決めたこと
「ほら。取り敢えず落ち着きなさい」
朝香は自販機で水を買うと、ベンチに座り込む夢美の手に持たせた。
「ありがとう」
キャップを開けて冷たい水を飲み込むと、少しだけ気分がマシになった。
「西とアンタを見てた時、ヤバイなとは思ったのよね。こうなる気がしてたのよ」
どうやら朝香は、もっと前からこの可能性を危惧していたらしい。
何も言い返す事ができず、黙って水を飲む。
「で、どーすんのよ?身内並みにアレルギー反応が出ない男は初めてよね?そのまま心理から奪うも良し、すっぱり諦めるも良しだけど」
「し、心理から奪うなんて、できるはずないでしょ!」
予想外のアドバイスにぎょっとした。
朝香ならきっと、身内の恋人に手を出すなんて──と怒り出すと思っていたのだ。
「あら、なんでそう決めつけるのよ。心理と晃司はただの恋人同士でしょ?だから別れたとしても、誰と付き合ったとしても自由なわけ。アンタが本気で西の事が好きで付き合いたいと思ってるなら、私はそれを応援するわよ」
一瞬、朝香が応援してくれるなら心強いとも思ってしまった。が、やはりそれは夢美自身のモラルに反する。
「だって晃司は、心理の事が好きなのよ。それなのに私なんかが……」
「だからそれは今の話でしょ?アンタが西に告白したら変わるかもしれないじゃない」
「そ、そんな事──」
どうにも気持ちがまとまらずにうじうじしてしまう。
晃司の事は好きだし、付き合えたら幸せだろうなとは思う。だけど、人の幸せを壊してまでそうしたいかと言われると、断言はできない。
「晃司の事は好きよ。彼氏だったら良いのになとは思うわ。でもやっぱり──」
「あぁ、デモデモダッテうるさいわね!」
そう叫ぶと、朝香は至近距離で夢美を睨んだ。
「アンタ女々しいわよ」
「め、女々しい……?」
まるで男にする説教の様なフレーズだ。
女なのだから女々しくても良いだろうと返しそうになった。
「私はアンタの本音を聞いてんのよ。心理から奪ってでも西を自分のものにしたいの?それとも身内の恋人を奪う真似はできないの?アンタの中にも譲れないポリシーはあるわよね?それは何なの?」
「私のポリシー……」
その時ふと、以前心理に言われた言葉を思い出した。
『あぁ、そう。じゃあ止めといた方が良いんじゃねーの?そんなんじゃ多分、楽しくないだろ』
あれは晃司とバイクのツーリングに行っても良いかと聞いた時だ。
心理は良いと言ったのに、どうしても罪悪感と引け目から、はっきりとした答えを出せなかった。
もしもこのまま自分の気持ちを優先しても、必ず罪悪感はついて回る。
もしも晃司が心理と別れ、自分と付き合ったとしても──。
「自分の幸せの為に人を不幸にはしたくない。それなら、人の幸せの為に自分が不幸になる方がよっぽどマシ」
それが自己満足でも自己犠牲であっても構わない。
後味の悪い幸せより、気持ちの良い不幸をとる方が何倍も良い。
それが正しいのか間違っているのかはわからないが、自分はそういう人間なのだ。
「まぁ、アンタは昔からそうよね。だったら答えは出たでしょ。西はアンタが心理の従姉弟だから親切にしてるだけよ。あとはフェミニストだからかもね。アンタに対して特別な感情なんかないんだから、いちいちときめいたりするだけ無駄。ときめきたいなら、少女漫画でも読んでた方がコスパ良いわよ」
「そうねぇ」
ズケズケと容赦なく現実を叩きつける言葉に、思わず苦笑いを浮かべる。
晃司は自分に恋愛感情なんてない。
今なら自分へ思い込ませる為ではなく、本心からそう思える。
だからその言動に一喜一憂する必要もないし、そもそも無意味なのだ。
そもそもそれに友人以上の好意があるのは、夢美自身が嫌なのだ。
「ありがとう朝香。なんか吹っ切れた気がする」
「それは良かった。だけど、珍しいわよね。アンタが優柔不断になるなんて。本当に、恋って厄介よねぇ」
呟くと、朝香は遠くを見つめる。
話をしているうちに花火は終わりの時間になったらしく、フィナーレの打ち上げ花火が空に咲いていた。
「あーあ。私も彼氏と花火見たかったなぁ」
「私もよ。まぁ、見てなさい。そのうちイケメンで金持ちの彼氏を見つけてやるんだから」
「イケメン彼氏ねぇ。まぁ、今のアンタならきっと、上手くやれるんでしょうね」
ぼやくと、2人は仲良く寄り添いながら花火を見つめていた。




