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私はあなたを真似る  作者: 石月 ひさか
新しい日常
37/37

ヘルメット

土曜日。夢美は鼻歌を歌いながら、鏡の前で化粧をしていた。


今日は哲也と恋人になってから初めてのデートだ。


先日晃司から持ちかけられたダブルデートの為に、専用のヘルメットを買う予定だ。


本当は話が出た当日の放課後に行く約束だったが、後から晃司に咎められたのか、やっぱり次の休みにゆっくり見ようと提案されたのだ。


「どう?この服装、おかしくない?」


バイク屋でヘルメットを買ったあとは、そのまま軽くツーリングに連れて行ってくれるらしい。さすがにいつものワンピースやスカートで行くわけにはゆかず、朝香の(比較的控え目な)服を借り、着替えを繰り返している。


「バイク屋に行くだけなのにえらい気合いの入り様ねぇ。そんなモンで良いんじゃないの」


最終的に落ち着いたのは、細身の黒いパンツと白いレースのチュニックだった。シンプル過ぎるかなと思ったが、朝香の持ってきた服はどれも派手すぎて、とてもではないが似合わなかったのだ。


「だって初めてのデートなのよ。おかしな格好はしていけないじゃない」


「大丈夫よ。アイツはどんな格好してたって『夢はホンマに可愛いなぁ!』とか言うわよ」


朝香は鼻で笑い、哲也の口真似をする。その様子はどこか怒っているように見えた。


「もしかして私と哲ちゃんのこと、認めてくれていないの?」


哲也は夢美にとって初めての彼氏だ。その為、1番の親友兼いとこの朝香に認めてもらえないのは悲しい。目を伏せながら呟くと、朝香は「はぁ?」と声を上げた。


「誰もそんなこと、言ってないじゃない」


「そうだけど……。朝香は哲ちゃんの事、あまり好きじゃないんでしょう?だからもしかして──」


「そりゃ私はあんなエセ関西野郎も西晃司も好きじゃないわよ。だけどだからってアンタ達の恋愛に口出しするつもりなんかないわ。認めるとか認めないなんて考えもない。ただ私はアイツ等が嫌いだから、こーゆーリアクションになるだけなの。この位は許してくれたって良いでしょ」


フンと鼻を鳴らし、そっぽを向く。どうやら夢美と心理はつくづく朝香が嫌う人間を好む傾向にあるようだ。


「そうね。わかったわ。おかしな事言ってごめんなさい。じゃ行ってくるね。服は今度返すから」


「はいはい、行ってらっしゃい」


朝香に見送られ、家を出る。待ち合わせ場所は以前一緒に歩いた事がある、哲也の地元の公園だ。


「早く着き過ぎちゃったかな」


ベンチに座り、時計を見る。待ち合わせ時間は12時だが、まだ時計の針は11時半を少し過ぎた辺りにある。


「初めてのデートだから緊張してるのかしら。おかしな事しなきゃ良いけど……」


ついついテンションが上がってしまい、哲也にドン引きされるような事は避けたい。時間になるまで近くを散歩していようかなと思い立ち上がると、目の前に見知らぬ男が2人立った。


「?」


一体何だろうと思い、距離を取る。男は夢美を見定めると、パッと明るい表情で話しかけてきた。


「こんにちはー!お姉さん何してんの?」


「もしかして友達と待ち合わせ?良かったら一緒に飯行かない?」


「えっ」


目を丸くし、固まる。


朝香と一緒に街を歩くと、毎回といっても過言ではない程ナンパにあう。しかし彼らの目的は朝香の為、あしらいもすべて朝香が行っていた。その為、直接声をかけられると、どうすれば良いかわからない。


「そんな警戒しないでよ。俺等全然そーゆーんじゃないし」


「そうそう。暇だったからさ、お姉さんと遊びたいなって思っただけだって。勿論奢るからさ、友達が来たら一緒に行こうよ」


「ほんなら、遠慮なく食わせて貰おか」


横から声がして振り向く。そこには哲也が立っており、男達は小さな声で「げっ」と呟いた。


「俺がそこの姉ちゃんの連れや。飯、奢ってくれんのやって?ほんなら4人で行こか」


笑みを浮かべ、がっしり2人の肩に手をかける。


「いや、すんません。兄さんの彼女とは思わなくて!」


哲也の風貌を見てヤバイと思ったのか、2人は腕を振り払うと、猛ダッシュで逃げていった。


「ふん。人の彼女に気安く話しかけんなや。大丈夫やったか?」


「うん。ありがとう。でもどうして……。まだ時間は早いのに」


時計の針はまだ40分を差している。哲也は恥ずかしそうに笑うと、頭を掻きながら「早く来すぎてしもたんや」と呟く。


「初デートやろ?遅刻したらあかん思て。夢も早すぎやん。もしかして俺とおんなじで緊張して早く来てしもたとか?」


なーんてな、と笑うが、夢美は小さくうなずいた。


「実は、そうなの。私、デート自体が初めてだから、その……。早く来すぎちゃった」


赤くなりながら呟くと、哲也は奇声のような声を上げて抱き付いてきた。


「ほんま可愛いなぁ!お互い緊張してとか、なんや俺等中学生みたいやん!」


「確かにそうね。本当、恥ずかしいな」


身内以外の温もりが嬉しく、微笑みながら背中に腕を回す。暫くそうして目を閉じて浸っていると、哲也は恐る恐る呟いた。


「な、なぁ。ハグは嬉しいんやけど……そろそろ行かへん?」


「あっ、ごめんなさい」


慌てて手を離し、離れる。


ついつい、公共の場で抱き合ってしまった。誰かに見られていないかなと、辺りを見回す。


「そういえば、バイクは?駐輪場に停めてきたの?」


「あぁ、いや。昨日のうちにバイク屋に預けてん。押して歩くのもダルいし、夢を乗せる事もできへんから。すぐ近くやから、歩いていけるわ」


「そう。じゃあ、少し早いけど、行きましょうか」


軽く手櫛で髪を直し、歩き出すと、後ろから腕を掴まれた。


「どうしたの?」


「荷物、俺が持ったるよ」


「え?あ、ありがとう」


どうやらバッグを持つと言ってくれているらしい。大して荷物は入っていないが、せっかくなので手渡す。 しかし哲也は何か言いたそうに立ち尽くしたままだ。


「どうしたの?」


「手ぇ、繋がへん?」


カップルなのだから、確かに手を繋がないで歩くのはおかしいだろう。


気恥ずかしく感じたが、小さく頷いて右手を差し出す。


哲也は満面の笑みを浮かべると、その手を優しく握り、一緒に公園を後にした。


やって来たのは徒歩10分程の場所にあるバイクショップだった。カー用品なども取り扱っているらしく、ワイパーやオイル、芳香剤なども並んでいる。店の横では修理もしているらしく、小さな工場のような建物が隣接していた。


「メットはこの奥なんや。やっぱ可愛いのがえぇよな。カラーは後から変えられるから、好きなデザイン選んでや」


「う、うん」


バイクショップには初めて来たため、並んでいる商品全てが珍しい。キョロキョロと店内を見回しながら奥へと進むと、ずらりとヘルメットが並ぶコーナーがあった。


「わぁ。すごくたくさんあるのね」


「一応バイク本体も取り扱ってるからなぁ。メットは必需品やし」


「かっこいいものがたくさん。どれが良いのかな?」


「男ならフルフェイスとか、ストリートとかあるんやけどなぁ。夢ならこっちのレディースがえぇんやないか」


手前には黒がメインのカラーばかりだったが、レディースのコーナーには白やピンクが目立つ。しかも花やレースなどの可愛いデザインがプリントされている。


「フルフェイスはちょっとあれやし、ジェットタイプかハーフタイプがえぇかなぁ。なんか好きなデザインあるか?」


「これが可愛い」


選んだのはセミジェットで、後ろに黒いツタ模様が入ったピンク色のものだった。


「えぇやん!夢にぴったりや。被ってみ」


「うん」


デザインも色も好みだが、手を伸ばした先にある値札を見て驚いた。


「い、16000円!?こんなに高いの?」


「メットは頭を守るもんやし、こんくらいは普通やと思うわ」


「そうなんだ……」


お金は持ってきたが、こんなに高いとは思っていなかった。買えなくはないが、これだとこの後の手持ちがなくなってしまう。


ヘルメットを持って悩んでいると、それに気付いた哲也が声を上げて笑った。


「あはは!まさか、自腹切るつもりやったん?これは俺からのプレゼントやから、値段は気にせんでえぇよ」


「でも、私がつけるものよね?哲ちゃんは普段使わないのに」


「それ言うたら、夢も俺のバイクに乗るときしか使わへんやん。自分の彼女のモンに金払うんは当然やろ?それにこれは初デートの記念や。せやから気にせんでえぇよ」


「ありがとう。じゃあ被ってみるわね」


実際に頭に被ると、思っていたより重たいと感じた。首に少し負担がかかるし、息苦しいと言うか──。


「意外と重たいのね」


「まぁ、慣れんうちはな。ちょっと大きいな。別のサイズないか聞いてみるわ。あ、おっちゃん。ちょっと来たってや」


哲也が声をかけると、奥から店主らしき中年の男がやって来た。


「おう、哲也。お前が彼女連れて来るなんて珍しいな。今度の女はバイクに乗せんのか?」


「いらんこと言うなや!これと同じやつの小さいやつ持ってきてや。ちょっと大きいんや」


「あぁ、それなら多分裏にあるわ」


男はバックヤードに引っ込むと、ビニールに包まれた同じヘルメットを持って戻ってきた。


「これなら多分大丈夫じゃねぇか。ほら、アンタ。こっち被ってみな」


「は、はい」


急いで被っていたヘルメットを脱ぐと、店主は目を丸くした。


「どう、かな?」


「おう、ばっちりやん。違和感とかないか?」


「うん。多分、大丈夫だと思う」


「色はこれでえぇんか?」


「うん。この色が好き」


「よっしゃ。ほんならこれ貰うわ」


振り向くと、突然店主は哲也の肩に腕を回して引き寄せた。


「おい。今度の彼女はえらい美人さんじゃねぇか。どっかのお嬢さんを騙してんじゃないだろうな」


「はぁ?んなワケあるかい!同じ学校の同級生や」


「なんだってあんな子が、お前みたいな奴と付き合ってんだよ!さては何か弱味でも握ってんな!?」


「人をヤクザみたいに言うなや!」


「?」


話は聞こえないが、哲也は何か怒っているらしい。一体何の話をしているのかと、ヘルメットを外して見つめる。


「どうしたの?」


「あ、あぁ!すまんなぁ。おい、こいつ買うからな。すぐ使うからメンテしといてや。夢は一緒に俺のバイク見に行こな!」


「うん」


肩を抱かれ、半ば無理矢理店から連れ出されてしまう。


工場では持ち込まれたバイクや車の修理をしているらしい。従業員と思われる男が、車の下に潜り込んで何やら作業をしていた。


「こっちや」


手を引かれ、工場の奥へと進む。そこには白と黒のカラーの大型バイクが停めてあった。


「これが哲ちゃんの?すごいっ」


「せやろ!ホンダのNC750Xつーやつや。バイト代貯めて去年やっと買ったんやで。中古やけどな」


「ねぇ、触ってもいい?」


「勿論」


父親も昔はバイクに乗っており、今もガレージに置いてある。しかし最近はめっきりエンジンをかけることもなく、シートと埃を被っているだけだ。


その為、父親がどんなバイクに乗っていたのかは忘れてしまったが、こんなにかっこいいデザインではなかった気がする。


「本当にこれに乗ってもいいの?」


「当たり前やん。メットも買ったし、近くの海まで連れてったるわ」


「嬉しいっ」


まさか夢だったツーリングに行けるなんて。今日は気温も高い為、この服装でも寒くはないだろう。


微調整をしたヘルメットを受けとると、早速2人は海へと向かった。


新しいヘルメットはまだ違和感があり、スポンジや塗料の匂いが強く感じた。


久しぶりに聞いたエンジン音は耳が痛くなる程大きく感じたが、道を走っているうちに慣れてきた。


「手ぇ絶対離さんといてな!」


「うん!わかったわ」


後ろから哲也の腰に腕を回し、更にぎゅっとしがみつく。車を追い越し、道路を走り抜ける。初めは少し怖かったが、それも慣れた。


「バイクって本当に素敵ね!すごく気持ちいい!」


エンジン音で聞こえないかもしれないと思いつつも、大声で話しかける。


哲也は何も言わなかったが、僅かにこちらを見て笑ったような気がした。


海へ着いたのは、それから2時間程経ってからだった。


ヘルメットを外してバイクから降りると、思わずバランスを崩して転びそうになってしまった。


恐らく、長い間慣れない姿勢で座っていた為だろう。


「おっと、大丈夫か?」


「ありがとう。すごく楽しかったわ。やっぱりバイクって素敵ね!」


「バイクの早さと爽快感に取り付かれたら、車には戻られへんくなるよ」


小さく笑うと、2人のヘルメットを持って砂浜へと降りる。


「ちょっと陽が傾きかけとんね。夕陽が見れれば綺麗やろなぁ」


「でもこれも素敵よ。こっちに座りましょう」


手を引き、岩場に並んで腰を下ろす。


風が吹き、潮の香りがした。


「はぁ。気持ちいい。もう少し暖かくなったら、海水浴にもいってみたいわね」


「お!えぇなそれ。あ、せやけど自分、海水とか大丈夫なんか?その、肌とか」


どうやらアレルギーの事を心配してくれているらしい。


「多分、海水は大丈夫よ。私がアレルギー反応を起こすのは、男性化粧品とか整髪料とか……。あと、男性ホルモンもあるのかな?原因はわからないんだけど」


今まで皮膚科でアレルギー検査をしたり、血液や内蔵系の検査も何度もしてきた。


だがいまだに原因も病名もわからず、そういうものだと受け入れるしかなくなった。


「そんなら、なんで俺は平気なんやろな?実は俺、女やったんやろか?」


「あははっ。まさか」


思わず吹き出してしまった。夢美は、そっと手を重ねる。


「理由なんて何でもいいの。私が哲ちゃんに触れられる。それだけで嬉しい」


哲也はぎこちない動作でそれを握り返すと、ぽつりと呟いた。


「……さっきはすまんなぁ。おっちゃんがいらんこと言うて」


「何か言っていたの?私には聞こえなかったわ」


恐らくあの時のひそひそ話の事だろうと思い、首を傾げる。しかし哲也が心配していたのはその前の話らしい。


「いや、それやなくて……今度の彼女はバイクに乗せんのかとか言うとったから」


「あぁ」


そういえば、そんな事を 言っていたかもしれない。しかし気にならなかった為、そのまま聞き流していた。


「前の彼女はバイクには乗せなかったのね。私、無理言っちゃったかな」


「ち、違うんや!そーゆー意味ちゃうんくて。嫌な気ぃさせへんかったかなって」


「どうして?」


「なんつーか、その、やっぱ元カノの話とか聞きたないやん?俺もぶっちゃけ、夢の元カレの話とかは聞きたないし」


「そんなことを気にしていたの?大丈夫よ。哲ちゃんは過去に彼女がいたのは当たり前だろうし、今は私の彼氏なんだから気にしないわ」


どうやら見た目のわりに、気にしすぎる性格のようだ。


笑いながら言うと、哲也は僅かに赤くなった。


「そんなんストレートに言われたら恥ずかしいわ。なんや、元カレの話なんか聞きたくないー言うた俺が小さい人間に感じるやん」


「大丈夫よ。私の元カレの話なんてできないもの。言ったでしょ?哲ちゃんが私の初めての彼氏なの」


「……!」


哲也は声にならない声を上げると、再び抱き付いてきた。


「俺、絶対夢ん事大事にするわ!」


「私も哲ちゃんの事、大事にする」


肩に頭を乗せて答えると、不意に頬に手を添えられた。


「夢美」


「……」


顔を上げ、目を見つめる。何をしようとしているのか察し、思わず目を反らしてしまった。


「キスしてえぇか?」


「うん」


小さく頷くと、引き寄せられ、唇が重なる。


知識としては知っている筈なのに、どうすればいいかわからずにぎゅっと目を閉じる。


「ちょっと口開けてや」


親指で顎を押され、僅かに口を開く。口内に生暖かいものが入り込み、一瞬パニックになりかけた。


「んっ……んんっ……」


舌を絡め取られ、思わず身を引く。しかし腰に回した手に引き寄せられ、深く口内に入ってきた。


「哲ちゃん、待って……ちょっと、止めて」


息継ぎの合間に呟くと、哲也はハッとしたように体を離した。


「ご、ごめんな!つい夢中になってしもて……」


「それは、良いの。だけど私、したことないから……どうすればいいかわからなくて」


いつの間にか自分の顔が真っ赤になっている事に気付いた。顔だけではなく、耳も首も熱い。


「も、もしかして今のファーストキスなん?」


「そ、そうよ。だって、したことないから……」


高3にもなってキスが初めてなんて恥ずかしい事かもしれない。


哲也の顔を見る事ができず、俯いてしまう。


「2回も同じ事言うんはアレやけど……夢ん事大事にするわっ!」


「!」


強く抱き締められ、無意識に頬が緩む。


背中に手を回して抱き合っていると、いつの間にか水平線に夕陽が沈んでいく最中だった。


「見て。すごく綺麗ね」


「ホンマやなぁ。あぁ、もうこんな時間か。ついつい長居してしもた。自分、腹減ってないか?」


「あ、そうね」


時計を見ると、いつの間にか18時を差していた。確かにもうそろそろ夕飯の時間だ。


「お腹すいた」


「せやろ。せっかくやし、飯食って帰ろうや。近くにうまい店あるんや」


「うん。行きましょう」


立ち上がり、バイクを停めてある場所に戻りかけた時、ふと思い出した。


「そういえば、先に海に来ちゃったわね。晃司達と約束していたのに」


今日はもともと、海にダブルデートをしに行く為に、ヘルメットを買いにきたのだ。


だが結局、先に2人で来てしまった。


「まぁ、えぇやん。デートは別ん所行こうや。でも一応、晃司達には黙っといてな」


「そうね」


もう海に行ってしまったと知ったら、晃司がガッカリしてしまうかもしれない。


指を絡めて手を繋ぐと、再びバイクに乗り、海を後にした。


「ただいま」


20時。バイクで家の近くまで送ってもらい、靴を脱いで玄関に上がる。


「どこに行っていたんだ?」


するとリビングから、渋い顔をした父親が顔を出した。


「パパ。今日は早かったのね」


「こんな時間までどこにいたんだ?」


「こんな時間って……。まだ8時よ?」


昔から特に門限は決められていないが、高校生の帰宅時間としてはまだ早い方だ。


しかし最近は殆ど夕食前に帰宅していたため、父親はあまりよく思っていないらしい。


「最近は暗くなるのも早いんだから、あまり遅くなるんじゃないぞ」


「わかってるわよ。だから、そんなに遅くなっていないじゃない」


京都にいた時はそんな口煩い事は言わなかったのに。


共学校に転校してきてから、何故か行動を制限しようとする言葉が増えてきた気がする。


「パパは心配してるんだよ。学校には男もいるし、東京は何かと物騒だろ。今日は誰と出掛けていたんだ?朝香ちゃんか?それとも──」


「あなた。心配しすぎよ」


後ろから母親が現れ、軽く父親を諌める。


「だって心配だろう。年頃の娘が夕飯も食べずに。せっかく早く帰って来たのに──」


「全く。もう高校生なのよ?いつまでも小学生みたいな扱いして……。そんなんじゃ夢美に嫌われるわよ」


「え!?夢美、パパの事嫌いなのか!」


「そんなこと、あるわけないじゃない」


父親の過保護っぷりには、毎度の事ながら頭を悩ませてしまう。


前の学校であんな事があり、心配してくれるのは嬉しい。だが、最近は少し息苦しさも感じてしまう。


「ほらほら、あなたはこっちに来て。夢美、お風呂入っちゃってよ」


「わかったわ」


苦笑いを浮かべ、荷物を置く為に部屋へ向かう。ベッドに横になると、早速哲也にメッセージを送った。


『今日はありがとう。とまても楽しかったわ。また、バイクに乗せてね』


『俺も楽しかったわ!次はどこに行こか?考えといてな。愛してるで』


「……」


返事を見ながら、思わず笑みを浮かべてしまう。


「夢美ー。早くお風呂に入りなさい。お土産にケーキ買ってきたんだぞ。一緒に食べような!」


「はぁい」


1階から父親の声がした。


この調子だと、両親──特に父親には、彼氏ができた事は当分言えないだろう。


(パパに哲ちゃんの事がバレたら大変ね。きっと卒倒しちゃいそう。気を付けなきゃ)


昔から、心理の両親は過保護だと思っていたが、うちの父親も大概かもしれない。


(そういえば、心理は晃司とのこと、叔父さんや叔母さんにはどう話してるのかしら?)


心理の場合は両親が両方心配性で過保護だ。彼女ならばまだしも、彼氏ができたなんて知られたら、大変な騒ぎになるのではないか。


(今度、心理に聞いてみようかな)


できれば、朝香がいない所で。


「夢美ー!」


「はぁい!今行く」


着替えを持つと、深い溜め息を吐いて浴室へ向かった。

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