で再会する事になるのです。


 場所は戦場、市街戦の最中。

 交差点の真ん中に土嚢を積んだ簡易陣地に、わたくしは立てこもっていました。

 多分わたくしは兵士なのでしょう。

 わたくしは軍装で、通信機を内蔵したハイカラなヘルメットをしています。

 陣地にはわたくし一人。

 他の兵士はみんな死に、わたくしの周りで物言わず転がっています。

 死体として出演した戦友達は、夢を見た当時のバイト仲間でした。

 まあ、バイト仲間はある意味戦友なので、そうキャスティングされたのでしょう。

 残念ながら死体で、ですが。


 ヘルメットの通信機から、上官の声がします。

 声だけの出演ですが、威圧的な雰囲気から、上官役は当時のバイト先の、レンタルショップの店長だったのかも知れません。


「敵が近付いている! 発見しだい発砲せよ!」


 そんな上官の声が耳元の通信機から聞こえてきます。

 道の先をよく見ると、交差点にあるわたくしの陣地に向かって、血まみれの犬がヨロヨロと歩き寄ってくるのが見えました。


 ゾンビ犬との再会です。

 ですが、その犬が以前の『血まみれの犬』であることは、夢から覚めてからならば思い至る事が出来ますが、夢の中ではそのように考えが及びませんでした。


「近付かれては危険だ! 撃て!」


 そんな言葉に促され、わたくしはしばしの躊躇の後引き金を引いてしまいました。 

 

 以前にこの犬と和解したことなど、夢の中のわたくしはスッカリ忘れているのです。


 夢の記憶はそこで途切れます。

 多分『試験』は不合格なのでしょう。


 以前の血まみれの犬の夢の時もそうでしたが、この犬は私の恐怖の象徴のようなものです。

 わたくしは、自身の恐怖心や防衛本能から、無闇に反撃しようとする自分を克服したと思ったのです。


 しかし、これが、上官からの命令であると、容易に長距離射撃で撃ち殺してしまうのです。

 つまり自分の責任から逃れる事が出来る状況ならば、撃って良い理由があれば、私は簡単に殺害を行うのです。 

 武器がライフル銃である事も、この課題をクリアする障害となりました。

 以前の課題のように犬の様子をよく確認する前に、上官の一喝で撃ってしまうのです。

 

 同じ日の夢でなのか。

 それとも別の日に同じような夢を見たのか。

 そのあたりの記憶は曖昧ですが、この後私は、まるでタイムリープ物の主人公のように、市街戦の夢の中で、何度も繰り返し犬に引き金を引き続けました。

 

 そのうち状況は変化します。


 多分、進展のないわたくしに『出題者』が業を煮やしたのでしょう。


 夢のスタート地点。

 犬の出現場所が、段々とわたくしの陣地に近付いてきました。


 そして、とうとう、犬はわたくしの、目の前に来たのです。

 

「何をしている愚図め! 撃て! 奴は危険だ! 街に奴を入れるな!!」


 上官はわたくしを叱咤します。


 しかし、わたくしは気付きました。

 血まみれのワンコちゃんに。


 わたくしは勇気を出し、声を絞り出し、マイクを通じ上官にこう言いました。


「わたくしには撃てません」


 と。


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― 新着の感想 ―
[一言]  面白いというか興味深いというか、最後には苦手に打ち勝った(反抗した)というところが凄いドラマチック。それと、ワンちゃん好きで良かったです。
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