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第9話「期待と不安の旅立ち」

 アリスはサリーを含めた今回の闘いでの死者たちの死を弔ったあとに教会を後にした。式の間、涙を流していた彼女だったが今彼女の目に涙はない。そればかりか目には決意を秘めていた。

 

 彼女は勇ましく歩いて教会の扉を出る。するとすぐに


「もう終わったのか? 」


 と声をかけられた。彼女は誰だか分かったのだろう相手の方を振り向かずに声をかける。


「待っていてくれたのですね、魔王さん」


「まあな、本来我も出るのが礼儀というやつだろうが魔王という身の我にとってどうも教会という場所には入り難い」


 魔王は腕組みをしたままつまらなそうに言う。彼は背中に兵士の一人からくすねた長剣を背負っていた。


「それで、これからのことなのだが……」


 魔王が言いかけたのを見てアリスはゴクリと喉を鳴らすと彼の方を振り向き口を開く。


「お願いします、私を強くしてください」


「ほう? 」


 これには魔王も驚き眉を吊り上げた。


「今の私はサリーさんの言うように何者でもありません。ですから私はお父さんの様に勇者と呼ばれるほど強くなりたいのです! どうかお願いします」


 アリスの願いを目を閉じながら聞いていた魔王はしばらくして口角を吊り上げる。


「よかろう、ただし我の稽古は少々手荒いぞ」


 魔王は実のところ、彼も彼女と同じようにこの後も彼女と行動を共にしたいと考えていたのだがさも今考え抜いて出した答えかのように勿体つけたように言った。


 彼が彼女と行動を共にしたい理由は彼女ほど純粋ではなかった。彼は彼女を、アリスをサリーのような女にしたいと考えたのだ。


 魔王に自らの命を賭して村人を助けて欲しいと懇願したアリスと自らのために村人を売ったサリー、あの二人はサリーが自ら命を絶つまで対極的な存在だった。だが、村長が呟いたことによると以前は二人仲良く遊んでいたということだ。


 その話を小耳に挟んだ魔王は思った、勇者の娘であり純粋なアリスが醜くなる様をみてみたいと。


「ありがとうございます」


 そんな思惑を知らない彼女は満面の笑みを浮かべてお礼を述べるとどういうわけか再び教会の中へと入って行った。それから待つこと数分、慌てた様子で老人とともに歩いて来る。老人は先ほどまで共にいた村長だった。村長は恐る恐る尋ねる。


「アリスの面倒をみてくださるというのは本当でしょうか? 」


「ああ」


「ありがとうございます、貴方みたいな強いお方とともにいることができればこの子の身にも危険はないでしょう」


 老人は彼が魔王とは知らずひたすらお礼を述べる。だが、魔王にはこの状況が良く分からなかった。


「まるで保護者のようだな、この娘の母親はどうした。生きているのだろう? 」


 その言葉によって場の空気が凍り付いた。魔王はそれを聞いて悟った。


「すまない、無粋なことを聞いた」


「いえ、私も母のことについては私が説明不足でした」


「彼女はここ数年病にかかっていて数年前に……それ以来はワシがこの子の親代わりをしておりました」


 村長がアリスの説明を補足するように言う。


「そうか」


 魔王はそう言うと空を見上げる、空は雲に覆われていたが所々から日の光が漏れていた。


「今まではここにいるということを悟られていなかったので何とかなりましたがこれからはワシでは情けない話、この子を守ることは叶わなそうです。どうかこの子をよろしくお願いします」


「任せておけ」


 魔王は力強く言った。老人は弾けるような笑顔でアリスの方を向く。


「これを持ってきなさい、足りなければ幾らでもあるからまた取りに来なさい」


 そう言うと彼女に何やらずっしりと重い袋を手渡した。彼女はそれを両手で何とか受け取ると「あっ」と声をあげる。中には金貨がぎっしりと入っていた。


「そ、そんな! 村長さんこんなにいただけません」


「遠慮なんてしなくて良い、それは元々父親の物だ。村のために使ってくれと言われたのを皆で相談してアリスのために残しておいたんじゃよ」


「そんな……ありがとうございます」


 その様子を金を使ったことはなく金に関しては何も知らない魔王は不思議そうに見つめていた。


「それでは出発する、行くぞ」


「はい! 」


 アリスは元気に答えると魔王と並ぶように歩く。そして村長の姿が見えなくなったところでこっそり魔王に尋ねる。


「どこへ向かうのでしょうか? 」


「無論、セントブルクの王というのがいる場所だ。夜は『ゲート』で城へと戻りそれから稽古をつけてやる、従属の一人が置いて行った短剣があったはずだ。貴様はそれを使うと良い」


 魔王は表情を変えずに答えた。


「セントブルクの王様がいるのはその呼び名の通りセントブルクですが、どうしてセントブルクに向かうのですか? 」


 それに対してアリスが首をかしげて尋ねる。


「どうしてだと! ? 貴様は勇者のことも踏まえて今回あれだけのことをされ何とも思わないのか? 」


 それを聞いた魔王はつい声が荒くなった。この娘はあれほどのことをされて微塵も復讐したいなどと考えていないというのだろうか、だとしたら相当骨が折れそうだ。そう考えて魔王は大きくため息をつく。彼がため息をついたその時だった。


「確かに、お父さんだけでなく村長さん、サリーさんまで酷い目に合わせたのは許せません。どうして父のことを信じてくださらないのか尋ねてみたい気持ちはあります」


 小さな声で彼女は呟いた。風が吹いたら消されそうなほど小さな声だったが魔王は聞き逃さなかった。


 やはり人間だ。正義感ともとれるが彼女にも憎しみの心は存在する。これを少しずつ育てていくとしよう。


 そう考えた魔王は徐々に大きくなっていく村の門を見ながら不敵に笑った。


 「あ」


 村を出て荒野を歩いていたところでアリスがそう呟いて固まる。彼女の顔はみるみる青ざめていった。


「どうした? 」


 魔王も立ち止まって尋ねる。


「村長さん、皆、私たちがいない間に襲われたら……」


「なるほど」


 それを聞いて彼女の変化に合点が言った。彼女らしい悩みだ、確かに碌に武装も戦闘経験もない村人が再び兵士に襲われることなんかがあったら全滅は免れないだろう。魔王としては別に構わないのだが彼女がそれを気にして進行に支障が出るのは問題だった。

 まったく、手のかかる娘だ。額に手を当てて彼女を安心させる方法を考える。答えはすぐにみつかった。


「それなら問題はない、我々は北の国へと向っているのだ。すれ違うことになるだろう」


 そう言ったが彼女の心には不安が残っているようだった。


「ですが、もし私たちが寝ているうちに押し寄せたら……他の国の兵士に襲われたら……」


 なかなかに心配性だな、魔王は頭を抱える。


「ならば、別れた手前間の抜けた話だが毎日『ゲート』で村へ行き安全を確かめるか」


 それを聞いて安心したようだ。


「ありがとうございます」


 彼女は満面の笑みでお礼を言った。従属が一人でも残っていればその者に見張らせておけば余計な手間を取らずに済んだか。だが旅に出るといった手前間抜けな話ではあるが、我の手によって徐々に憎しみに染まっていく娘を慕っている村長や村人にみせるのも一興か。そう考えると魔王は笑わずにはいられなかった。


「それでは行くぞ」


 突然笑いだした魔王をみて困惑する彼女に声をかけると二人は再び歩き出した。









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