花火大会
「あ、夢美ちゃん。晃司。こっちこっち」
広場ではすでに皆集まっており、代表達は打ち上げ花火の近くに固まっていた。
手招きをされ、晃司を見ない様にしながら駆け寄る。
「遅くなってごめんなさい」
「大丈夫。取り敢えず今点呼取ってるから、みんな集まっていたら始めようね。あ、挨拶なんだけど時間押しちゃったから、全員は無理かなって話になったの。1組の2人にお願いしたいんだけど、良いかな?」
1組の2人とは、勿論夢美と晃司の事だ。
普段なら、勿論やると承諾していただろう。
だが今は、そんな気にはなれなかった。
「あぁ、俺は別に──」
「ごめんなさい。私、ちょっと気分が良くなくて。他の人にお願いしてもいい?」
「え?大丈夫なの?」
言いながら、朝香は晃司を睨んだ。
恐らく、晃司が関係していると思ったのだろう。
「大丈夫よ。少し休めば平気だと思うから。朝香、代わりにお願いしても良い?」
「そりゃ良いけど。ほら、行くわよ。西」
戸惑う晃司を引っ張って行くと、オープニングセレモニーを始める。
「夢美ちゃん大丈夫?」
「あっちで休んでいたら?」
「ありがとう」
他の代表の女子生徒に付き添われ、少し離れた場所にある椅子に腰掛ける。
(今の不自然だったかな。でも、こんな状態じゃ晃司と一緒にいるなんて無理。どうしよう。やっぱり、朝香に相談しようかな)
朝香も自分と同じく、恋愛経験はないはずだ。が、初めから無理だと興味を持たなかった自分よりも、知識はあるかもしれない。
それに朝香には、既に気付かれている。
このまま誤魔化し、隠し通せるものでもないだろう。
地面を見つめながら、その事ばかりを考えていた。
その為、朝香達の挨拶が終わった事にも全く気付かなかった。
突然大きな音が響き渡り、驚いて顔を上げる。
目の前には7色に輝く大きな花火が打ち上げられており、思わず見入ってしまった。
(綺麗……)
ふと周りを見ると、カップルと思われる男女が仲良さげに並び、花火を見て笑顔を浮かべている。
いつもは何とも思わないのに、今は幸せそうなカップルを見ていると、無性に悲しくなった。
もしもここに心理がいたら、晃司は一緒に花火を見て、楽しそうに笑顔を浮かべるんだろうか。
ここにいるのが自分ではなく、心理だったら──。
「っ──」
自分の感情がちぐはぐ過ぎて嫌になる。
どうしても居たたまれなくなり、その場から離れて管理棟へと向かう。
(こんな気持ちになるのが恋なんて知らなかった。こんなの、私には堪えられない)
それが自分の体質のせいなのか、それとも恋人がいる人を好きになったからなのかはわからない。
取り敢えず今は誰とも話したくないし、静かな場所に1人でいたいと思った。
管理棟の前にあるベンチに座ると、遠くではしゃいでいる生徒達の声と、キラキラと輝く花火の光を見つめる。
するとふと、暗闇から誰かがこちらへやって来るのが見えた。
外灯が少ない為、誰なのかわからない。
ぼんやりと見ていると、それが晃司だとわかり、思わず立ち上がる。
(な、なんで晃司が!逃げなきゃっ)
駆け出そうと背を向けた瞬間、晃司は大きな声を上げた。
「夢美!待ってくれっ」
それを無視するわけにもいかず、足を止める。
晃司はこちらへ駆け寄ると、僅かに息を切らせた。
「急に、どうしたんだ?花火見ないのか?」
「ちょっと気分が良くなくて。私の事は気にしないで」
どうかこのまま戻って欲しいと願うが、晃司はその場から動かない。
今気にかけられるのは苦痛でしかない。はずなのに、嬉しいと思っている自分もいる。
「気分が悪いのに、そんなわけにいくかよ。まさか俺が髪に触ったから、アレルギーが──」
「そうじゃないの。本当に、それは関係ないから」
晃司は自分を気にかけてくれた。苦痛のはずなのに、嬉しい。
もしかしたら晃司も自分の事を──なんて期待している。
その感情がたまらなく嫌でもある。
「具合が悪いならちゃんと休んだ方が良いって。コテージまで送るから」
「本当に大丈夫だから。だから放っておいて!」
自分に苛立ってしまい、ついつい大きな声を上げてしまった。
晃司は暫く黙って立ち尽くしていたが、不意に「わかった」と呟いて戻って行った。
晃司が立ち去り、その場にしゃがみこむ。
せっかく心配してくれたのに、突き放してしまった罪悪感。そして安堵感。
(頭の中がぐちゃぐちゃする。もう!気持ち悪い……)
どうするのが正解なのかわからない。
頭を抱えていると、再び足音が近づいてきた。
「夢美。アンタ何やってんのよ」
振り向くと、眉を寄せた朝香が立っていた。
朝香なら、この感情の整理をつけてくれるかもしれない。
「朝香っ……」
抱き付くと、朝香は特に驚く事もなく、背中を撫でてくれた。
「こんな場所に1人で何してんの?」
「私、わからないのよ。すごく、頭がぐちゃぐちゃになっちゃって……。どうすれば良いかわからない」
「どうすればって何が?」
「私……私、晃司の事を好きになっちゃったみたいなの!どうしよう朝香っ」
半泣きになりながら言うと、朝香は眉を寄せたまま、深いため息を吐いた。




