打ち上げ
それからの数日間は早かった。
1学期の前半(4月~6月)の大きな行事はこの進路相談合宿だけらしく、5月の当日に向けて、殆どが準備に費やされる事となる。
代表になった夢美には、恐らく1年で1番忙しい時期だろう。
無事にグループ決めも終わり、仲の良い女子10人と1番大きなコテージを使う事になった。
しおりの準備も滞りなく進み、遂に週明けは合宿の日だ。
「取り敢えず、合宿の準備お疲れ様ー!」
最後の打ち合わせが終わり、代表10人
は揃ってファミレスで早めの打ち上げをしていた。
本当ならば合宿が無事に終わってからするべきなのだが、各々の予定の都合上、取り敢えず準備が終わった打ち上げを行う事になったのだ。
今回のメンバーには、5組の朝香達も揃っている。
「後半は追い込みで大変だったねぇ。でもしおりもオシャレにできたし、頑張った甲斐があったわね」
3組代表の葛西亜弥子が嬉しそうに言う。同じく代表の工藤秋那が美術部でデザインもかじっていた為、表紙やレイアウト等を担当してくれたのだ。
その甲斐あり、使い捨てするには勿体ないほどの出来映えになっている。
「これが終わったら受験だもんな。最後の思い出って感じ」
2組代表の森脇信吾が、できたての表紙をめくる。
1ページ目には合宿のスケジュールが書かれていた。
大まかな流れとしては、進路の最終確認の後に夕食を取り、広間を使っての花火大会、9時以降は自由時間だ。
就寝は一応10時になっている。
「時期的に花火はまだ早いって脚下されるかと思ったけど。せっかく打ち上げOKならやらない手はないよな」
晃司はそう言いながら、夢美に笑いかける。
「そうね。意外と売ってる所もあったし。花火なんて久し振りだから楽しみだわ」
手持ちのものは何度か友人とやった事はあるが、音が大きい打ち上げ系は、周りに住居がない所でしか行えない。
そのため中々機会がなかったのだ。
「夕食は炊事だっけ?まるで中学の野外学習みたいよねぇ。アンタのグループは何作るのよ。まさか、バカの1つ覚えみたいにカレーじゃないでしょうねぇ?」
度重なる会議ですっかり打ち解けた朝香が、4組の井ノ元和正に問う。
「な、なんだよ。別に良いじゃん。カレー美味いだろ!」
図星らしく、和正は軽く眉を寄せた。
「確かにカレーは美味しいけど、意外と作るのが大変なのよ。洗い物だって面倒臭いし」
「そういう朝香のグループは何作るんだよ」
晃司が問う。朝香はニヤリと笑みを浮かべると、待ってましたとばかりに高らかに言い放った。
「私のグループはスキレットを持っていくつもり。メニューはこれから決めるけど、何だって作れるわよ。取り敢えずデザートはスキレットクッキーね」
「へぇ。さすが朝香ちゃん。オシャレなんだねぇ」
2組の雛澤えりかが目を丸くする。
「スキレットクッキーってなんか美味しそうー。後で食べに行っても良い?」
「え?わざわざこっちまで来る気?」
「うん。だって食べたことないもん」
「まぁ、別に良いけど……」
口調とは裏腹に、朝香は少しだけ嬉しそうだった。
第一印象が悪かった為、始めはどうなるかと心配していたのだが、その後の挽回が良かったらしく、今ではすっかり打ち解けている。
「夢美ちゃんの所は何作るのかなぁ。俺、食べに行きたいなぁー」
一春はそう言い、僅かに距離を縮めて来た。離れる為、思わず晃司の方に詰める。
「普通のものよ。食べにきてもつまらないと思うわ」
料理が得意なメンバーが揃っている為、メニューは予め下ごしらえをして、パエリアとチーズフォンデュをやる予定だ。
が、そんな事を言えば絶対に来たがるだろう。
暗に来ないで欲しいと伝えるが、一春は知ってか知らずか、退く様子を見せない。
「夢美ちゃんの作るご飯なら美味しそうじゃん?せっかくだから食べてみたいなぁ」
「そんな事。料理は得意じゃないの」
「いやいや、そんな事ないでしょ?めっちゃ家庭的っぽいじゃん」
「お前は相変わらず押しが強いな」
呟くと、晃司は一春を一睨みした。 その瞬間、一春は表情を変えないまま、夢美から距離を取った。
「まぁ、取り敢えず無事に準備が終わって何よりだ。あとは当日、天気が良ければいいよな」
「そうね。花火大会がメインみたいなもんだしねー」
皆に囲まれた空間で、夢美は久し振りに居心地の良さを感じていた。
思えばつい数ヵ月前も、こうやってたくさんの友人達に囲まれ、他愛もない話で盛り上がっていた。
放課後はそんな日常が当たり前で、居心地が良かった。
皆から向けられる好意の眼差し。
そして楽しさを共有している一体感。
(あぁ、久し振り……。すごく、楽しい)
笑い声が心地良い。
夢美は背凭れに凭れながら、暫しその余韻に浸っていた。




