2 ゴブリン
「ん…………」
目を開ける。
おそらく、時刻は7時半の数秒前。
数年間に渡り身体に刻みつけられた習慣だ。
今では目覚ましが鳴る寸前に起き、目覚ましが鳴った瞬間に音を止めるに至っている。
まだ2時間3時間しか寝ていないから、眠い。
「ふぁー……ぁ」
大きく欠伸をし、目を擦って涙を拭う。
『グルォォォォ!!』
「うわ」
「ギャ!?」
そうだ。ユーチューブを流しっぱなしで寝たんだった。
ライオン(?)が吠えて、結構な音がした。
とりあえず止めよう、と、モゾモゾと寝袋から這い出す。
『グオォォォッ!』
「ギギャッ!?」
またライオンが吠えた。
………………ん?
「ん?」
ぎゃー!って聞こえた……よな?
それも結構近くから。
更に言うと、画面の向こう側からの音でもなかったような。
「誰かいるのか……?」
友達が訪ねてくる予定は無かったし、そもそも玄関も窓も鍵が掛かっている。
窓からか?
じっと息を潜めていると……確かに、誰かが居る。
布が擦れ合う音、床を踏む音。
侵入者は、どうやらリビングの中に居るようだった。
(……どうしよう!?)
冷静になれ……慌てるな。無理か。
とりあえず、隠れていたって見つかるだろうし、タイミングを見計らってテントから出よう。
入口を開けてそっと周りを見渡す。
侵入者の姿は無い。
これなら外に出ても、テントの影に隠れることが出来るだろう。
テントの脇からそうっと顔を出し、侵入者を確認する…………
「……は?」
その瞬間、思考が止まった。
「ギっ?」
だって。
そこに居たのは、画面の中のライオンに怯える…………
緑色の、小人だ。
頭に浮かぶのは……否、ソレの頭の上に浮かぶのは。
よく知る空想上の生物の名前────
(ゴブリン……?)
=====
ゴブリン
Lv.15
ダンジョンボス
=====
「ギャッ!」
緑の小鬼が、吼えた。
放心状態の俺に向かって、意外なほどのすばやさで走ってくる。
手には……
「うおぉぉ!?危ねッ!?」
手には、剣を持っていた。
剣先が頬をかすめ、汗が顎に溜まって落ちる。
手の甲で拭う。
ぬるりとした感触に、ゴブリンに意識を向けたままチラ、と見る。
血、だった。
ようやく気づいたか、とばかりに頬肉が痛みを主張する。
「……いやいやウソ、だろ?誰だよお前」
だが、頬の痛みが語っている。
現実だ。
目の前の生物は、明らかに俺に殺意を向けていた。
放たれる殺気は、どんな言葉よりも雄弁に、”お前を殺す”と叫んでいた。
だから。
「う……」
俺は。
「う……お、ぉぉぉぉぉぉ!」
腹の底から吠えて、恐怖を無理やりに払拭する。
ゴブリンは一瞬怯み、しかし、先程よりも幾分か速い動きで飛びかかった。
我武者羅に剣を振り回すゴブリン。
それを、余裕を持って躱し続ける。
躱す……というか、距離をとって当たらないようにしているだけだ。
後ろにばかり行くのではなく、右に避けたり左に避けたりして壁際へ追い込まれるのを防いでいる。
が……
(くっそ、埒が明かないな……)
こちらも、せめて剣と打ち合える何かが欲しい。
ゴブリンから目を離す訳にもいかず、必死に周囲に何か、武器として使えそうなものは無いか思案する。
この部屋にあるもの……
テレビと周辺機器。たこ足配線とかのコード。
ソファ。
テント。
寝袋…………うーん。
トン、とん、とバックステップでテントの入口まで回り込み、寝袋を引っ張り出す。
振りかえって、ゴブリンの視界を覆うようにバサっと放り投げる。
その隙に背後に回ろうとするが…………思ったより距離が近かった。
ゴブリンの突きが、左肩に突き刺さった。
「つ、ぁぁあああ!」
肩が熱い。ジンジンと、込み上げるように痛む。 興奮しているからだろう、痛みは泣き叫ぶほどではなかった。
「ギァァッ!」
肩にくい込む剣に、グッと力が込められる。
思わずゴブリンを蹴り飛ばした。
「っ痛ぇ……」
「グギッ!」
…………剣が、怖い。
初めに剣をなんとかしたい……
戦況は、左肩の負傷を残して元の状態に戻ってしまった。
何とかして、剣を手放させなければ……!
足元が砂なら。あるいはここが森の中なら。
やりようはいくらでもある。
しかし、整理されたフローリングの上では、目潰しの砂も投げる石もそこにはない。
(ソファに当てさせる……!)
それで剣がくい込めば、なんとか勝ち筋が見えてくると思う。
壁は……壁って何でできてるんだ?
俊敏に起き上がったゴブリンが間合いを詰める。
位置取りを…………
上手く…………
誘導して…………
ガッ!!
「ギァッ!?」
「っしゃオラァ!」
その時、傾いて倒れるソファの上から、握りこぶし大のクリスタルが転がった。
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