相模の策略
「やっぱり相談って、心理との事だったのね」
翌朝、学校へ向かいながら、朝香に昨日の事を説明した。
2人が喧嘩をし、その相談を受けて仲裁した──という簡単な内容だ。
勿論、そこに相模鏡がいたことや、何を言われたか等は話さなかった。
「うん。でももう大丈夫よ。仲直りできたみたいだから」
「あぁ、そう。まぁ、それはなによりだけど」
朝香は胡散臭そうな笑みを浮かべてぼやく。
どうやらまだ晃司はいけ好かないらしく、心理との交際を快く思っていない様だ。
「だけどアンタもお人好しよね。アレルギーが出るかもしんないってのに、男2人の仲裁なんて。私だったらごめんだけど」
「お人好しね……。まぁ、確かにそうかもしれないわね」
いつもならば、そんな言い方と咎める所だが、今日はその言葉が適しているような気がした。
朝香の言う通り、自分はお人好しなのかもしれない。
身内が絡んでいるからとはいえ、従兄弟の恋人の相談に乗り、後輩に罵倒され、男同士の恋人の仲を取り持った。
自分には、彼氏なんていない──いや、できないのに。
浮かない表情の夢美を見て、いつもと違う反応に違和感を抱いたのだろう。
「ちょっと、マジにとったんじゃないでしょうね?冗談よ」
「わかってるわよ。でも朝香の言う通り、私はお人好しかもしれないわ。そういう性分なのよ」
昔から夢美は、誰かに頼られて生きてきた。
喧嘩の仲裁や、いじめられっ子を助けたり、誰かの相談に乗ったり。
1人っ子で兄弟がいない為、妹や弟がいたらこんな感じだろうなと思うと嬉しかった。
だがそのお人好しが、すべて良い結果になるとは限らない。
もとはといえばこの時期外れの転校も、そのお人好しが原因だったようなものだ。
勿論それ自体に後悔しているわけではない。
あれは正しい事だと思っていたし、今だってそう思っている。
だがそれもお人好し故だと思うと、自虐的な気持ちを抱いてしまうのだ。
並んで校門をくぐると、前方の玄関前に誰かが立ち尽くしているのが見えた。
その人物を見た瞬間、思わず歩みが止まった。
「どうしたのよ」
「な、なんでもない」
朝香は特に気にしていない。
だが、夢美にはわかった。
あそこで不自然に立っているのは、昨日会った相模鏡だ。
まるで他校の生徒の様に玄関先に立ち、登校する生徒たちに目を光らせている。
自分を探しているのだ。
そう直観し、顔を見られないように俯く。
「ねぇ、そういえば今日も例の集まりがあるわよね。そのあとにまたお茶しに行く様なら、ちゃんと私も誘いなさいよね」
「わ、わかったわ。ちょっと急ぎましょう」
こんな所で絡まれたら厄介だ。
目立たないように、少しだけ急ぎ足で玄関に入ろうとした時だった。
「アンタ」
声をかけられ、思わず足を止めてしまった。
恐る恐る顔を上げると、そこには案の定、不機嫌そうな顔をした鏡が立っていた。
「やっと見つけた。探してたんだよ」
探していた理由は大体理解できる。
昨日の件で逆恨みをしているのだろう。
もしこのまま掴みかかって来られでもしたらやばい。
無意識に、隣に立つ朝香の腕を掴む。
「なに?こいつ知り合い?」
朝香はちらりと夢美を見ると、鏡を睨み付けた。
「夢に何の用なわけ?」
「別に関係ないだろ。アンタには用ないんだけど」
「はぁ?」
相変わらず喧嘩腰な物言いに、朝香は声を上げる。
「何コイツ。アンタ何年何組よ?」
「だから、アンタには用ないんだって。どっか行ってろ」
言い放つと、鏡は真っ直ぐ夢美に近付いてくる。
これはまずい展開だ。
周りには見知った生徒はおらず、助けを求める事もできない。
気まずい雰囲気で見つめあっていると、不意に鏡はその場で頭を下げた。
「昨日はごめん」
「え?」
予想外の展開に、間抜けな声を漏らしてしまう。
鏡は頭を下げたままいう。
「アンタが心理の従姉妹だって知らなかったから、色々言っちゃってごめん。許して下さい」
「……」
この展開は想定していなかった。
朝香も目を丸くし、その場に立ち尽くしたまま何も言えないでいる。
『あれ何?』
『なんで相模君が頭を下げてるの?』
『痴話喧嘩?』
通り過ぎる生徒達がひそひそと交わす声が耳に入る。
『あの人誰?相模君の彼女?』
その言葉を聞いた瞬間、夢美は声を上げた。
「あ、頭を上げて!」
この男がどんなつもりなのかはわからない。
だが、相模鏡はそこそこ顔が知れた生徒らしい。
こんな全校生徒が行き来する場所で頭を下げられるなんて、嫌でも目立ってしまう。
しかし鏡はなかなか頭をあげず、地面を見つめたままだ。
「許して貰えるまで、頭上げる気ないから」
「ゆ、許すわ。だからやめて!」
そう言うと、鏡は顔を上げ、意味深な笑みを浮かべる。
「一体どういうつもり?こんな場所でこんな事──」
恐らく鏡は、許してもらう為にわざとこんな場所で頭を下げたのだろう。
どんな人間でも、人の目がたくさんある場所で謝罪されれば、それを受け入れざるを得ない。
もともと鏡に関しては恨みも怒りも抱いていなかったが、この策略には呆れてしまう。
「実は頼みがあるんだ」
「頼み?」
一体なんだろうか。
まさか、心理と晃司を別れさせる手助けでもしろと言うのだろうか。
警戒心を露にしていると、タイミングよくチャイムが鳴ってしまった。
鏡はちらりと時計に目をやると、小さく舌打ちをした。
「詳しい事は後で話すよ。昼休みに、屋上で待ってるから」
そう言うと、遅刻しそうで小走りをしている生徒達に紛れて去っていった。
「アイツ一体何なの?」
朝香が訝し気に呟く。
相談の話は、朝香に詳しくするつもりはなかった。が、鏡にあんな事をされてしまった今、それも難しいだろう。
「後で話すわ。だから──朝香も昼休み、私に付き合ってね」
鏡が何をしたいのかはわからない。
取り敢えず、1人で会いに行くのは危険だ。
本当は心理や晃司などの男手の方が良いのだろうが、あの2人だとかえって面倒な事になるだろう。
「わかったわ。取り敢えず、教室行くわよ」
早めに来たのに、鏡のせいで遅刻ギリギリになってしまった。
できればあの人には、必要以上に関わらない方が良さそうだ。
教室に向かいながら、夢美はずっとその事を考えていた。




