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お好み焼き


2回目のデートは、3日後の金曜日の放課後だった。


いつもならば友人達と遊びに行くが、やんわりと断って校門へ向かう。


(お好み焼きなんて久しぶりだから、楽しみ)


その為にランチは少な目にして、たくさん食べられるようにお腹を空けておいた。


校門には、下校途中のたくさんの生徒がいる。


その中でひときわ目立つ金髪を探す。


「遅くなってごめんなさい。ホームルームが長引いちゃって」


哲也はまるで他校の生徒の様に、校門に寄りかかって待っていてくれた。


近付くと、スマホをポケットにしまって笑みを浮かべる。


「そんなに待ってへんから大丈夫や。ほな、行こか」


歩きながら、夢美はふとした疑問を口にする。


「どうして待ち合わせが校門だったの?クラスにいてくれれば行ったのに」


夢美は1組で、哲也は5組だ。


玄関に行くには必ず5組の前を通らねばならない。


その為、自分が哲也の教室に寄って行く流れだと思っていた。


だが、帰り際に突然待ち合わせ場所の指定があったのだ。


哲也は視線を泳がせ、ポツリと呟く。


「いや、ほら……付き合ってるなんて勘違いされたら、夢美ちゃんに迷惑かかるやろ?うちのクラス、デリカシーのない奴ばかりやし」


「そ、そう」


付き合ってると勘違いされたら困るという点については聞き流す事にした。


確かにまだ、哲也と付き合うとか、そんな風には考えられない。だが、少なくとも向こうは好意は持ってくれているはずだ。


その為、今の段階では否定も肯定もできなかったのだ。


「それにしても夢美ちゃんがお好み焼き好きだったなんて意外やったわ。よく食べるん?」


「最近はあまり。家で晩御飯として食べる事はたまにあるわ。でもやっぱりお店で食べる方が美味しいから」


そう答えると、不意に哲也は振り返った。


「なぁ、自分もしかして、お好み焼きと飯を一緒に食うタイプなん?」


「お好み焼きとご飯?家ではでないけれど、おにぎりとかとなら一緒に食べる事はあるかもしれないね」


すると哲也は目を丸くし、突然黙り込んでしまった。


よくある、炭水化物と炭水化物、つまり主食と主食で食べる事に引かれたと思い、慌ててフォローする。


「あっ。でもいつもってわけじゃないのよ。すごくお腹が空いてる時とか、ご飯が余ってる時とかね」


「せやけど、お好み焼きをおかずに飯を食える子とか初めて聞いたわ。自分やったら、大阪でもやっていけそうやな」


「そう、かな」


それが褒め言葉なのかはよくわからないが、表情から少なくとも喜んでくれているのはわかった。


(良かった。引かれたらどうしようかと思っちゃった)


そう考えた時、はっとする。


いつの間にか哲也の印象を意識している自分に気付いたのだ。


(ちょっと人の顔色を気にしすぎかな。いつもはこんな事考えないのになぁ……)


今はこの距離だから平気だが、きっともっと近付けば気持ちが悪くなってしまうに決まっている。


過去にそれで何度も失敗しているのだから。


夢美は小さく笑うと、哲也の背中を見ながら後について行った。


「ここや。俺の1番オススメの店!」


やって来たのは、住宅街のど真ん中にある小さな店だった。


珍しい収納式のひさし屋根には、大きく『福山停』と書かれている。


「すごく年代を感じるお店ね」


「あぁ。何十年も前からお好み焼き1本でやってきた老舗やねん。見た目は汚いんやけど、味はめっちゃ美味いんやで」


「確かに美味しそうな雰囲気ね」


少し汚い店の方が美味いものを出すというのは聞いた事がある。


哲也はヒビが入ったガラス戸を開け、暖簾をくぐって店内に顔を出す。


「おっちゃん、2人なんやけど」


「おう、てっちゃんか。またおやつに食いに来たのか?」


まだ開店したばかりなのか、店内に客の姿はない。


哲也は店主と知り合いらしい。


「そんなようなモンや。今日はあいつおらんよな?」


「あぁ。美佐さんは今日休みだ。──っておいおい」


夢美が顔を出すと、店主は目を丸くしてカウンターから駆け寄って来た。


「どえらい別嬪さん連れてきたな!まさか彼女か!」


「ち、ちゃうねん!ただの友達や。お好み焼きが好きやゆうから、連れてきただけや!」


哲也は僅かに赤くなりながら否定する。


夢美は黙って頭を下げた。


「いやぁ、いつもは野郎共しか連れてこない癖になぁ。てっちゃんにこんな美人な友達がいたとは知らんかったよ。おい母ちゃん!一番綺麗な席にお通ししろよ」


「はいはい」


店員の案内により、2人は一番奥の席に着いた。


目の前にはたっぷり油が染み込んだ年代物の鉄板があり、壁には日焼けした手書きのメニューがたくさん張られている。


「すまんなぁ、汚い店で」


「ううん。すごく期待できそう」


店内の雰囲気も勿論だが、壁に貼られた謎のグラビアのポスターや、入り口にあるカラーボックスに入ったマンガ本がレトロさを一層強めている。


「本当やったら、夢美ちゃんとは、同じ鉄板ゆうても鉄板焼きとかの店の方が良かったんやけど」


「あら。私、そんなお店に行った事ないわよ」


自分に求められているイメージが、あまりにも現実とかけ離れすぎている。無意識に苦笑いを浮かべ、壁にかかっているメニューを眺める。


(値段もすごく安い。きっと、学生とか、近所の人がよく来る場所なのね)


そういえば昔、地元にも同じように小さな店があり、そこで友人達とおやつを食べたりしていた事がある。


あれは確か小学生の頃で、夏休みにプールの帰りに寄り道をしたり、塾の帰りに夜食を食べたりしていた。


地元の店は駄菓子屋のような佇まいだったが、なんとなくこの店と雰囲気が似ている気がしたのだ。


「いらっしゃい。今日は何にする?」


おかみさんが水をテーブルに置き、愛嬌のある笑みを浮かべる。


「とりあえず俺はいつものやつな。あと焼きそばと、いか焼きも貰おか」


「はいはい。そちらのお嬢さんは?」


「えっ。あ、えっと……」


慌ててメニューを見直す。本場の店だからだろうか。改めて見ると、チェーン店では見かけないメニューがずらりと並んでいた。


「とりあえず私は、豚玉で。あと、烏龍茶を」


「はいよ。てっちゃんはいつも通りビー……」


「お、俺も烏龍茶で!」


恐らくビールと言ったのを慌てて遮ったのだろう。想定内ではあるが、制服姿で、しかも未成年がビールを飲むのは望ましい事ではない。


その為、敢えて聞かなかったふりをした。


「京極君は、よく来るの?」


せっかく誘ってもらったのだ。今日は前回の様に受け身ではなく、自分から話を振ってみようと思った。


哲也は軽く視線を泳がせたが、小さく頷く。


「せ、せやな。普段は男とばかりつるんどるから。夢美ちゃんは、こんな店来ぃひんやろ?」


「確かに私も、普段は女の子とばかり遊ぶから、こんな風にがっつり系のお店にはあまり来ないかもしれないわね」


夢美が遊びに行くのは、従姉妹の朝香やクラスメイトの女子ばかりだ。


男子生徒に関しては、たまに遠回しに誘われる事はあるが、校外で会ったり遊ぶことはない。


その為、ご飯を食べに行く場所もパスタやリゾット、カフェなどになってしまう。


「せやろなぁ。夢美ちゃんはこう、綺麗なオープンテラスのカフェとかでパンケーキ食べたり、ショッピングしたりしてるイメージやわ」


確かに普段の行動はそうかもしれない。だが、全てが全て、好きでそうしているわけではないのだ。


「京極君は、お洒落なカフェでランチしたり、ショッピングをしたりしている女の子がタイプなの?」


そう問うと、哲也は一瞬固まった。そしてあからさまに視線を泳がせると「せやなぁ」とぼやく。


「女の子らしい子は、可愛らしいなぁって思うんやけど。まぁ、俺がこんなんやし、なかなか向こうには好かれんっちゅーか」


「私の事も、そんな女の子だって思ってる?」


「えっ!?」


じっと上目遣いで見つめると、哲也はしどろもどろになった。


この言葉がどういう意味なのか判断できないらしい。


実際夢美も、自分がどういう意味でその言葉を口にしたのかわからなかった。


「ゆ、夢美ちゃんはその……めっちゃ可愛らしと思って……。まさか自分、そーゆー女の子はあまり好かんとか?」


「うふふ。そんな事は言ってないじゃない。ただ、京極君は私にどんなイメージを持ってるのかなぁって気になっちゃって。私は、カフェもパンケーキもお花も好きよ。でも、ラーメンも焼き肉も大好き」


そう言うと、哲也は僅かに安堵の表情を浮かべた。そしてタイミングよくお好み焼きの具材が運ばれてきた。


「おっ、きたきた。俺が焼くから、半分こしよな」


「うん」


楽しげに一生懸命にお好み焼きを焼く様子を見ていると、思わず可愛いと思ってしまった。


金髪の丸坊主で、どこかのヤンキーの様に厳つい見た目なのに。


自分の為に一生懸命趣味や好みを合わせようとしてくれて──。


「焼けたで!上手くできたこっち側をあげるわ!」


「ありがとう」


満面の笑みで半分こしたお好み焼きを差し出す姿に、夢美も笑顔を浮かべた。


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