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謝罪と


(あれは一体何やったんやろ)


翌日、遅めの登校をした哲也は、教師に叱られて廊下に立っていた。


1時間目の現国の教師は今時古い人間で、遅刻や宿題を忘れた生徒は容赦なく廊下に立たせる。


毎度の事で慣れていた為、素直に昭和の小学生の様に廊下に立ち尽くす。


(あのまま、無事に帰れたんやろか。連絡もあらへんし)


あの後すぐに、体調を案じるメッセージを送ってみた。だが返事は愚か、未だに既読すらつかない。


晃司に聞いた所、ちゃんと登校はしている様なので、恐らく体調不良などではないのだろう。


(未読無視……。まさかブロックされたんやろか。昨日の事で喧嘩っ早い痴漢野郎やと思われて──)


サラリーマンを殴ったのは不可抗力だし、夢美に触ったのだって下心は一切ない。


だがもしもそれを誤解されていたとしたら。


(そんなん、あんまりや!どうにかして誤解を解かんと!)


いっそ昼休みにでも会いに行き、直接弁解しようか。それとも今は大人しくしておいた方が良いだろうか。


中庭の向こうをぼんやりと見ながら考えていた時だった。


足音が聞こえて視線をずらす。


そこには教材の様なものを持った夢美と見知らぬ女子生徒がこちらへ歩いて来る所だった。


遅刻して廊下に立たされているなんて格好悪い。


きっと向こうは気付いているだろうが、気まずくて無意識に目を反らす。


2人は会話らしい会話もなく、黙ってこちらへやって来た。そしてすれ違う瞬間、夢美が何やら囁いてきたのが聞こえた。


「放課後に公園に来て。話したいことがあるの」


小さな声だったが、哲也の耳にははっきりと聞こえた。前を歩く女子生徒にも聞こえたらしく、きょとんとしながら振り向く。


「今、何か言った?」


「ううん。早く行きましょう」


背中を押すと、逃げる様に小走りで立ち去って行く。


それを見送りながら、頭の中ではずっと、囁かれた言葉が木霊していた。


放課後。


哲也はホームルームが終わると同時に教室を飛び出した。


具体的に何時に、公園のどことは言われていない。


だがあの公園は自分が夢美に告白した場所でもある。


だとしたら、場所は必然的に決まっている。


「さすがに早すぎか……」


やって来たのは、2人で座ったベンチだ。


腰を下ろすと、落ち着くために深呼吸を繰り返す。


(話ってなんやろ。やっぱ昨日のあれやろか。喧嘩した事か?それともまさか……)


今日1日、ずっとその事ばかりを考えていた。


そのせいで瀬戸には嫌みを言われたし、教師にも何度注意されたかわからない。


「こんな早くに着いて、俺も大概アホやなぁ!あー。もしも来なかったらどないしよ!」


それに、話があるというのも引っかかる。


今この状況下では、良い話しなど一切想定できない。


頭を抱えてベンチでうずくまっていると、不意に目の前に人の気配がして顔を上げる。


「突然ごめんなさい。それに、待たせてしまったみたいで」


そこにはいつの間にか夢美が立っており、目が合うと気まずそうに僅かに伏せた。


「いや、俺が無駄に早く来すぎただけなんや。──取り敢えずその、座らへんの?」


このまま目の前に立たれたままというのも居心地が悪い。


夢美は小さく頷くと、恐る恐るといった様子で隣に腰掛けた。


(やっぱ警戒されとるんやろか。あれはホンマに違うねんて!)


夢美は何も言わずに黙って地面を見つめている。両手は膝の上に乗せているが、スカートを握り締めている様にも見えた。


「あの……話って?」


沈黙に耐えきれず、恐る恐る問う。


夢美は顔を上げてこちらを見ると、また、僅かに目をそらした。


「私、京極君に謝らなきゃならない事があるの」


「へっ?」


意味が分からず、思わず間抜けな声を上げてしまった。


夢美は俯きながら言う。


「私、ある事をずっと黙っていたの。隠しているつもりはなかったのだけど……。そのせいで京極君を傷つけてしまって」


傷つけたという言葉で思いつくのは、先日まさにこの場所であった出来事だ。


だがそれが隠し事と何の関係があるのかわからなかった。


夢美は続ける。


「実は私、男の人がだめなの。精神的な意味じゃなくて、その……肉体的な意味で」


肉体的に男が苦手と言われ、思い浮かんだのは暴行だった。


まさか彼女は、昔男に暴行をされたのだろうか。


そう考えると顔もわからない加害者に無性に怒りを感じた。


だが、肉体的の意味はそんな重い内容ではなかった。


「男の人の体臭とかホルモンが駄目で……。そばにいるとすごく具合が悪くなるの。あと、触られると前みたいに肌が拒否反応をおこしてしまって、赤くなってしまったり」


「あ、なんや。びっくりしたわ」


あまり聞いた事はないが、つまりは男性アレルギーという事だろうか。


そう言われれば確かに、夢美にはいつもある一定の距離を保たれていた様な気がする。


昨夜のサラリーマンとの一件も、あれがアレルギー反応だと言われれば理解はできる。が、しかし。


「ほんなら、俺が触った時はなんで消えたんやろ?まさか、ホンマに治癒力が……!?」


有り得ない事だが、他に説明のしようがない。自分には触れるだけで傷を癒せる力があり、それで──。


「私、男の人とは誰とも付き合う事はできないって諦めていたの。だから京極君にもあんな事を──。本当にごめんなさい」


深々と頭を下げられ、慌てて首を振る。


「そんなん気にしとらんて!せやから頭上げてや」


しかし夢美は頭を下げたまま動かない。そして、はっきりと言い放ったのだ。


「私から改めて言うわ。京極君の事が好き。それに、側にいて、触れられる男の人は初めてなの。だから……だから私と付き合って下さい」


「え!?」


その言葉はあまりにも予想外だった。その為哲也は、目を丸くしたまま固まってしまった。


────


『はぁ!?き……京極先輩と付き合うって!?』


その晩、夢美は自宅に戻ると早速心理に電話で報告をした。


互いに共通の友人がいる為、心理には夢美から、晃司には哲也から報告する事にしたのだ。


「そうなの。哲ちゃんはね、側にいても落ち着くし、アレルギーもでなかったの。それにすごく優しいし頼もしいし、面白い人なのよ」


初めて彼氏ができたテンションも手伝い、夢美の機嫌は過去最高潮だった。


ベッドに寝転がり、満面の笑みで答える。


『そりゃあの人は悪い奴じゃないとは思うけどさ……。なんでよりによって京極先輩なんだよ。つーか哲ちゃんて何?』


「何って名前よ。京極哲也だもの。京極君じゃ他人行儀でしょう?だから哲ちゃん」


『へぇ』


電話の向こうで、心理が苦笑いしているのはわかっていた。だがそれすらも嬉しい。


あの言葉は、夢美が生まれて初めて口にしたものだった。


自分勝手に傷つけ、告白するなんて厚かましいかとは思った。


だが、今まで自分を苦しめていたアレルギー反応が、哲也にはでない。


掴まれた肩が痛んだのは、単純に力が強かっただけだった。


アレルギーがでないなら、嘘を吐く必要だってない。


哲也と付き合えない理由だってない。


そう思うと、いてもたってもいられなくなったのだ。


「……今、なんて言うたん?」


哲也は間抜けな声を上げると、こちらを凝視していた。


正直、断られる事も覚悟していた。何せ都合の良い理由での告白なのだから。


夢美は真っ直ぐ哲也の目を見ると、もう一度言う。


「私、京極君が好きなの。あの時はまたアレルギーがでるって思ったから、あんなことを……。ごめんなさい。でも本当は、私も京極君が好きなの」


だがもし断られたとしても、嘘の気持ちをつき通すよりはマシだと思った。


じっと目を見つめていると、哲也はみるみるうちに顔を真っ赤にした。そして──。


「ほ、ホンマに!?ホンマに俺と!?」


「勿論、嘘なんかじゃないわ。初めてなの。一緒にいて、楽しくて落ち着けて……アレルギーも──!」


言い終える前に抱き締められ、条件反射で体が強張ってしまった。が、彼は大丈夫なんだと自分に言い聞かせる。


「それって、OKってこと?」


「勿論や!こちらこそ宜しくお願いしますっ」


「……」


無意識に笑みが零れる。


ここ数年、誰かに抱き締められた事がない為、すっかり忘れていた。


(人の体温って、暖かいのね)


この年齢になると、同性同士の触れ合いも少なくなる。


だが、これからは哲也がいる。


緩んでしまう頬を隠す様に、背中に腕を回した。






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