下心なんて
校門前には既に5台のバスが待機しており、簡単な朝礼を終えると、バスに乗り込んでキャンプ場へと向かう。
行きは約2時間程で、途中にパーキングエリアでの休憩を挟んでいる。
夢美は同じグループの生徒と後部座席付近に座っていた。
「これが終わったらいよいよ受験の追い込みだから、楽しまなきゃね」
「今回のも一応進路指導合宿だから、進路の話もするのよね。みんなどうする予定なの?大学?専門?」
友人の鈴木沙保里が問う。
「私は専門。将来はネイリストになりたいから。夢美はどうするの?」
「私は……栄養士の資格取ろうかと思ってるの」
夢美の夢は自分の店を持つ事だ。
調理も兼ね備えた専門学校を見つけた為、そこに2年通い、もう2年で本格的な調理と店舗経営について学ぶつもりだった。
「へぇ、栄養士かぁ。夢美らしいね。お菓子作りとかも、すごく上手そう」
木戸香澄が言う。
お菓子作りや料理、裁縫が上手そうだとは、以前から何人かの友人に言われた事がある。
「たまに作ったりはするかな」
そして決まってそう返すのだ。
「そういえば、夢美ちゃんの従姉妹の人。なんだっけ5組の」
「朝香の事?」
「そうそう。あの人はやっぱりネイリストとか美容師とか、そっち系を目指してるの?」
その時ちょうど、朝香を乗せた5組のバスが真横に並んだ。
窓越しに、派手な友人達に囲まれて笑っている朝香の姿が見えた。
「5組の女子って、みんなギャル系だもんね。読モとか、モデルやってる子も何人かいるみたい」
「へぇ。やっぱり5組の苫記さんも、読モとかしてるの?RyuCanとかPINKYとかの」
香澄が上げたのは、どちらも派手なギャル系ファッションの雑誌だ。
「読モは聞いたことないから、してないんじゃないかな。だけど、進路は多分美容師系だと思うわ」
以前いつだったか、将来はカリスマ美容師になると言っていたのを思い出した。
見た目的に、皆に『やっぱり』とつけられる程分かりやすいのだろう。
だがそう見られるのは朝香の希望でもある為、良い事には違いない。
「苫記さんと夢美って、雰囲気違うよね。でも一緒に代表もやってたみたいだし、仲は良いの?」
「確かに。苫記さんって美人だけどちょっと雰囲気怖いもん。クールビューティーって感じ?」
どうやら皆、一応朝香に興味はあるらしい。
だが身内の前だということを除いて考えると、あまり良い印象は抱いていない様だ。
(みんな、朝香を怖いって思ってるのね。そんな風にするつもりなかったのに)
朝香が敢えてそうしているならば問題はないが、不本意な事ならば、やはり身の振り方を考える様に注意しなければならない。
悩んでいると、一番後ろのシートに座っていた晃司が会話に入ってきた。
「朝香はあぁ見えて、意外と面倒見がいいと思うよ」
「あ、そっか。晃司は代表で苫記さんに会ってるもんね」
「呼び捨てってことは、晃司は苫記さんと友達になったんだ」
晃司が加わったことにより、晃司のグループも話に入ってくる。
「晃司は人たらしだもんな。あ、狙ってんの?」
「はぁ?違うよ。すぐ俺をそんなキャラにするよなぁ。俺にはめちゃくちゃ可愛くて美人な彼女がいるから、そーゆーのは興味ないんだよ」
晃司の言う『めちゃくちゃ可愛くて美人な彼女』は、恐らく心理の事だろう。
2人は学校内では先輩後輩を貫くつもりで、恋人同士である事は隠すつもりらしい。
「あれ?晃司って彼女いたんだ。この学校の子か?」
「いや……べ、別の学校」
「へー。なんだ、晃司って彼女いるんだ。知らなかった。写真とかねーの?見てみたいんだけど」
ここまで食いつかれるのは予想外だったらしく、晃司はあからさまにたじろぐ。
「写真なんかねーよ。大体、あってもお前等に見せるわけないだろ?」
「なんでだよ。良いじゃん見せてくれてもさ」
「うるせーな!絶対見せねーよっ」
そう言い捨てると、ばつが悪そうに自席に戻っていく。
「なんだ、晃司って彼女いたんだ?私、てっきり夢美ちゃん狙いなんだとばかり思ってたのに」
後ろの席にいた友人がこっそり耳打ちする。
「え!?な、何言ってるの。そんなわけないじゃないっ」
「だって晃司って、今までは結構不良だったって言うか。授業だってサボるし、1年の時の遠足もブッチしてたんだよ。それなのに3年になったら急に真面目になっちゃって。ちょうど、夢美ちゃんが来たタイミングだしね」
それはつまり、晃司が心理と付き合ったタイミングという事にもなる。
心理はあぁ見えて根は真面目だ。
学校行事も勉強も基本的には真面目にやっており、遅刻や早退も滅多にしない。
恐らく、晃司もそれに影響されたのだろう。
「西君とはそんなんじゃないわよ。ほら、2年に心理がいるでしょう?あの子も私の従姉弟なの。2人は仲が良いから、色々気にかけてくれてるだけよ」
そう言いながら、夢美は無意識に悲し気な笑みを浮かべていた。
晃司と仲良くなれたのは、全て心理のお陰だ。
自分が心理の従姉弟ではなければ、きっと話をする事もなかっただろう。
「ふーん。そうなんだ。確かに苫記君と晃司って仲良いもんね。確か、同じ部活なんだっけ?」
「うん、剣道部」
「そっかぁ。夢美達って、みんな仲が良いのね。私なんて、いとこにはもう何年も会ってないのに」
言われてみれば確かに、苫記家の身内はみんな仲が良いかもしれない。
母方のいとこには滅多に会わないが、何故か苫記家の人間とは、小さい頃からよく会っていた。
父達も、ちょくちょく飲みにも行っているらしい。
苫記の家系は男ばかり3人の為、女家族の妻や娘達は、祖父母に可愛がられてきた。
「私達はまぁ、姉弟みたいなものなのよ」
「顔も似てるもんね。あっ、見て。ついたみたいよ」
話をしている間、バスは森の中を進んでおり、いつのまにか目の前にキャンプ場の看板が見えていた。
どうやらここが、今日泊まる場所らしい。
大型車専用の駐車場に泊まると、前に座っていた担任が立ち上がる。
「まずはチェックインを済ませます。各グループの代表はバスを降りてついて来てください。他の人はまだ車内で待機ね」
クラス代表兼グループ代表をしている夢美と晃司は揃ってバスから下りる。
「はぁ。森の中かぁ。すっげー気持ちいい場所だな」
晃司が隣で大きく伸びをする。
「そうね。だけど、ちょっと肌寒いかもしれない」
既に正午近くになっていたが、木に囲まれているからだろうか。
カーディガンを羽織っていても、ひんやりと肌寒い。
5組のバスからは、同じく代表の朝香が降りてきていた。
何やら、金髪の男子生徒と口喧嘩の様なものをしている。
あんな格好をしている朝香はもっと寒いだろうなと思いながら見ていると、不意に肩に何かをかけられた。
「えっ。なに?」
「風邪引いたらあれだからさ。コテージに行くまで着てろよ」
それは晃司が着ていたパーカーだった。
一瞬、アレルギーが出てしまわないか心配したが、どうやら晃司のものは大丈夫らしい。 それに自身の衣類の上からだからだろう。
気分が悪くなることもなく、笑みを浮かべて袖を通す。
「あ、ありがとう。鞄に上着はあるから、着替えたら返すわね」
「あぁ。お、哲也!」
晃司は声をあげると、金髪の男に駆け寄り、肩を叩く。
どうやら彼は、晃司の友人らしい。
いがみ合っていた朝香は、それを忌々しそうに睨むと、こちらにやって来た。
「類友って感じよね。ホント、あーゆージャンルの奴って大嫌い」
「チェックインは木村君じゃないの?」
「アイツ、バスではしゃいで酔って潰れてんのよ。だからアイツが代わりに」
「そうなの。それにしても、5組の人たちってみんな派手ね」
クラスメイトが言っていた言葉を思い出す。
5組のバスの窓から見える生徒は、皆髪色が明るく、派手な服装をしている。
中でも一際派手なのが、晃司と一緒にいる金髪で丸坊主の生徒と、いつの間にか降りてきたブルーアッシュの長髪の生徒だ。
どちらも晃司の友人らしく、仲良く肩を並べている。
3人が揃うとまるでビジュアル系バンドの様だ。
「まぁ、うちのクラスは確かにちょっと派手目ではあるけど──ってアンタ、なに着てんの?」
夢美が着ているパーカーを見つめ、首を傾げる。
「貸してくれたの。ほら、ちょっと肌寒いでしょ?朝香はそんな格好で大丈夫なの?」
今はジャケットを着ているが、インナーはキャミソールだけだし、下も生足だ。
「別に平気よ。オシャレの為には寒さなんて関係ないの。てかそのパーカーでかくない?しかもブランドじゃない」
「ちょっと、やめなさいよ。引っ張らないで」
危うく朝香に取られそうになり、慌ててパーカーの襟を掴む。
「これは西君のよ。伸びたら困るでしょ」
「は?なんで西のパーカーなんか着ちゃってんの?」
朝香はギョッとした様な表情を浮かべ、パッとパーカーから手を離した。
「だから、貸してくれたの」
「いや、てか……大丈夫なの?あれは」
どうやらアレルギーの事を心配してくれているらしい。
「うん。多分、地肌には触れてないからかしら。大丈夫みたい」
「ふぅん」
朝香は訝し気な表情を浮かべると、友人と話す晃司を見つめる。
「まさかとは思うけど、アンタ達大丈夫でしょうね?仮にも西は心理の彼氏よ?バカな真似なんかしたら──」
「だから、そんな事ないって言ってるでしょ。心理の従姉弟だから、私に親切にしてくれてるだけよ」
そう言い切ると、朝香を置いて受付棟へと向かう。
晃司が自分に対し、異性に抱く好意を持っていないのはわかる。
上手く説明はできないが、ちょっとした仕草や言動で、当人にはよくわかるのだ。
きっと自分が心理なら、晃司はもっと別の形で体調を気遣うだろうし、接すると思う。
上着を貸すという行為は、あくまでも親切の範囲内なのだ。
(朝香もみんなも、なんで変な事を言うんだろう。なんか……すごく気分が悪い)
せっかく友人が優しくしてくれたのに、それを汚された様な気がする。
男が女に親切にするのに、常に下心があるというわけではないのに。
少なくとも、晃司にはそんな気は一切ないのだ。
そう思えば思うほど、何故かもやもやした感情を抱いてしまうのだ。




