新たな出会い
3年の唯一の交流行事である進路指導合宿が終わり、早数日が経った。
クラスはすっかりお祭りモードが抜けており、早速学期末に行われるテストに向けて準備を始めている。
そんな中、夢美は合宿代表として知り合った他の生徒達とも交流を続けており、何人かとは都合が合えば放課後に遊びに行く程仲は深まっている。
勿論、晃司とも友人関係は継続しており、心理と3人で遊びに行く機会も増えていた。
あの後晃司には、気分が悪く八つ当たりをしてしまった事を謝罪した。
勿論、抱いていた感情については語っていない。
朝香にアドバイスを貰い、すっぱりと諦める事ができたからだ。
晃司は相変わらず優しいし、色々と気遣いはしてくれる。
だが心理と3人で過ごしてみて、それが愛情ではない事がはっきりとわかった。
明確に理由は説明できないが、目が違うのだ。
晃司が夢美を見る時の目と、心理を見る時の目。
同じように扱ってくれるが、ちょっとした仕種や言動、眼差しに違いがある。
晃司の中で、夢美はあくまでも仲の良いクラスメイトであり、それ以上でも以下でもない。
そして今では、それに不満を抱く事もないし、傷付く事もない。
ごく自然に、当たり前の事として受け入れられる。
そんなある日だった。
夢美はいつもの様に朝香と一緒に登校し、自分のクラスへと向かった。
(ちょっと遅くなっちゃった。今日は確か小テストがあるから、予習をしておかなくちゃ)
期末試験に向けてか、最近はどの授業でも小テストがある。
推薦を取るつもりはないが、やはり成績は常に平均かそれ以上にしておかなければならない。
足早に教室へ向かうと、入り口で晃司が友人と話をしているのが見えた。
「おはよう」
出口を塞いでいた為、通して貰おうと声をかける。
「おはよう。お、今日の髪型可愛いな」
今朝遅れてしまったのはこれが理由だ。
久しぶりに髪の毛をセットしたせいで、家を出るのが遅くなってしまったのだ。
「ありがとう。晃司は相変わらず、すぐに気が付くのね」
社交辞令だとしても、やはり気づいて貰えるのは嬉しい。
以前のように、過剰に反応したり、まともに受け答えはしないが。
さらりと返すと、自分の席へと歩いていく。
「それで明日の事だけど……おい?」
晃司は夢美を見送ると、話を再開させようと友人──哲也を見る。
だが哲也は、こちらには一切視線を向けず、ある一点を見つめていた。
「おい、哲也」
一体何を見ているのか。
哲也の視線を辿った先には、友人達と話す夢美の姿があった。
彼女を見つめる哲也の表情には『一目惚れをした』とはっきりと書かれている。
(まさかこいつ、夢美に──)
少し厄介な事になったかもしれない。
夢美は確かに可愛いが、心理の従姉弟だ。
それに、男に対して免疫がない上にアレルギーを持っている。
哲也の様なタイプは、もっとも警戒されるだろう。
自分も友人と呼べる様になるまで、なかなか時間がかかったのだから。
すると、哲也は突然こちらを振り返り、想像していた通りのことを言った。
「あの子誰や!?めっちゃ可愛いやん!」
「やっぱりそうきたか。──心理の従姉弟の夢美だよ」
だからおかしな真似はするなよと暗に言葉に込める。
だか勿論、哲也に察する能力はない。
「夢美ちゃん……。ぴったりな可憐な名前やなぁ。頼む!夢美ちゃんを俺に紹介してくれへんか!?」
「……」
正直、夢美の事を考えると、哲也には紹介したくはない。だが必死に頼み込んでくる友人を無碍にする事もできず、取り敢えず本人に確認してみるという約束だけはした。
「晃司の友達と……?」
放課後、夢美は突然晃司に呼び止められ、ある事をお願いされた。
何でも友人が自分の事を紹介して欲しいと言っていると言うのだ。
「あぁ。なんか、夢美に一目──いや、友達になりたいって言い出して。どうかな」
そう言う晃司の表情は、心底困っている様に見えた。
今はもう、彼氏が欲しいとか、恋愛をしたいという感じではない。
だが、今までこんな風にお願いされることがなった為、若干興味を抱いたのだ。
「その人って、男の人よね?わかってると思うけど、私、彼氏とかそういうのは」
「勿論。友達だよ、友達。あ、嫌なら嫌だってはっきり言ってくれて良いからな。俺はどっちかというと、夢美の意見を尊重したいし」
「……良いわよ」
「え!?」
返事をすると、晃司は驚いた表情を浮かべた。
「本当に良いのか?無理しなくてもいいんだぞ?」
「どんな人かはわからないけれど、せっかくそう言ってくれているなら、話だけはしてみたいかなって思って」
それに晃司の友人なら、多分悪い人ではないだろう。
友人になれるなら良いなと思った。
しかし晃司はまだ迷っているらしく、どこか煮え切らない反応だ。
「本当に良いのか?ぶっちゃけ、哲也はなんていうかこう、金髪の坊主頭だし関西弁だし」
金髪の坊主と聞いて思い出したのは、進路相談合宿の時と、今朝入り口で晃司と話していた生徒だ。
遠くから見ていても目立つ髪型だなとは思っていた。
それ以上に、たとえば容姿などは全く印象がないのだが。
だが派手な男子は何人も見てきたし、見た目だけで中身を判断する程人間を知らないわけではない。
「晃司ったら、私に紹介したいの?したくないの?どっちなのかわからないリアクションね。晃司が紹介しない方がいい様な人ならお断りするけれど」
言動の矛盾が可笑しく感じ、思わず笑ってしまった。
「いやいや、性格はめっちゃ良い奴なんだって!明るいし、なんていうかこう、すごくさっぱりした奴だから。──本当に良いのか?」
「えぇ。だって、いい人なんでしょう?」
そう返すと、晃司は少し嬉しそうな表情を浮かべた。
「ありがとうな。じゃあ早速連絡してみるよ。きっとあいつ、すげー喜ぶから」
スマホを取り出し、なにやら操作をしている。恐らくその友人に連絡を取っているのだろう。
するとタイミングよく、心理が教室にやってきた。
「晃司。そろそろ部活の時間だけど」
「あぁ、悪い。すぐに行く」
「何してんだ?」
心理は軽く眉を寄せ、教室に入って来た。
「晃司の友達を私に紹介してくれるんですって」
そう答えると、心理は「へぇー」と呟いて目を丸くした。
「でも何で急に」
「夢美に一目惚れしたらしいんだよ。で、どうしても紹介してくれって頼まれてさ」
「夢に一目惚れ?あははは。誰だよそいつ。あ、もしかして歩先輩?確かに夢みたいなタイプとは合いそうだよな」
どうやら心理は、すでに晃司の友人達とは顔見知りらしい。
その人が歩という人で合っているかはわからないが、心理が合うというならきっと大丈夫なのだろうと思った。
だが晃司は苦笑いを浮かべて首を振る。
「いや、それが歩じゃなくてさ──」
「おい晃司!夢美ちゃんがOKしてくれたってホンマか!?」
物凄い勢いで教室に飛び込んで来たのは、今朝見た金髪の生徒だった。
それを見た瞬間、心理は「はぁ!?」と声を上げる。
「夢を紹介ってコイツかよ!おい!テメェ何考えてんだ!?」
どうやら心理の言っていた人ではなかったらしい。さらには相性が悪いのか、あからさまに食ってかかる。
「またお前か!なんで自分がここにおるんや!2年坊主のおる所とちゃうやろ!」
「お前に関係ねーだろ!」
2人は犬猿の仲らしい。だが、言葉使いは悪いが、そこまで本気の敵意は感じなかった。
どちらかと言えば、関西風のツッコミのようなノリにも見える。
「晃司!まだこんなガキンチョと付き合ってんか!ええ加減に──」
「哲也。夢美は心理の従姉弟だって言ったよな」
すると突然、哲也と呼ばれた人はこちらに視線をやった。
目が合ったので微笑み返すと、僅かに頬を赤くさせる。
そして満面の笑みを浮かべると、心理の肩を抱いて頭をガシガシと撫でた。
「なーんてなぁ。心理ぃ。お前はホンマに可愛い奴やなぁ!俺はホンマはお前の事大好きなんやでぇ!」
「はぁ!?痛ぇな!何なんだよ急に!」
バタバタと暴れる心理を羽交い締めにし、ひたすらに頭を撫で回している。
そんな様子を見ながら、夢美と晃司は顔を見合わせた。




