懸念点
(晃司に何て言おう)
翌日、学校へ向かいながら、ひたすらその事ばかりを考えていた。
結局その後は哲也とメッセージのやりとりをする事はなく、代わりに心理とばかり話をしていた。
どうやら心配してくれていたらしく、部活が終わったと思われる時間から、デートはどうだったのかとか、何か危ない事はされなかったかなど、色々な事を聞かれた。
晃司もずっと気にしていたらしいので、きっと会えばどうだったかと感想を聞かれるだろう。
哲也には、危ない事は勿論、手を繋がれようとすることもなかった。
あくまでも友達同士の距離感で接してくれていたのには安心できた。
もしも手を繋ごうと言われてしまえば、傷付けない様に拒否しなければならなかった。
それは夢美にもストレスだ。
(もう少ししたら、京極君にも話しておいた方が良いわね)
今後グループで関わることがあれば、事故的な触れ合いが生じる可能性もある。
その時に驚かれない為に、ちゃんと自分の体質の事は伝えておいた方が良いだろう。
教室に入ると、早速友人と話している晃司と目があってしまった。
「おはよう」
「お、おはよう」
考えがまとまらないまま、取り敢えず席に着く。
晃司にはどう伝えようか。
楽しかったと無難に返そうか。
それとも正直に言うべきだろうか。
荷物をしまいながら考えていると、早速晃司がやってきた。
「昨日はどうだった?その、楽しかったかなって心配してたんだ」
「すごく良い人だと思ったわ。優しいし明るい人ね」
哲也の人柄に関しては嘘は言っていない。だが、楽しかったかと言われると──。
「でも私、多分京極君とは好みや趣味が合わない気がするの」
やはり嘘は吐けず、素直に答える。若干、晃司の表情が強張った気がした。
「えっ。あいつ一体どこに連れて行ったんだ?」
「最初は有名なカフェよ。そこでパンケーキとパフェを食べて……その後にイベントで、花を見に行ったの」
「カフェと花?あいつが?てか、イベントってなんだ?」
「近くの公園でやっていたイベントね。世界の綺麗な庭が再現されていて。花だけの植物園みたいな所だったかな」
晃司は吹き出すと、腹を抱えて笑い出した。
「あはははは!哲也がパンケーキと花って!似合わねぇー!」
「そうなの?」
花が好きなわけではないのはわかっていたが、そこまで大爆発されるとは思っていなかった。
キョトンとしていると、晃司は涙を拭いながら言う。
「あいつ初っ端から無理し過ぎてんなぁ。カフェだの花だのなんか、あいつの好みじゃないのに。多分、夢美が好きだと思ったんだろうな」
「私が?そんな風に見えたのかな」
なにせ哲也とはまだ、心理と晃司の話しかしていない。
趣味や好みを語り合うタイミングすらなかったのに。
「いや、まぁ……夢美はほら、甘いモンとかお花とか、ふわふわした物が似合うってイメージはあるから」
「そうなの。だから帰りに薔薇の花束をくれたのね」
やはりあれは哲也自身の好みではなく、全て自分に合わせてくれていたらしい。
哲也の様なタイプは、カフェもパンケーキも、本当は好みではなかったのだろう。
「薔薇の花束?すごいなぁ。で、次はどうするんだ?」
「そうね。お互いの話があまりできなかったからわからないんだけれど。次は京極君がいつも遊んでいる場所に行ってみたいかな。ねぇ、いつもどこで遊んでいるの?」
そう問うと、晃司は少し考える表情を浮かべた。そして「心理には内緒な」と前置きをする。
「ゲーセンとか雀荘。あとはバイクが好きだからそーゆー系の店を冷やかしたり。あ、あいつめっちゃ美味いお好み焼き屋知ってんだよ。今度連れて行ってもらえよ」
「へぇ。それ良いわね」
やはり哲也は、本当はそういうものが好きなのだと知って安堵する。
「じゃあ今度は、お好み焼き屋さんに連れて行ってもらう事にするわ」
「夢美って案外、そーゆー店も行けるんだ。案外哲也とお似合いかもしれないな」
「あはは……。そうかな」
その言葉には否定も肯定もできず、取り敢えず笑って誤魔化しておいた。
──────────
「そんでなぁ、パンケーキを食べる姿がもう可愛いのなんのって!薔薇に囲まれた時はホンマの天使かと思ったわ!」
その頃哲也は、友人の瀬戸和斗に昨日の夢美とのデートについて語っていた。
「思わず薔薇の花束なんて買うてしもてな。花束を持って歩く姿はまるで女神や。すれ違う奴らがみんな振り返ってなぁ」
うっとりしながら語る哲也を見て、和斗は鼻で笑う。
「そりゃ薔薇の花束なんか持った女子高生がいれば、みんな振り向くだろ。お前、本当にそんな物をプレゼントしたのか」
「せやで!夢美ちゃんは薔薇が大好きなんや」
「にしても花束はないだろ。少しは相手の迷惑を考えたらどうなんだ。そもそもそんなもの、お前のキャラじゃないだろう」
淡々とだめ出しをされ、哲也は無意識に拳を握り締める。
「お前は相変わらず歯に絹着せぬ物言いをするやっちゃな。確かにカフェも薔薇も俺の趣味とちゃうわ。せやけど夢美ちゃんには似合うんやからしゃーないやろ。やっぱ好感度上げるんは、相手の好みに合わせなアカンからな」
帰った後に薔薇を飾っている写真も送ってくれたし、間違いなく悪い印象は持たれていないはずだ。
この調子で距離を縮めていけば、上手くいくに違いない。
「そもそもその子、本当にカフェやら薔薇やらが好きなのか?」
予想外の問いかけに、思わず言葉を詰まらせる。
「そ、そりゃ好きに決まってるやろ。お前、夢美ちゃん見たことあらへんやん。あの子はホンマにどこかのお嬢様みたいに可愛い子なんや。髪の毛もふわふわやし、話し方や仕草も──」
「趣味が合わない子と付き合っても上手くいないと思うぞ」
「やかましいわ!!」
一刀両断され、思わず声を上げて立ち上がる。
「なんやねん!自分、俺に可愛い彼女ができるのがそんな妬ましいんか?さっきから難癖ばかりつけよって!」
だが実際、和斗には痛い所を突かれたとも思った。
一目惚れをしてついつい勢いでいってしまったが、自分は夢美が好きそうなものは全く好まない。
勿論、逆も然りだ。
夢美に合わせていけば、付き合う所まではいけるかもしれない。
だが、その後長続きするかと言われれば、あまり自信はないのだ。
「難癖じゃない。心配しているんだよ。無理して合わない女と付き合っても意味がないだろう」
「そんなんわからんやろ!俺もそのうちパンケーキが好きになるかもしれへんし──」
その時ふと、スマホからメッセージ通知の音がした。
画面に『夢美ちゃん』という文字が見え、慌てて開く。
「人と話している時に携帯はやめろよ」
和斗は不愉快そうに呟くが、無視して内容を読む。
そして、そこに書かれた文面に、思わずガッツポーズをした。
「よっしゃあ!ほら、見ぃや!」
「?」
突き出した画面には、夢美からきたメッセージが表示されている。
『昨日は本当にありがとう。次はゆっくりご飯を食べたいな。実は私、お好み焼きが大好きなの。どこか良いお店を知ってる?』
「見たか!夢美ちゃん、お好み焼き好物やって。俺と好みドンピシャやん!」
お好み焼きとたこ焼き、それにラーメンは、3食食っても飽きない程の好物だ。
それに幸い、お好み焼き屋にはオススメの店がある。
「次は夢美ちゃんのリクエストに答えて、福山停で飯やな。いつがえぇかなぁ~」
鼻歌を歌いながらスケジュールを確認する哲也に、和斗がポツリと呟く。
「福山停は確かに美味いが、大丈夫なのか?あんな汚い店に連れて行っても」
哲也はピタリと指を止め、和斗を睨む。
先からケチをつけられてばかりで気に入らない。
しかも正論なのが悔しい所だ。
確かに福山停は味も値段も抜群だが、決して清潔とは言えない。
なにせ長年通っているが、若い女の子が来ているのなんて一度も見た事がないからだ。
悩んだ末、哲也は打ちかけの文章を消し、違う言葉を入力し直す。
『めっちゃ美味いお好み焼き屋を知ってるんやけど、あんまデートには向かん店かもしれへん』
返事はすぐにあった。
『平気よ。そんなの全然気にしないわ。楽しみね』
その後に、どこで手に入れたのかお好み焼きのスタンプが送られてきた。
「見ぃや。夢美ちゃんめっちゃ楽しみにしてくれてるやん。やっぱ良ぇ子やなぁ」
不愉快そうな和斗は無視し、哲也はデレデレ顔でずっとスマホを見つめ続けていた。




