夕飯
夕食の時間になり、皆はそれぞれ予め決められた炊事場で調理を始めた。
夢美達のグループはパエリアにチーズフォンデュだ。
焚き火でチーズを溶かし、持ってきたキャンドルで保温しながら、小さく切ったパンや野菜を食べる。
他のグループはあまりアウトドアに馴れてないらしく、大半がカレーライスだった。
「美味しい!」
「アウトドア特集の雑誌見ておいて正解だったねー」
今巷ではキャンプ女子会などがあるらしく、昔ながらの古風やワイルドなキャンプ飯とは違い、お洒落な女子キャンプ飯の雑誌がちらほらあった。
せっかくならカレーライスやバーベキュー以外のご飯を食べようと、合宿が決まった時からリサーチしていたのだ。
「本当に美味しいわね。初めは炭火でパエリアなんてできるのか心配だったけど……。普通に料理している時と同じ味」
夢美の中でも、キャンプのご飯と言えば焼肉かカレーライスしか思い浮かばなかった。
下拵えは家でやってくるとはいえ、アウトドアでパエリアやチーズフォンデュをやると聞き、初めは心配だった。
だが実際にやってみると、食材の無駄も出ないし、洗い物も少なく楽にすむ。
「でしょ?あとはほら、アヒージョもあるよ。アルミホイルだから捨てるだけだし美味しいし」
「へぇ。なんか美味そうじゃん。女子力高いな」
不意に晃司が顔を出し、テーブルに並べられた料理を見て目を丸くしている。
「みんなのアイデアなのよ。晃司の所は何を作ったの?」
「無難にバーベキュー。美味いっちゃ美味いんだけどさ、後片付けがちょっとダルいんだよな」
呟き、ゴミと洗い物の山を見て溜め息を吐く。
「確かにちょっと多いわね。後で私も手伝うわ」
「え?いや、いいよ。悪いから。さすがに自分達で食ったモンは自分達で片付けるって」
「でも、最終チェックは私達でやらなきゃならないでしょう?手が空いたら手伝ってあげる」
「あー……マジで?正直助かる。ありがとうな」
穏やかな笑みを間近で見てしまい、思わず言葉を詰まらせてしまった。
これはただの好意のお返しだ。
好かれたいなんて気持ちはないし、下心なんて一切ない。
「晃司。良かったらアンタも食べてみる?パエリアは夢美が作ったんだけど、すごく美味しいのよ」
「お、良いのか?パエリア作れるとかさすが夢美だなぁ」
いつの間にか皿を片手にパエリアの所へ向かう背中を、ぼんやりと見つめる。
すると不意に、朝香に肩を叩かれた。
「何、ぼーっとしてんの?」
「あ、朝香。なんでもない。どうしたの?」
5組の炊事場は、確か少し距離があるはずだ。
朝香はニヤリと笑うと、手にしていた鉄のフライパンの様な物をテーブルに置いた。
「お裾分けよ。スキレットクッキー作ったんだけど、うまくできたのから」
「へぇ。こんな所でクッキーなんか作れるの?すごいわね」
鉄のフライパン──スキレットには、ちょうどよくきつね色になったチョコチップクッキーが敷き詰められている。
その上にはトッピングだろうか。
生クリームやキャラメルシロップがかかっており、パンケーキの様にも見えた。
「わぁ。なにこれ?すごく美味しそう!」
気付いたメンバーが集まってくる。
朝香は僅かに怯んだ様だったが、いつもの自信あり気な笑みを浮かべた。
「私が作ったデザートよ。良かったらみんなで食べて」
「良いの?ありがとう。えーっと……」
「苫記朝香よ」
「あっ。夢美の従姉妹の──」
つい先程、バスの中でクールビューティと噂していた手前だろうか。
皆は僅かに気まずそうな反応をした。
「何?まさかカロリー気にしてるの?大丈夫よ。私は食べてもなんともないから」
そう言い、朝香は自信あり気に胸を張る。
確かに朝香は、スタイルは良い。
胸は大きいがウェストは括れており、手足も細い。
「お。朝香の所はデザートか?随分甘ったるそうだなぁ」
生クリームてんこ盛りのクッキーを見て、晃司が軽く眉を寄せる。
「別にアンタに食べさせる為に持ってきたんじゃないわよ。黙ってスルメでも齧っときな」
冷たく言い放つと、夢美達のテーブルにクッキーを置く。
「せっかく作ったんだから食べてよ。あ、スキレットは後で洗って返してよね」
そう言い、自分の炊事場に戻って行く。
それを見送り、友人達がぼやく。
「苫記さんって、近くで見るとよりゴージャスよね。夢美とは真逆の雰囲気だからびっくりしちゃった」
「私は地味ってこと?」
確かに露出が多く、明るい髪色の朝香に比べれば地味かもしれない。
苦笑いを浮かべながら呟くと、友人達は「違う違う」と首を振る。
「夢美は女の子らしい感じだけど、苫記さんはこう、ギャルって感じだから」
「へぇ。そんな風に見えるのね」
実際は朝香は見た目ほど中身はギャルではないし、自分も見た目程乙女ではない。が、そう見える様に努めている為、今の言葉は誉め言葉として受け取っておくことにした。
「ほら、せっかくだし食べましょう。朝香の作ったものなら美味しいはずよ」
「そ、そうね。苫記さん、スタイル良いし。チートデーってことで」
彼女達は朝香を怖がっていただけで、このデザートには心引かれていたらしい。
一気に群がり、あっという間に完食してしまった。
「甘くて美味しいー!苫記さんってお菓子作り上手なのね」
「ね。意外だわ。料理なんてやんないイメージだったのに!」
そのイメージはどうかと思うが、そう見えてしまうのは仕方ないことかもしれない。
夢美は否定も肯定もせず、皆と一緒に黙ってスキレットクッキーを平らげた。




