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第50話「アリスの問い」

 城の最奥、目的地で魔王とアリスは王を前に数人の兵士たちに囲まれていた。


「いやはや、どうしてこのような真似を」


 彼は手を挙げつつ何故こうなったのか分からない、とお道化どけてみせる。


 勇者の娘程の年の少女が勇者の処刑の件を尋ねる、この時点で怪しまれるのは想定していたのだが……まさか尋ねる前にバレてしまうとはな、魔王は不敵な笑みを浮かべる。


 彼の実力であれば黒剣などなくともこの場にいる兵士を掃い盾の呪文で守ろうとするであろう側近を倒し王をあやめることなど容易いことだったが、この展開を楽しんでいるようだった。


「そんなの顔を見れば分かる! 例え成長していたとしても見間違えるはずはない! そこにいる娘はあの日、勇者の処刑の日にみかけた奴の娘だ! 」


 激しく手を振りながら王は言い切った。


「失礼ですが王よ、見間違えたということは……」


 彼は珍しく食い下がった。というのも、彼の目的は最初から一貫してアリスを黒く醜く染めあげることだ。その一歩としてこの復讐を完遂させる必要があった。彼も勇者の件で王を憎んではいたがそれでも憎しみよりアリスを壊したいという欲望が勝利した。だというのに、肝心のアリスがまだその判断を下そうとしないため、どんなに些細なことでもいいから王から残酷な言葉を引き出そうとしているのだ。


「しつこいぞ、このワシが見間違えるはずがない」


 王が喚くように言う。


「どうしてですか、どうしてそこまでお父さんを憎むのですか? 」


 今まで静かだったアリスが涙を流しながら尋ねた。


「ふん、語るに落ちるとはこのことだ」


 王が鼻を鳴らす。


「やれやれ、どうやら貴様にはこういった駆け引きはまだ早かったようだ」


 魔王が大げさに肩をすくめてみせる。


「やはり貴様もワシを騙すつもりだったのだな! 」


「まあ、そういうことになるな。それよりも王よ、この娘はこの質問がしたい一心で我に頼みドラゴンの女を倒しここまできたのだ。もはやこの状況では逃げようがない、質問に答えてやってはくれないだろうか」


「泣ける話だのう」


 王は皮肉たっぷりに言うと玉座に座り頬杖をついた。


「良いだろう、ドラゴンとの戦いを見ていた兵士の中には子供が倒した、なんていうのもおったしな。報告を受けたときには見間違いではないかと疑ったが勇者の娘となると合点がいく、ワシが勇者を殺した理由は密告があったからだ。勇者が魔王の臣下になったというな」


「だ、誰からの密告なのですか」


 アリスがそこを知りたいとばかりに尋ねる。王は首を横に振った。


「それは分からない、ヒットと名乗っていたがそれ以外の情報はなかった」


「それで貴様はその誰かとも分からぬ者の情報を信じたというのか」


 魔王が低いながらも怒りを込めた声で尋ねる、すると「不敬だぞ」と言わんばかりに二人を囲む兵士たちが剣を彼の顔に近づけた。


「そうだ、国を統べる王としてはたった一つの不穏要素も排除しておかねばならないのでな」


「そんな……」


「それに、あの勇者も今ではワシに感謝していることだろう」


「え? 」


 アリスが突然出た「感謝」という言葉の意味が分からないように尋ねると王は華やかな天井を見上げた。


「仮にあの密告が嘘だったとしても、戦士というものは情けを嫌う。あのまま魔王に情けをかけられ生きた、なんて戦士でも辛いのにまして勇者と呼ばれたものであったら耐え難いであろう」


 その言葉にアリスは絶句したようで俯いてしまった。代わりに魔王が拳を震わせながらも尋ねる。


「だが貴様は無関係の村も襲ったな。聞いたことがあるぞ、勇者の娘を匿ってもいない村を襲い壊滅させたと」


 すると王が彼をみて鼻で笑った。


「当然の報いだ、あの後。ワシは即母に娘も葬ろうとした。不穏分子は排除せねばならぬのに加えワシの三人をあの世で早く再会させてやろうという善意だった。だがどこの村かは知らんがふざけた者どもが二人を匿い余計な手間をかけさせたのだからな。母はどこにいる? 」


 王の問いにアリスは答えない。それを答えと受け取ったのか再び天井を見上げる。


「そうか、あの二人はあの世で無事再会できたのだな。幸せなことだろう。娘よ、そう泣くでない。貴様も今すぐ両親の元へと行けるのだから」


 そう言うと王は立ち上がり兵士たちに宣言する。


「この者は勇者の娘とその部下だ。あの魔王の臣下となった勇者の娘とあってはいずれ国を脅かす恐れがある! 即刻牢に入れ明日にでも処刑を決行するのだ! 」


 その言葉を合図に兵士は動き出した。二名が縄を持ち縛ろうと二人に近寄る。その様子を見下ろしながら王は彼らに言葉をかける。


「誰だか知らぬがご苦労だったな。ドラゴンを倒すほどの力があるにもかかわらずこのような結末で、そして娘よ! 牢でゆっくりと両親への再会の時の言葉でも考えておくのだな」


 そう言って高笑いをする王の言葉を聞いて、アリスは遂に泣き崩れてしまった。慌てて兵士が起こして腕を後ろに回し縛ろうとする。だが、異変が起きたのはアリスだけではなかった。閉め切った部屋に突風が吹き荒れたのだ。


「な、なんだこの風は! ええい、何をしている! 早くワシを守れ! 」


 突然の突風に王に護衛の魔法使いに二人を拘束しようとしていた兵士さえも地に伏せ飛ばされまいとカーペットを掴む。


「『パラライズ』」


 恐ろしい声で室内に響き渡る。すると兵士ばかりか王、そして優れた魔法使いであろう側近までもが痙攣したように床に倒れ伏した。誰もが倒れるその中で、一人魔王だけが禍々しい両翼を広げながらギロリと恐ろしい目で王を睨みつけながら立っていた。





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