知らない幼馴染み
翌日。今日は特に代表としての集まりもなく、放課後はすぐに帰る事ができた。
晃司からのアクションは殆どメッセージアプリからで、学校にいる間は特に会話をする事もなく、指定されたカフェへと立ち寄る。
「この店の、2階だっけ。随分と警戒しているのね」
でなければ、わざわざメッセージではなく、口頭で良かっただろう。それに同じクラスなのだから、一緒にカフェに行っても良かったのだ。
それをわざわざ別々に行動して待ち合わせなんて、かなり警戒している様だ。
飲み物をオーダーして2階席へ行く。
店内にはまだ人は少なく、サラリーマン風の男性や、若い女の2人連れがいるだけだった。
取り敢えず彼らから少し離れた壁際の席に着くと、タイミングよくメッセージが来た。
『ごめん。今向かってる』
『大丈夫よ。私も今着いた所だから。2階の壁際の席にいるから』
返事をし、オーダーしたオレンジティーを飲みながら外を眺める。
徐々に近くの学校の学生が増えてきたらしく、同じ年頃の男女の姿が増えてきた。
同じ学校の生徒が来なければ良いなと考えていると、トレイを持った晃司が階段を上がってくるのが見えた。
晃司は辺りを見回すと、こちらに気付いて笑みを浮かべて近付いてくる。
通りすがりに、2人組の女が晃司を目で追い、何やらひそひそと話をしている。
(やっぱり彼ってモテるのね。まぁ、確かにイケメンかもしれないけれど)
改めて見ると、髪色は少し派手だが、容姿は整っている。
こんな人が恋人だなんて、少しだけ心理が羨ましい。
「待たせてごめん。部活休むのに手間どって」
「ううん、大丈夫よ。今日は部活だったのね」
「あぁ。まぁ、俺は部長だから。サボるのは比較的楽なんだけど」
そう笑いながら席に着く。
「剣道部だっけ?剣道にはあまり詳しくはないんだけど……大変そうよね」
取り敢えず、当たり障りのない世間話を振る。
「まぁ、体育会系だからそれなりにはな。だけど試合時期じゃないときは、自主練がメインだから」
「そうなの」
何故か会話が途切れ、互いに飲み物を口に運ぶだけになる。
こんなときはどうすれば良いのだろうか。自分から話を切り出してあげた方が良いだろうか。
そんな事を考えていると、晃司が意を決した様に顔を上げた。
「実は、相談ってのは、心理の事なんだ」
「うん、なに?」
初めから心理の事だろうと思っていたので、その言葉に対しての意外性も驚愕もなかった。
しかし晃司はそうではないらしく、夢美のリアクションに驚いた表情を浮かべた。
「──まさか、心理から何か聞いてる?」
「ううん、何も。あぁ、西君が私に相談事なんて、きっと心理の事だろうなって思っていたから」
どうやら、話の内容を予め把握していると思われたらしい。
確かに心理とは姉弟の様に仲は良いが、恋愛等デリケートな話は滅多にしない。
現に2人が付き合いだしたのが何ヵ月も前だったというのは、先日晃司に聞いて初めて知った位だ。
「あ、そうなんだ。てっきり、相談してたのかって思ってさ」
「大丈夫よ。なにも知らないわ。心理ってあぁ見えて、あまり深い話はしてこないのよ。私達は姉弟みたいなものだから。お姉ちゃんに彼氏の話はし難いでしょ?」
そう言うと、晃司は「確かにな」と苦笑いを浮かべた。
「実は、俺達別れるかもしれないんだ」
「え!そうなの!?」
この流れは予想外だった。
思わず声を上げてしまい、慌てて口を押さえる。
「ごめんなさい、大きな声出しちゃって……。どうして急に?前は普通だったのに」
先程教室に来た時の感じでは、特に喧嘩をしている様子もなかった。
それが突然別れ話が出ているなんて、誰も予想できないだろう。
晃司はアイスコーヒーを飲むと、浮かない表情で呟く。
「実は、アイツの親友に俺達の事がバレて、大反対されてるんだってさ。アイツ、なんでか相模にだけは頭が上がらないっつーか……妙に良いなりっつーか」
「親友?」
心理に親友がいるというのは初耳だ。
交友関係については比較的把握できている方だと思っていた為、意外だった。
「夢美は知らないか?相模鏡っていう奴なんだけど」
「聞いた事ないわ」
少なくとも、今まで心理の口から彼の名前が出た事はない。
「そうか……。まぁ、俺もそいつとはあまり話したことはないんだけどな。俺の事を妙に敵視していて、アイツにはバレ無いように気を付けてた。だけど、一昨日、あの後に追求されたらしくて、心理が喋ったんだ」
「それで、反対されたから、別れるって言われたの?」
「まぁ、正確には、バレたから相模を説得するって。だけどダメだったら……わからないって言っていたかな」
相模鏡がどんな人間かは知らないが、あの心理が頭の上がらない人間がいるなんて。
自分や朝香に関しては身内なので、姉という感覚で、比較的素直に言うことを聞いているのは把握している。
だが、他人にそんな対応をするのは考えられない。
ただの日常の決定権ならば未だしも、恋人との仲についてまで踏み入らせるなんて、心理らしくない。
「その人って、どんな人なの?」
「心理と同じクラスの奴だよ。心理には俺がついてなきゃ、みたいでべったりなんだ。確か、小学校からの幼馴染みとかなんとか」
「小学校からの幼馴染み……」
夢美が小学校の頃は、心理と同じ学校に在籍していた。
学年は違うが、幼馴染みというほど深い付き合いならば、名前だけでも聞いた事があるはずだ。が、全く聞き覚えがないのが不思議でならなかった。
「私たち、心理とは生まれた頃から一緒にいるの。中学からは違ったけど、しょっちゅう顔を合わせていたわ。でも、相模なんて人、聞いた事がないのよ」
仮にそうだとしても、現に別れ話の可能性を持ち出される程、心理が頭が上がらないのは事実なのだろう。
だが、全く見ず知らずの人間が、幼馴染みで親友と名乗っているのが引っ掛かった。
「ねぇ、西君。今から、その相模君って人と心理を、ここに呼べる?」
「ここに?どうだろうな」
ぼやきながら、晃司はスマートフォンを操作する。
すると何故か、夢美のスマートフォンに心理からの連絡が入った。
『晃司から、鏡と一緒に来いって連絡来たんだけど。なんで夢が晃司と一緒にいるんだよ』
晃司はスマートフォンを見つめながら眉を寄せる。
「既読にはなったけど、返事は──」
「大丈夫よ。私に来たから」
夢美は素早く操作すると、すぐに返事を送る。
『いいから今すぐに来て。必ず、相模君も一緒にね』
それだけ送ると、返事を見ない為にわざとスマートフォンを伏せた。
「心理、なんだって?」
「なんで私が西君と一緒にいるんだって、ちょっと怒ってる感じだったわ。でも来る様に言ったから、多分もうすぐ来るわよ」
何せ、心理は自分と朝香にも頭が上がらないのだから。
いっそ朝香も呼ぼうかと思ったが、ややこしい事になりそうな気がしたので止めた。
実際の所、カップルの別れ話に首を突っ込むべきではないかもしれない。
だが、今の状況では、晃司が明らかに理不尽な目にあっている。
別れる理由が、親友が反対するからなんて、そんなのはおかしい。
どうして心理がそこまで『親友』に気を使うのかもわからないし、その『親友』の名前を一度も聞いた事がないのも引っ掛かる。
晃司は心理の事になると弱気になるらしく、大丈夫かなとそわそわしていた。
「こんな話、相談するなんてちょっと女々しかったかな」
「大丈夫よ。友達が反対するから、なんて理由はおかしいじゃない。それに、自分1人じゃ解決できないから相談したんでしょう?心理には相模君がいるんだったら、西君には私がついてあげるわ」
これなら2対2なので、心理にもとやかく言われる筋合いだってないはずだ。
そう言い切ると、晃司は嬉しそうに笑った。
「ありがとう、夢美」
その笑顔を見た瞬間、無意識に顔を赤らめてしまった。
なんだか妙に、晃司が格好良く見えてしまったのだ。
「い、良いのよ。友達なんだから」
そう呟くのが精一杯で、まともに目を合わせる事ができず、それを誤魔化す為にオレンジティーのグラスに視線を落とした。