報告
学校のある日の朝は辛い。
特別面倒な行事等がない日であっても、やはり憂鬱だ。
スマホのアラームに起こされ、夢美は渋々目を開けた。
(もう朝……。まだ寝ていたいなぁ)
欠伸をしながらスマホに手を伸ばし、アラームを止める。
そのまま寝ている間に来ているメッセージをチェックしていると、その中に哲也のものを見つけ、思わず飛び起きた。
『おはよう。学校で夢に会えるの、楽しみにしてるで!』
(哲ちゃん!そうだ……私達付き合ったんだ!)
あんなに嬉しい事だったはずなのに、寝惚けて忘れてしまっていた。
学校に行けば彼氏に会える。
そう思った瞬間、一気に嬉しい気持ちになった。
(早く着替えて行かなきゃ!あ、その前に返事しなくちゃ)
同じくおはようの挨拶を返すと、制服に着替えて1階に降りる。
身支度を整え、朝食を食べていると、チャイムが鳴った。
「おはよう、朝香ちゃん。夢美、朝香ちゃん来たわよ」
「今行くわ」
鞄を持って家を出ると、いつもの様に朝香と一緒に学校へ向かう。
なんてことのない、いつもの日常だが、早く学校に行きたくてたまらない。
そんな夢美を、朝香は訝し気に見ている。
「アンタ、朝から随分テンション高いわね」
「え?そ、そうかな」
「ニコニコ笑いながらスキップしそうな勢いじゃない」
「あはは……。まさか」
話ながら、ふと悩んだ。
朝香にはまだ、哲也との事を話していない。
勿論秘密にするつもりはないのだが、日々の会話から、朝香は哲也とあまり仲が良くないのを知っていたからだ。
(反対されそうよね。でも黙ってるわけにはいかないし……。どうしよう)
何て切り出せば良いだろうか。
『実は京極君と付き合う事になったの』
『朝香、大事な話があるんだけど』
『私に彼氏ができたの!相手は朝香のクラスメイトの京極君!』
頭の中で何度もシミュレーションをする。
だがどんなテンションでどんな風に言っても、朝香の嫌そうな顔しか浮かばない。
悩みながら歩いていると、前方から大きな声で名前を呼ばれた。
「おーい!夢ーっ」
その声に、揃って視線をやる。
いつのまにか学校に着いていたらしく、目の前には校門があった。
そしてそこには、満面の笑みを浮かべた哲也が立っていた。
「あ、お、おはよう」
手を振り返す。
駆け寄ろうと思ったが、朝香を置いて行くわけにはいかない。
「なにアイツ。なんでアンタの事を呼び捨てにしてんの?ってか、いつの間に仲良くなったのよ」
朝香は、晃司に紹介された事や、友人として仲良くしていたことも知らないらしい。
話すタイミングを逃していたのだが、てっきり心理辺りが言っていると思っていた。
哲也はこちらに駆け寄ると、そのまま夢美を抱き締めた。
「今日もめっちゃ可愛いなー!」
「ちょっとアンタ、なにやってんのよ!?」
それを見た朝香は声を上げ、勢い良く哲也を引き剥がした。
「なんやねん!」
「アンタ、今自分が何したかわかってんの!?夢美、大丈夫なの!?」
「だ、大丈夫よ。……あのね、朝香。話したいことがあるの」
「は?何よ急に」
もしやこれは、最悪の展開かもしれない。
朝香の顔色を伺いながら、恐る恐る言う。
「実はね、私達付き合う事にしたの」
「……はぁ?」
呟くと、朝香はギロリと哲也を睨む。
「せやで!俺と夢はカップルなんや。せやから抱き締めるくらいはえぇやろ」
「あのね、哲ちゃんはアレルギー反応がでなかったの!それで、昨日から付き合う事になったの」
「……」
朝香はただ黙って、こちらを睨み付けていた。が、急に興味を失った様に「あっそ」と呟いて立ち去って行ってしまった。
「なんやアイツ。ちゅーか夢、アイツと仲良かったんか?」
「うん。朝香も私の従姉妹なの」
「え!?そうなん?あ……せやけど確かに、アイツも苫記っちゅーもんな。知らんかったわぁ」
「行きましょう」
朝香のあの様子から、怒っているのはわかったが、今は余計な事は言わずに、そっとしておいた方が良い様な気がした。
「聞いたぞ夢美!哲也とのこと!」
教室に入った瞬間、嬉しそうな表情を浮かべた晃司が駆け寄ってきた。
「いやぁ、本当に良かった!俺も嬉しいよ。哲也と夢美が──」
「ちょっと来て!」
隠すつもりはないが、さすがに教室に響き渡る声で発表されるのはまずい。
晃司の腕を引くと、急いで廊下へと飛び出す。
「どうしたんだ?」
「あんなに大声で言わないで。あれじゃあ教室中に知れ渡っちゃうわ」
「え?あ、そうか。ごめんごめん。でも、本当に良かったよ。哲也から付き合う事になったって聞いて、すげー嬉しくてさ!」
晃司は目をキラキラさせ、まるで自分のことの様に喜んでくれている。
それを見て、夢美も無意識に表情が和らぐ。
「ありがとう。だけど正直、付き合うってどうすれば良いかわからないの。その──今まで、彼氏とかできたことがないから」
改めて人に告げるのは恥ずかしいが、体質と環境のせいで、今まで彼氏は愚か、仲の良い異性もいなかった。
強いて言えば心理位だ。
その為、彼氏という存在の意義はひどく漠然としており、具体的なイメージが掴めない。
「あぁ、そうか。確かに夢美には初めての彼氏だもんな。哲也もそのこと、わかってるんだろ?」
「多分……。私の体質の事は知っているから、大丈夫だとは思うけれど」
「なら大丈夫だって。恋人の雰囲気とかなんてさ、実際に経験してみないとわかんないもんだし」
「う、うん」
経験と言われると、どうしても生々しいことを考えてしまう。
夢美も年頃だ。
高校生のカップルがどんなことをするのかはわかっているし、彼氏ができたということは、一般的にどういうことなのかもわかっている。
だがそれが自分も経験するのだと思うと、無性に恥ずかしくていたたまれなくなってしまうのだ。
そんな夢美の心情には気付かずに、晃司は嬉しそうにあれこれアイディアを出してくる。
「今度、心理と4人でダブルデートしないか?ほら、夢美はバイク好きなんだよな?哲也も免許あるし、ツーリングで海とか行ってさ。あ、その前に夢美専用のメットも必要だな!?よし、今日早速バイク屋行こうぜ!」
「ちょっと待って。ツーリングは確かに行きたいけど、勝手に私たちだけで決めるわけには──」
そう言いかけた時、廊下の奥から哲也がやって来るのが見えた。
目が合うと、哲也は険しい顔で廊下を走り、こちらへ近付いて来た。
「晃司!お前、夢と何しとんねん!」
「うお!?」
哲也は2人の間に入ると、嫉妬を露にして晃司に食って掛かる。
「なに、俺のいない間に夢美と2人っきりになっとんねん!大丈夫か?こいつになんかやらしいことされんかったか!」
「ま、まさか。今ね、晃司に話をしていたの。その──哲ちゃんとのことを」
「俺の事?まさか悪口か!?」
「違ぇよ。今度、バイクでダブルデートしようって話だよ。そうだ、お前さ、夢に専用のメット用意してやれよ。それで、海とかに行こうぜ」
晃司の言葉に、哲也は少し考える様な表情を浮かべた。が、すぐに満面の笑みを浮かべる。
「それえぇな!せやったら早速、メット買いに行こうな!夢にはやっぱピンクの可愛いやつが似合うやろなぁ。あー!せっかくやしバイクもメンテしてもらわな!ほんなら今日いったん一緒に家まで来てバイクで店に……あ!あかんかった。メットないんやもんなぁ。あぁ、だったら行きは押してくから、帰りは買ったメットで家まで送るわ!」
一気に話を進められ、相槌を打つ暇もなかった。
ぽかんとしている夢美の横で、晃司は苦笑いを浮かべて「自分よりテンション高い奴いると下がるなぁ」とぼやいた。




