相談事
「朝香。あの態度はちょっとないわよ」
帰宅した夢美は、早速朝香に電話をかけて説教をした。
何かまずい所があれば教えて欲しいと、常日頃頼まれている為だ。
電話口の向こうで、朝香は不満気な声を漏らす。
『だって、仕方ないじゃない』
「仕方なくなんかないでしょう。堂々としているのと、感じが悪いのは違うのよ」
『はいはい、わかったわよ。具体的にどの辺よ?』
「どの辺って……全部よ、全く」
深い溜め息を吐くと、1つ1つ丁寧に教え込む。
「まずは遅刻してきた時の態度。何が理由かは知らないけど、一言お詫びがあっても良いでしょう。それに最後。せっかくみんなでご飯を食べに行ったのに。なんで朝香と、あの木村君?て人はすぐ戻っちゃったのよ」
そう言うと、朝香は『は?』と不満気な声を漏らした。
『ご飯って何それ!アンタ、中々来ないと思ったら、そんなの行ってたの?』
どうやら朝香も、あの後どこかで待っていてくれたらしい。
「そうよ。西君が提案してくれてね。近くのファミレスで」
『えー!そんなの知らなかった!木村の奴、マジ許せないんだけど!』
朝香のリアクション的に、参加したかったらしい。
木村の名前が出たことに違和感を抱く。
「木村って、朝香と一緒に代表だった人よね?あの人がどうしたの?」
『だって木村がさっさと戻るべきだって言ったのよ!あいつにはもう散々よ!無理矢理代表だかにさせられるわ、遅刻したのもアイツがトロいからだし。ミーティングはすぐに解散になるから戻ろうって言って、マック連れていかれたのよ!』
どうやら自己紹介の件以外は、全てあの茶髪の生徒が絡んでいたらしい。
しかもちゃっかり2人でデートをしている所を見ると──。
「もしかしたら彼、朝香のこと──」
『やめてよ!冗談じゃないわ!』
どうやら察する所があるらしく、皆まで言う前に拒否されてしまった。
「あら、随分嫌がるのね。木村一春君だっけ?見た目は良いのに」
他の女子に愛想を振り撒いているだけあり、一春はそこそこイケメンだ。
だが朝香はよほど嫌なのか、普段より声を荒げている。
『だからぁ、嫌だって言ってんでしょ!?全く冗談じゃないわ!私が1番嫌いなタイプよ!アンタもそのこと知ってるでしょ!?』
「わ、わかった」
まるでからかわれた小学生の様な反応だ。
朝香があの生徒に嫌悪感を抱いているのは理解したが、これからもあんな態度を取り続けるのは、朝香にとってマイナスでしかない。
「取り敢えず、一緒にやることになったなら、表面上は仲良くやらなきゃね。嫌いって感情だけで行動して許される年じゃないんだから」
ご飯の最中は、朝香達の話題も上った。
夢美の手前、不快感を露にすることはなかったが、皆、朝香のことを怖いと言っていた。
この場合に口にされる怖いは、感じが悪いという意味合いだ。
『わかったわよ……。気を付ける』
「そうね。他のクラスの人にまで悪印象を持たれるのはマイナスでしかないから」
朝香が今望んでいるのは、自分の意見ははっきりと言い、周りに左右されない人間だ。
だが勿論、嫌われたいと思っているわけではない。むしろ逆だ。
「そういえばね、西君はやっぱり、朝香が思っていた様な人じゃなかったわよ」
解散したのは午後7時くらいだったが、晃司はわざわざ最寄り駅まで送ってくれた。
ご飯の席でも、女とばかり仲良くしている印象もない。
恐らく、生まれながらにリーダーシップを持っているだけなのだろう。
『西?──あぁ、心理の彼氏の事?珍しいわね。アンタが男に送って貰うだなんて』
「そう。不思議なのよ。あの人、近くにいても平気なの。気分が悪くならなかったのはパパ以来かもしれないわ」
夢美は、昔から特殊なアレルギーを持っていた。
それが発症したのは小学生高学年の時で、長年通院していた医者から命名されたのは『男性アレルギー体質』というものだ。
なんでも、男性ホルモンや男性化粧品・整髪料に多く含まれる成分に過剰な拒否反応を示してしまうらしい。
血の繋がる異性に対しては比較的軽い症状だが、化学的な成分には反応してしまう為、父や心理は男性用の整髪料やデオドラント製品は一切使用していない。
このままでは誰とも結婚ができないと懸念した母により、昔は何度も通院と検査を繰り返した。
だが努力も虚しく、未だに原因不明のままで、有効な治療や薬に出会えていない。
その為、中学から女子校に通っていたのだ。
男子生徒に近付かれなくとも、僅かなアレルギー症状(肌の痒みや赤み、胸のむかつき)が出る。
だが、何故か晃司に関しては、あんなに派手な装いなのに、全くアレルギー反応がでなかった。
『そりゃよかったわね。あんなにガッツリ髪も染めてピアスもしてんのにさ。私は生理的拒否反応がおきるわよ』
「朝香は本当に好き嫌いが激しいわね」
自分だって、見た目だけなら晃司寄りなのに……と心の中で呟く。
『まぁ、他人の男と仲良くなれて良かったじゃない。でも、アイツに手を出したら、心理にキレられるわよ』
「まさか。そんな事あり得ない」
思わず吹き出してしまった。
相手はゲイで、さらに従兄弟の恋人なのだ。
いくら男に免疫がないからといって、そんな人を好きになるはずがない。
「心配しないで。西君は友達よ。それにいくらなんでも、心理の彼氏に何かするだなんて」
『まぁ、それなら良いけど。とにかく次は私も一緒に行くからね。絶対に誘いなさいよっ。じゃあね!』
そう言うと、朝香はおもむろに電話を切る。
「全く。変な所で心配性なんだから」
ホーム画面に戻ると、通話中にきていたと思われるメッセージ通知がいっぺんに鳴った。
その中には、ちょうど話をしていた晃司のものもあった。
今後何かと連絡を取り合う機会があるだろうと、帰り際に交換したのだ。
(他のクラスの人も……。みんな良い人で、本当に良かった)
発信者は皆、代表の生徒だった。当たり障りのない挨拶と、これからよろしくという内容だ。
恐らく晃司のも似たようなものだろうと思っていたのだが、内容は少し意外なものだった。
「……相談?」
思わず呟く。
晃司から来ていたのは、相談があるから、明日の放課後に時間をくれないかというものだった。
(西君が私に相談なんて。まさか、心理の事かしら)
他に思い付く事がない。取り敢えず夢美は、そのメッセージに了解した旨の返事を送った。