第24話「予期せぬ乱入者」
魔王とアリス、二人で薬草を選別して籠に入れて回ること数時間。辺りが暗くなっていた時に遂に籠一杯に薬草が集まった。
「長かったが、ようやく終わりのようだな」
籠一杯の薬草を見つめながら満足そうな顔を浮かべる。
「お疲れ様です」
彼女が労うように声をかけたその時だった。
「ぐっ……が……」
突如苦しそうな声を出した兵士が魔王たちの元へと跳んできた。すさまじい勢いで地面に叩きつけられるとバウンドしいずれ動かなくなった。
何事だ、と魔王は近寄り息を確認する。既に兵士の息はなかった。
「死んでいる」
魔王はアリスに告げると彼女はハッと息を呑んだ。
「あの兵士のいた方向に何かがいるのか? 」
そう言って兵士が飛んできた方向を見ると何か大きな物体がこちらにゆっくりと歩いてくる。何者かと目を凝らし正体を見た時、魔王は瞬きをした。
そこにいたのは長い尻尾のようなものを垂らしながら四本足で歩く立派な鬣を纏った凶暴な顔の頭と二本の角を持った穏やかそうな顔をした頭の二頭を持つ獣だった。
「キマイラ……」
アリスが震える声でそう呟く。
ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
アリスの声が聞こえたのだろうか、キマイラは次の獲物を見つけたとばかりに雄たけびを上げると一気に魔王たち目掛けて走ってきた。キマイラの背後にこのモンスターを仕留めようと追いかける者はいない。
「何と面倒なことを」
大方、クエストを受けた冒険者がどこかの洞窟にいるキマイラを討伐に向ったものの凶暴さに敗れ撤退しようとしたところを追いかけられてしまったのだろう、と魔王は推測し吐き捨てるように言うと長剣を構える。
「『ディフェンド』! 」
魔王が呪文を唱えると前方に透明な円形の盾が出現しキマイラは勢いよく激突した。
ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
キマイラの咆哮が轟く!
「魔王さんとこのキマイラさんはお知り合いではないのですか? 」
余りにもお互いに加減のない闘いに疑問に思ったのかアリスが声を震わせながら尋ねる。
「知らんな、貴様の父オスカーとの戦いで多くはやられ残った三体には暇を与えたが三体ともキマイラではない」
魔王はそう言ってから何かを思い出したように手を広げた。
「そうだ、キマイラよ。我の従属にならないか? 」
ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
お断りだとばかりにキマイラは叫ぶと再び盾に突進を始めた。ピシッという音と共に盾にヒビが入る。
「それは残念だ」
そう言ってワザと盾を破らせその瞬間に魔法を浴びせようと手を掲げたその時だった。
シャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
目の前の獰猛な生き物からは感じられないような弱いながらも狡猾さを感じさせる声が響く。みるとそこには細長くも長い舌と強烈な牙を持った生き物、蛇がいた。魔王たちが尻尾だと思っていたのは蛇だったのだ。
蛇は器用にも盾を躱し回り込むとアリス目掛けて素早く襲い掛かる。
「きゃああああああああ」
「ぬうっ」
魔王は掌を下ろすと共に素早く背中の長剣を引き抜くと蛇の首を斬り落とした。
「大丈夫か」
魔王がアリスに声をかけたその時だった。
パリイイイイイイイイイイィン!
けたたましい音とともに盾が砕け散った。
「間に合わぬか」
魔王は咄嗟に掌をかざすも呪文を唱えていては間に合わないと判断しアリスを守るように抱えるとキマイラの突進をその身で受けた。
突進を受け魔王は先の兵士の様に草原をゴロゴロと転がる。
「大丈夫ですか魔王さん」
アリスが必死で呼びかけ顔を見ると魔王はアリスには見たこともないほど顔を歪め苦痛の表情を浮かべていた。だが、この表情はキマイラの突進によるダメージから来たものではなかった。現にあれほど巨大な生物からの突進を直に受けたというのに五体満足どころか魔王の身体は『自己再生』により既に傷一つ存在しなかったのだ。
ではなぜ魔王はこのような表情を浮かべたのか、それは彼のプライド故だった。魔王は不意打ちにアリスと事情があったとはいえキマイラ相手にこのような醜態を晒したということが耐えられなかったのだ。
「問題ない、オスカーにすらこんなに無様に転がされることはなかったというのに、我はなんたる不覚を……」
今回の失態を魔王は心の底から嘆いたその時だった。
「私のせいで申し訳ありません、キマイラは私が倒します」
凛々しい声が響いた、見上げるとそこには髪止めを外しロングのブロンドヘアを風になびかせ剣を構えるアリスの姿があった。恐らく彼女は魔王は先ほどの攻撃で魔王が重傷を負ったと勘違いをしているのだろう。それに気付いたいつもの魔王なら止めていただろうが今回は止めなかった。
それは、キマイラを倒すといった時のアリスの目が、勇者であり彼女の父であるオスカーと似ていたからだ。良い目をしている、キマイラを相手に勇敢に立つアリスを魔王は満足げに見つめた。