初デート
「じゃあ、後は2人で大丈夫だよな?」
「おう、任しとき!」
晃司達は部活らしく、肩に剣道の道具を下げていた。
その横では心理が同じ荷物を持ちながら、哲也を睨み付けている。
しかし当の哲也は全く心理は見ず、ニコニコ笑いながら大きく胸を叩く。
「お前の顔に泥は塗らへん!ちゃんと夢美ちゃんをエスコートしたるわ」
「随分張り切ってんな。あ、ちょっと」
晃司は哲也の肩に腕を回すと、なにやらひそひそと話をしている。
「勿論大丈夫やって。ちゃんとわかってるわ。──そんなアホな真似せぇへんて!」
「絶対だぞ。ほら、行くぞ心理」
相変わらず哲也を睨む心理の腕を取ると、ずるずると部室棟へと向かう。
「京極ー!テメェ夢になんかしたら許さねぇからな!覚えとけよ!!」
晃司に引きずられながら、心理はひたすらに叫び続けていた。
それを見送ると、哲也はこちらに振り返った。
「夢美ちゃんで合うてるよな?俺は京極哲也。5組や」
「苫記夢美です」
同学年なのに自己紹介から始めるというのも何だかおかしな話だが、初対面であるのは変わりない。
「ほんなら行こか。えーっと、取り敢えずどっかで茶でも飲みながらお話を」
「えぇ」
晃司が言っていた通り、確かに明るい性格の人だ。
茶の流れに関しては、本気なのか冗談なのかわからないので敢えて何も突っ込まなかった。
────────
2人が向かったのは、街中にある人気のカフェだった。
歩きながら哲也はひたすらスマホで調べていたらしく、彼のチョイスとしては珍しい、可愛らしい雰囲気のお店だった。
「ここはパンケーキやらパフェやらが人気やねん。えぇかな」
「うん。勿論」
甘いものは夢美の好物でもある。
店内に入ると、窓際の明るい席へと通された。
「はい、メニュー。夢美ちゃんは何食べるん?違う味の頼んでシェアしよか」
「えっ。あ、そうね。そうしましょう。えっと……どうしようかな」
人は見た目で判断できないのはわかっているが、シェアして食べたいタイプなのは意外だった。
取り敢えず夢美は1番人気のパンケーキとコーヒーを頼み、哲也はパフェとコーラをオーダーする。
料理がくる間、哲也はどこか落ち着かない様子でそわそわしていた。
無言でいるのも申し訳なく思い、夢美から話をふる。
「京極君は大阪出身なの?」
「えっ!?せ、せやな。あ……違ったわ。オカンが関西の人間なんやけど、俺はずっとこっちやねん」
「あっ、そうだったのね。関西弁だからてっきり。じゃあお母さんの口調がうつっちゃったって感じ?」
先ほどから、哲也の関西弁には少し違和感を感じていた。母親の影響なら理解はできる。
「まぁ、そんな感じやね。晃司とはいつから知り合いなん?自分──いや、夢美ちゃんはずっとこの学校やったっけ?」
その問いに、無意識に顔を強ばらせる。
「ううん。私、親の仕事の都合で転校してきたばかりなの」
勿論それは、違うクラスにいる朝香にも共通する。
「ほんなら編入やったんやなあ。道理で今まで夢美ちゃんの事知らんかったはずや。1年時からおったら、今まで気付かんはずないもんなぁ。こんな……め、めっちゃ可愛い子!」
哲也はそう言うと、また赤くなって目を反らした。
どうやら勢いはあるが、意外とウブな性格らしい。
それにつられ、夢美も無意識に赤くなる。
「晃司とはとても仲が良さそうよね。ほら、進路合宿の時に、よく一緒にいたじゃない?ずっと仲が良いの?」
「あいつとは幼稚園の時からの幼なじみなんや。他にも3組の歩って奴と、2組の瀬戸って奴もやな。なんだかんだ腐れ縁で高校までずっと一緒でなぁ」
「そうなの。私も心理とは、生まれた頃からずっと一緒なの。両親がね、仲が良いから。そういえば、京極君は朝香とも──」
そう言いかけた時、タイミング悪く料理が来てしまった。
店員はパンケーキとパフェ、飲み物を置くと、忙しいらしく素早く立ち去って行く。
「わぁ。美味しそう」
人気店なだけあり、どちらもフルーツがたくさんで美味しそうだった。
夢美が頼んだパンケーキには、表面に粉砂糖て可愛らしいキャラクターが書かれている。
「めっちゃ美味そうやなぁ」
そう言いながら、哲也は自分のパフェもこちらに差し出して来た。
早速食べようとフォークを持っていた夢美は、その行動に首を傾げる。
「食べないの?」
「写真撮らへんの?」
「写真?」
よく見ると、周りの客達は皆、嬉しそうにパシャパシャと写真を撮っている。
恐らく、今流行りのSNSに投稿する為だろう。
あいにく夢美は、その手のサービスには一切登録していない。
だが、なんとなくそうとは言えず、鞄の中からスマホを取り出す。
「じ、じゃあ1枚だけ」
綺麗に並んだパンケーキとパフェに焦点を合わせ、1枚だけ撮る。
「せや。あとでSNSのアカウント教えてや。せっかくやし俺もタグ付けしてくれたら嬉しいなぁ」
「え、えぇ。じゃあ後でね」
ここまでくると、何もしていないとは言えなくなってしまった。
帰ったらアカウントを作らなきゃならないかなと考えながら、少し冷め始めたパンケーキを口に入れた。
────────
「ほんなら次はどこ行こか」
食事を終えると同時に、哲也は逃げるようにそそくさと店を出てしまった。
話をする為にと入ったはずなのに、いつの間にかメインはスイーツを食べる事になっていたらしい。
(話をしたのってオーダーがくるまでだったし……。京極君の事は何もわからなかったわ)
パンケーキもパフェもとても美味しかったし、ご馳走してくれたのも嬉しかった。だがなんとなく、この人とは好みや趣味が合わないのではという気がしてきた。
「夢美ちゃん、なんか買い物とかないん?俺、一緒にショッピングとかできる男やねん」
「買い物?そうね……。今はないかな」
買い物は基本的に1人か朝香と行く事にしている。
それに今は、特別欲しいものも買いたいものもなかった。
「ねぇ。せっかくだから、京極君の好きな場所に行かない?普段はどんな所で遊んでいるの?」
「えっ!?俺はそのー……せやなぁ」
大した質問をしたつもりはないのに、何故か突然うろたえ始めた。
よほどおかしな場所で遊んでいるのかと思った時、突然「ここや!」と叫んで何かを指差した。
そこには『世界のガーデン』と書かれた看板があった。
「ここ!俺、花とか自然がめっちゃ好きやねん!夢美ちゃんも花とか好きやろ?」
「えぇ。花は好きだけれど──」
これは哲也の好みではないはずだ。そう感じた。
だが、そう決めつけるわけにもいかない。
「でも、世界のガーデンってなんだか興味があるわ。行ってみましょうか」
まだ時間は充分あるし、場所もここから近い。
それにちょうど、ガーデニングの花を探していた事を思い出した。
「やっぱなぁ!夢美ちゃんも花が好きやと思ってん!ほんなら行こか!」
そう言って笑う哲也の笑みは、どこか引きつっている様にも見えた。
だが、ここに行きたいと言うならばと、取り敢えずガーデンへと向かった。
「……疲れた」
夢美が自宅に戻ったのは、午後8時だった。
やはり哲也は花はあまり好きではなかった様で、色々と花の話をしてくれてはいたが、全て案内に書かれている事ばかりだった。
「どうして好きじゃないのに行こうって言ったのかしら。それにこれも」
視線の先には、花瓶に入った大きなピンクローズの花束がある。
帰り際に、哲也がプレゼントだとくれたものだ。
こんな高いものはいらないと断ったのだが、どうしても上げたいからと、半ば無理矢理渡されたようなものだった。
帰りは最寄り駅まで送ってくれたのだが、制服姿で花束を持っているのはなかなか恥ずかしかった。
「すごく良い人だとは思うけれど──やっぱり趣味は合わないかも」
友達として仲良くするにも、趣味や好みが違うと難しい。
せっかく知り合えたが、あまり深い関係にはなれそうにない。
「あ。お礼の連絡をしておかなきゃ」
あまりゆっくり話すタイミングがなかった為、連絡先を交換したのは帰り際だった。
家に着いたら必ず連絡してくれと念を押された為、取り敢えず今日のお礼も兼ねて連絡する。
『今家に着きました。これから晩御飯を食べます。今日は本当にありがとう。お花もとても綺麗で、お母さんに驚かれました』
現に出迎えてくれた母に、どうしてそんな花束を持ってきたのかと驚愕された。
部屋に飾った薔薇の写真を添えてメッセージを送ると、直ぐに既読がついた。
「早っ」
その文字を見た瞬間、思わず呟いてしまった。まさかずっと画面を見ていたのだろうか。
レスはすぐにあった。
『無事に帰れて安心したわ。俺も楽しかったで!今度はどこに行きたいか考えといてな!』
「今度かぁ……」
哲也の人柄は嫌いではない。だが、出来れば次は、晃司や心理も一緒に、みんなで遊ぶのが良いかもしれない。
取り敢えず無難なスタンプを送ると、晩御飯を食べる為にスマホを置いてリビングへと向かった。




