第41話「奇妙な女性」
魔王と別れたアリスは一人でセントブルクの門をくぐると道なりに進んでひたすら歩いていた。アリスはこの辺の地理に詳しいわけではないのだが通り過ぎる馬車はともかくとして徒歩で移動する冒険者も数多くいるので彼らを見失いようにすれば目的地につけるだろう、というのが彼女の考えだった。
彼らについて行きながらひたすら南東へと進む。道中のモンスターは冒険者が倒してくれたのだろう。死骸が転がっているだけで彼女を襲うものはいなかった。
あの時は、魔王さんがいてくれた。ゴブリンの死骸を見ながら彼女は初めて戦った時のことを思い出していた。あの時はゴブリンの命を奪って泣いてしまったけど、あれから少しは強くなれたかな。そう思い涙が溢れる目を腕でゴシゴシと擦る。
もっと強くならないと、今回は焦って失敗してしまったけどもっと強くなって私が魔王さんを救うんだ! 彼女がここまで魔王と行動を共にしていたのは様々だが一番の目的は魔王を変えることだった。苦い顔をしながらもアリスを、人々を助けて回る彼の生い立ちを知り、彼は変われると考えていたのだ。今回一人で向かうことになったこともこの期間で彼を変えることが出来なかった自分のせいだと彼女は考えていた。決意をした彼女は涙を拭き終わると勇ましく冒険者の後を追いかけて行った。
山道は下り坂になっていて目的となる塔のある村はこの道を下った先に存在した。アリスは下り坂を利用して足早に坂を下っていく。他の冒険者も早く向かうべく足早に歩いていて追いつくことはできなかったものの彼女の普段の走行速度から考えると随分と時間を短縮することが出来た。
道幅がかなり広野で落ちる心配のない道をそのまま道なりに進んでいくと随分近付いたようで顔はみえないまでも戦闘の内容は分かる距離まで近づいた。
敵の情報を知らなくては、と判断したアリスは人々が向かう中、遠くに国王軍の軍隊が村人を非難させているのを確認し安堵のため息を漏らしながらその場に立ち止まり闘いを見る。
みると十人ほどの剣士たちが一体の敵を囲んでいた。アリスが目を疑ったのは敵らしき相対している者も人間らしき姿をしていたことだった。それに信じられないことに武器を所持していない様子だ。もしかして皆勘違いしている! ? あの人物は無関係の人かもしれない、額に汗を流しながらそう考えた彼女は慌てて坂を下った。
整備されていない岩だらけの凸凹の坂を下るたびに曖昧だった様子が徐々に鮮明になってくる、見ると武器を持っていないと思われていた人物は女性で赤く長い髪を無造作に垂らし両手には長い爪を持っていて彼女の回りには何人かが倒れていた。まさか、あの爪で……。世にも恐ろしい考えに辿り着く。見ると剣士のほかに魔法使いも十数人程がその周りを取り囲んでいた。
アリスは例え爪でも、いや爪だからこそリーチが短いのもありこれでは私の出番はないだろうと考えもあって再びその場に立ち止まり闘いを見守ることにした。
丁度剣を構えた五人が勢いよく飛び掛かる。その隙を作るように魔法使いが「ツインファイア! 」「トラストブリザード! 」「ゴールデンスパーク! 」とそれぞれが手や杖から魔法を繰り出す。
それを見たアリスは魔法で牽制されてその間に近寄った剣士五人に斬られて勝負は決してしまうだろう、と考え勝利の瞬間を固唾を飲んで見つめていた。
しかし、事態はアリスの考えていたようにはならなかった。女性は軽やかに剣士を越していった火の玉を、氷塊を、雷撃を右に左に上にと避けて五人の剣士へと向かう。すると即座に向ってくる剣士の下半身を、頭を、背中をと構えを見て隙のある箇所を次々と斬り致命傷を与えていった。
「そんな、何でさっきまであそこにいたやつがもうここに……」
「な、何が起きたんだ……」
「ちくしょう……」
喋ることが出来たものは一瞬の出来事が把握できないというようにそのようなことを口々に叫んでは息を引き取っていく。
アリスはそれを見て確信をした。あの爪は剣のようなものなのだと、いや武器屋の店長さんは短剣は小さいため握りやすいのと隠して追撃にも使いやすく、全体重を込めやすいのが利点と言っていたけれど同様にあの爪は身軽さから両手に爪を取り付けていたのだ。
唯一の欠点はリーチの短さだけれどそれはあのスピードで補うことが出来る。懐に入られてしまえば彼女は二本の剣を使用しているようなものだ。自分に勝てるだろうか? アリスはそう考えて震える身体を抑えつける。
「お、オレには無理だ」
「こんなとき、ブレドさんがいれば……」
そう言って逃げ出す冒険者たちの姿があった。ブレドという名を聞いてアリスは心を痛める。もし自分がしっかりしていたら救えたかもしれないと自責の念にかられていた。そんな彼女を追い詰めるかのように目にもとまらぬ速さで五人を葬った女性は何を思ったかその身体に兵士たちの血を愛おしそうに手ですくいながら自らの身体にゆっくりと自らの身体を洗うように塗りたくり始めた。
「え」
あまりの恐ろしさに声が出ない。アリスは彼女が何をしているのか理解できなかったが、気がつけば人々が逃げるように走り坂を上る中、一人坂を駆けおりていた。