ごめんなさい
その後も哲也は、行きつけ・馴染みの店や場所を色々と案内してくれた。
どこも夢美が今まで立ち寄った事がない場所で、中には雀荘の様に公の場では大きな声で言えない様な場所も含まれている。
だが全て、夢美にとっては新鮮で、楽しそうに思えた。
案内をして説明をしてくれる哲也の表情が、とても楽しそうで生き生きしていたから。
(最初は合わないかなって思ったけど……。楽しいかもしれない)
すっかり暗くなってしまい、最寄り駅まで送ると一緒に夜道を歩きながら、夢美はずっと考えていた。
哲也の人柄は、晃司が言っていた通りだ。
優しくて明るくて、無邪気でまるで子供の様だ。
だが、色々気遣いもしてくれる。
小学校の頃、仲の良かった男友達によく似ている。
あの頃はまだ、そこまで強いアレルギー反応は出ていなかったし、彼らと仲良くしていたのは楽しくて居心地が良かったから。
哲也と一緒にいると、あの時の事を思い出す。
(私が普通だったら良かったのに)
前を歩き、色々と話をしてくれている哲也の背中を見つめる。
もしここで手を伸ばし、彼に触れたらどうなるだろうか。
一緒に歩いていても平気なのだから、もしかしら大丈夫かもしれない。
ゆっくり手を伸ばし、ワイシャツに触れる。が、その瞬間怖くなり、手を引いてしまった。
(馬鹿みたい)
自分は異性に触れることも、触れられる事もできない。そんな状態で愛してくれる人なんかいない。この体質を告げられた時、そう覚悟したはずなのに。
「──美ちゃん。夢美ちゃん?」
「!」
顔を上げると、そこには心配そうな表情をした哲也がいた。
「どうしたん?具合悪いんか?」
「う、ううん。ごめんなさい、ちょっとぼーっとしちゃっていて」
何気なく距離を取る。
いつの間にか住宅地や歓楽街を抜け、公園の様な場所に来ていた。
「ならえぇけど。この先が駅なんやけど……。ちょっと休憩して行かへん?」
哲也の視線の先には、外灯に照らされたベンチがあった。
「そうね。ちょっと歩き疲れちゃった」
「良かった。なんか飲み物買ってくるわ。何がえぇ?」
「じゃあ、アイスティーを」
「オッケー。ちょっと待っといてな」
鞄をベンチに置くと、財布を持ってすぐ先にある自販機に向かう。
(ずいぶん大きな公園ね)
辺りは薄暗い為、明確な広さはよくわからない。が、同じ並びにベンチがいくつもあり、自販機の向こう側には池のようなものもある。
ここは夢美の地元ではないが、同じ市内にこんな場所があるなんて知らなかった。
「はい。これでえぇ?」
「ありがとう。いくらだった?」
ペットボトルを受け取り、お金を渡そうと財布を出す。
哲也は「えっ」と目を丸くすると、声をあげて笑いだした。
「あはははっ。夢美ちゃんは、ほんまえぇ子やなぁ。俺の奢りや!気にせんでえぇよ」
「今日はありがとう。すごく、楽しかったわ。お好み焼きも、とても美味しかったし」
「……」
しかし哲也は何も言わず、なんだかそわそわした様子で手元の缶コーヒーをいじっている。
「それに、色々な場所も見れたし。京極君の地元って、面白い場所がたくさんあるのね。この公園はなんて名前なの?」
嫌な予感がする。
覚悟していた事だが、やはりあの言葉は口にされたくない。もし言われてしまうと、この関係が終わってしまうから。
もう二度と、友人として、時間を共有する事ができなくなってしまう。
その為必死に空気を作りまいとするが、哲也は夢美の問いには答えず、突然意を決した様に顔を上げた。
「ゆ、夢美ちゃん!」
「!」
と同時に肩を捕まれ、体が強張る。
哲也は真剣な目でこちらを見つめると、あの言葉を口にした。聞きたくなかった言葉を。
「俺と付き合って欲しいんや!」
「……」
触れられた肩が熱い。やはり、あの症状が出てしまった。きっと服の下では、真っ赤な湿疹ができているに違いない。
やっぱり自分は、誰とも付き合えない。どんなに好きになっても無駄なんだ。
そう思うと、無性に悲しくなった。
黙り込む夢美に、哲也は必死に続ける。
「さ、最初は単なる一目惚れやったんな。めっちゃ可愛い子やなぁって……。せやけど夢美ちゃんから会ってみたいって言われて感激して……俺の馬鹿みたいな話も楽しそうに聞いてくれて……。好きなもんとかもめっちゃ合うから、本気で好きになってしもたんや!だからどうか、俺と付き合ってください!お願いしますっ」
肩を掴む手に力が込められ、熱さを増す。その瞬間、夢美はたまらず、その手を振り払ってしまった。
「い、いや!」
ベンチから立ち上がり、捕まれていた肩をさする。
「あ、痛かってん!?すまん!つい勢いで……」
「……ごめんなさい」
「えっ」
顔は見れなかった。俯きながら呟くと、無意識に服を握る。
「私、京極君とは付き合えない」
表情は見なくとも、絶望しているのがわかる。今までみんな、そうだったから。
「俺の事、嫌いなんか?やっぱ、雀荘とか、あんな汚い店とかが──」
「違うわ。京極君の事は好きよ。楽しいし、お店も好きだった。だけど、ごめんなさい。私……付き合えないの!」
そう言うと、鞄をつかんで走り去る。
本当の気持ちと真逆の事を言うのが、こんなに辛いなんて思わなかった。
涙が流れそうになったが、ぐっと堪える。
泣くわけにはいかない。哲也を傷つけたのは自分なのだから。
自分は加害者なのだから。
「……」
1人取り残された哲也は、立ち去った夢美を追う事もできず、ぼんやりとその場に座り込んでいた。
だが暫くし、一言も言葉を発するこもなく、夢美が去った方とは真逆に歩いていった。




